日本美術の寿ぎオーラ #1

 広尾にたたずむ山種美術館にて年始から特別展「ゆかいな若冲・めでたい大観」が開催。サブタイトルは「HAPPY な日本美術」で、高尚な日本美術の敷居を少し下げてくれているようです。でも、美術館に行くと高級感漂う建物で、着物の女性がちらほら。正月から着物で美術鑑賞とは女性の品格が高すぎる……。一階の喫茶コーナーではお正月期間なので甘酒を無料配布していて、庶民としてありがたくいただきました。
 展示室に入ると、結構な人口密度で注目度が高い美術展であることが伺い知れます。まず目に入ってきたのは、 伊藤若冲の「河豚と蛙の相撲図」。争いの無益さ、滑稽さを描いているのでしょうか。お正月からピースフルな気持ちに。おめでたいといえば、松竹梅や鶴と亀をモチーフにしている画家の作品も目立ちます。中でも川合玉堂の「松上双鶴」は、雄雌の鶴が仲良さそうに佇んでいる絵なのですが、美術館初代館長の長女の結婚を記念して揮毫(筆で描く、という意味のやんごとなき熟語)されたそうです。ご長女は鶴の霊鳥パワーで円満なご家庭を築かれたことでしょう……。いっぽうで、伊藤若冲の「群鶏図」の雄鶏と雌鳥の関係は主従関係があるような。メスが不憫に見えて、実は威張っているオスの愚かさを描いたのかもしれません。

開運のシンボルといえば富士山で、霊峰富士を描いた作品も多いです。雲間に浮かぶ富士山の絵「心神」を描いた横山大観いわく、「富士の名画というものは、昔からあまりない。それは形ばかりうつすからだ」「富士を描くということは、富士にうつる自分の心を描くことだ」だそうです。大先生ならではのお言葉。誰もが知っているシンボル的な山ですが、描くのは難しいのでしょう。「赤富士図」を描いた小林均は「なにもない、なんにもない うつろだ からっぽだ ただ富士山丈がある (後略)」といった言葉を残しています。雄大な富士山を描こうとすると自分の矮小さを痛感することになるのでしょう。

 おなじみの七福神の絵も何枚もあり、寿ぎオーラを放っていました。狩野一信「布袋唐子図」、伊藤若冲「布袋図」など布袋様の顔がだいたいエロい目つきなのは気のせいでしょうか……。紅一点の弁財天様が心配です。下村観山「寿老」の寿老人は妙に目鼻立ちがくっきりしたイケメンでした。漫画の二頭身キャラが急に劇画タッチになったようです。いっぽうでマニアックな道教の神様、鍾馗を描いた作品もいくつかあり、学業と疱瘡除けの神様だそうで、日本ではまだあまり拝む人がいなそうなので、狙い目かもしれません。
 展示の最後の部屋には、2016年の干支である猿の作品が集められていました。水墨画の表現はモワモワした猿の毛を描くのに合っていることを実感。猿も神の使いで、出世を象徴する縁起が良い動物だそうです。他にも鯉や孔雀、白蛇、亀、龍など縁起が良い生き物のモチーフをたくさん観ることができました。今回参加した日本画家の略歴を見ると長寿が多いことからも、おめでたいモチーフの御利益は明らかです。近くに神社がない人は初詣がわりに訪れても良さそうです。

伊藤若冲 生誕300年記念 ゆかいな若冲・めでたい大観 ― HAPPYな日本美術 ―

会期:~3月6日(日) 
場所:山種美術館
時間:10:00~17:00
東京都渋谷区広尾3-12-36
http://www.yamatane-museum.jp/exh/current.html

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辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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