東京国立博物館で開幕した「禅―心をかたちに―」展。臨済禅師1150年・白隠禅師250年遠諱記念の特別展です。鎌倉時代頃に中国から伝わり、美術や喫茶を広めるきっかけにもなった禅は高尚な文化でもあります。そしてジョブスやイチローなど世界で活躍するセレブが一度は通る禅の道。かつては庶民にとって敷居が高い修行でした。霊格みなぎる展示を拝見。
展示室には臨済・黄檗両宗の禅の高僧の肖像や墨蹟が並び、圧巻です。「印可状」という弟子が悟った時に与える免状も展示してありました。霊雲という禅僧が、山の麓でふと梅の花を見たとき、悟りを開いたということを表す幽玄な絵なども。皆さん悟りまくっています。内覧会の日はアカデミックなお客さんが多く、拡大鏡で書を見て、中国の誰々の筆跡に似ている、などと語る紳士がいて戦慄しました。この手の展示で書はスルーしていた自分を反省。
会場では、臨済宗の開祖、蘭渓道隆座像の像が存在感を放っていました。目の部分に水晶が張られ放射状に彫られているため、目力がすごいです。こんなにリアルな像がいてくだされば、没後も弟子たちは安心です。顎が細くてしゃくれ気味とやたらリアルで、とくに美化もされていない様子。高僧の心の広さも感じます。
一休さんファンとしては一休宗純コーナーがあったのが嬉しいです。後小松天皇のご落胤説が有力ですが、その後小松天皇から贈られた器など厳かに展示されていました。この格式高い展示では、一休さんのエロ部分(晩年、森女という女性と愛欲の日々)は封印です。
隠元隆きという中国出身の禅僧の調度品が、洗面台や数珠、数珠入れなどやたらゴージャスでした。この僧が日本に持ち込んだ豆がインゲンマメだそうです。禅の僧侶は、当時最先端の存在……影響力の強さが表れています。
戦国時代はさらに禅僧の影響力がアップ。会場内の相関図を見て驚きました。徳川家康は以心崇伝、豊臣秀吉は西笑承兌、織田信長は沢彦宗恩、武田信玄は快川紹喜など、ほぼ全ての武将のバックに禅僧がいたのです。戦国時代は法力による幻魔対戦が繰り広げられていたのでしょうか……。会場にいらした禅寺の広報の僧侶の方に伺うと、「当時禅僧は、最新の知識を持っていました。中国からの情報を持っていたので武将の方から教えを請いに行ったのです」と教えてくださいました。「戦でたくさん人が亡くなるから、供養の意味もあったのでしょうか?」と聞いたら「それもあると思います」とのことでした。念力バトルより情報戦という現実的な理由だったようですが、お坊さんのカリスマ性が増すエピソードです。
今はそんな戦の参謀みたいなことはしない、ピースフルな存在です。お坊さんの日々はどんなスケジュールなのか、写真の展示もありました。お坊さん同士床にひれ伏して折り目正しく挨拶する姿や、二人一組で剃髪する姿などに萌えました。お坊さん好きの人は、邪念が芽生える部分もありますが、全体的にはアカデミックでストイックな展示です。悟りへの道を描いた象徴的な「十牛図巻」や白隠慧鶴、雪舟等楊など名だたる禅僧の筆による作品も。意識が高い方は、この展示に通ううちにもしかしたら悟ってしまうかもしれません。
弟子の姿が人間味があってどこかかわいくて癒された「十大弟子立像」。知り合いに似ている像も見つかりそうです。
「禅―心をかたちに―」展
期間:~2016年11月27日(日)
時間:9:30〜17:00(金曜日と11月3日(木・祝)、5日(土)は20:00まで・入館は閉館の30分前まで)
場所:東京国立博物館 平成館
東京都台東区上野公園13-9
http://zen.exhn.jp/
漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。