セレブと庶民が混在する「大エルミタージュ美術館展」#17

森アーツセンターギャラリーで開催されている「大エルミタージュ美術館展」。「オールドマスター西洋絵画の巨匠たち 」というサブタイトルが付いているとおり、16世紀ルネサンス、17・18世紀のバロック、ロココなどヨーロッパのメジャーな流派を網羅した圧巻のコレクションです。

どうしてロシアにこんな豪華なコレクションが集まったかというと、発端は、ベルリンの実業家ヨハン・エルンスト・ゴツコフスキーが七年戦争の影響でロシアに巨額の借金を追ってしまい、その穴埋めに大量の絵画をロシア皇帝、エカテリーナ2世に差し出した、という実情らしいです。

それ以降も、エカテリーナ2世は絵画を収集し、後のニコライ1世なども精力的に絵画を購入。ロシア王家の膨大なコレクションができあがりました。芸術品だけでなく、エルミタージュ美術館は猫もたくさんいるというのも気になりますが、さすがに森アーツセンターギャラリーには猫までは連れてこられなかったようです。

展示会場には、まず、コレクションの礎を築いたエカテリーナ2世の立派な肖像画が飾られていました。クーデターや戦争、農民の乱など様々な困難をくぐり抜け、愛人が12人もいたと言われ、相当に忙しかったと思われますが、さらに芸術作品を積極的に収集するなんてバイタリティがありすぎです。肖像画にはたしかにカリスマ感が漂っていました。

ラインナップは、イタリアのルネサンスからバロック、オランダの市民絵画、フランドルのバロック、スペインの神と聖人の絵画、フランスの古典主義的バロックとロココ、ドイツとイギリス、とヨーロッパ各国に渡っています。たいていの来日美術展だと、ひとつの国の作品を集中的に観る感じですが、この展示ではそれぞれの違いが見て取れるのが興味深いです。

例えば、フランスは女性の露出度が高めとか、イタリアは光と影のコンラストが強調されがちとか、スペインの絵画は茶色っぽい、オランダの絵画は毒がある、フランドルは人間だけでなく動物も腹黒そう、など……。イタリア絵画に描かれた人物はドラマティックな表情で美化されていて、ザ・西洋絵画という印象です。ティツィアーノの作品も、人物の顔立ちが美しく、目の保養になります。肖像画のモデルへの配慮があったのでしょうか。

しかし対照的なのはオランダの市民絵画でアドリアーン・ファン・オスターデの「五感」シリーズなど、「味覚」では下卑た表情で飲酒する男たち、「嗅覚」では赤ちゃんのうんちの臭いに鼻をつまむ男性といった、えげつない姿が描かれていてリアルです。庶民の下世話な表情が興味深く、しばらく絵の前に立って、人々の会話など想像してしまいます。スペインはイタリアと似ていて、神や聖人を美しく描いていました。天使も空中からたくさんわいてきています。フランスも同じく、優雅で華やかでした。アントワーヌ・ヴァトーやニコラ・ランクレの作品には公園で貴族的な若者が集う、今のパリピの元祖的な人々が出てきて、時空を超えて仲間に入れてもらいたくなります。

セレブ的な西洋画と、毒のある庶民の絵画の両方が混在しているエルミタージュ美術館展。エカテリーナ2世も、貴族と庶民の気持ちがわかる理想の皇帝だったのかもしれません。どちらに感情移入するかで鑑賞者のポジションも明らかに……。



内覧会では「鳥のオーケストラ」(フランス・スネイデルス)という作品の前にマスコミが集まっていました。聞いたら、又吉直樹氏(オフィシャルサポーター)のお気に入りの作品だとか。文学界だけでなく芸術界も動かす存在です……。 

大エルミタージュ美術館展 オールドマスター 西洋絵画の巨匠たち
期間:~2017年6月18日(日)
時間:10:00〜20:00(火曜日は17:00まで ※5月2日は20:00まで・入場は閉館の30分前まで)
場所:森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ 森タワー52F)
   東京都港区六本木6-10-1
http://hermitage2017.jp/index.html

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辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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