野菜や花、生き物などで人間の顔を描いた奇才、ジュゼッペ・アルチンボルドの展覧会が上野の国立西洋美術館で開催されています。16世紀後半に活躍していたアルチンボルド。以前からその風刺のきいた画像に惹かれていたのですが、今回展示を観て、アルチンボルドはただの愉快なトリックアートを描くおじさんではなかったことがわかりました。
展示で圧倒されるのが、連作「四季」と「四大元素」です。花々で顔を描いた「春」、果実や野菜が集められた「夏」、ブドウがたわわな「秋」は帝国の繁栄を象徴し、木で描かれた顔が渋い「冬」……。とくに「冬」はローマ皇帝マクシミリアンの肖像画と言われていて、厳かな風格をたたえています。(ローマでは1年は冬から始まると考えられていたので、皇帝が冬というのはポジティブな意味だそうです)
四大元素もさらに独創性が極まっています。「大気」は大量の鳥たちが集結。胸に描かれている鷲は皇帝の象徴で、クジャクはハプスブルク家の紋章モチーフでもありました。「火」はろうそくやランプなど火に関連するアイテムで顔が構成され、頭部が燃え盛っています。「大地」は動物たちでできていますが、皇帝とハプスブルグ家の象徴がちりばめられています。水は、魚など海洋生物の寄せ絵で、サンゴやウニで形作られた王冠をかぶっています。
「四大元素」「四季」の複製パネルに囲まれるコーナーは圧巻です。自然の偉大さを感じます。
皇帝たちや皇族の寵愛を受けていた宮廷画家アンチンボルドなので、皇帝を持ち上げるような絵画が多いことに気付かされます。魚や動物をうまく組み合わせて顔に見せるのだけでも難しいのに、さらに皇帝の寓意を入れるとは、アルチンボルドはかなりできる男です。右脳だけでなく左脳も発達していたのでしょう。また、正確な生物の描写は、博物学的にも資料価値が高いです。
帝国の繁栄を描いた作品はただただ見事ですが、毒のある職業シリーズもおもしろいです。水差しや酒樽で構成された人体は「ソムリエ(ウェイター)」というタイトル。大量の本が積み重なってできた「司書」はシュールです。頭部の髪の毛の部分にはページが開いた本が載っています。この本のページはよく見ると行がスカスカです。「質より量」で仕事していた当時の実在する学者の愚かさを描いていると言われています。皇帝の寵愛があるからか、アルチンボルド、やりたい放題です。さらに「法律家」は悪意が如実に感じられます。羽根をむしられた鳥や魚で構成された若干キモい顔。当時の法学者を嘲笑する目的で描かれ、皇帝を楽しませていたそうです。アルチンボルド、実は腹黒かったのでしょうか……。策士でないと宮廷内で出世できません。
彼の作品は、上下逆さまにすると顔になる、野菜や肉で構成された作品など、さらなる独創性を求めてバージョンアップ。見る人を飽きさせないサービス精神がすばらしいです。
ところで、職業シリーズでは実在の人をディスっていたアルチンボルドですが、自画像はわりと普通に描いています。リアルなタッチで端正に描かれたデッサン調の「自画像」と、よく見たら顔が巻かれた紙で形作られている「紙の自画像」が展示されていました。皇帝を描いた寄せ絵よりもよほどイケメンに描かれています。つい自分を美化してしまうのは、いつの時代も同じ画家の習性……。それもはた目から見たら寄せ絵と同じくらい笑えます。当時の皇帝はどう思ったかわかりませんが、親近感がわきました。
「アルチンボルド」展期間:~2017年9月24日 (日)
時間:9:30〜17:30(金・土曜日は20:00まで。 入館は閉室30分前まで)
休館日:月曜日 7月18日(火)
*ただし、7月17日(月)、8月14日(月)、9月18日(月)は開館
場所:国立西洋美術館
東京都台東区上野公園7−7
漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。