イギリスを代表するアーティストで「画家の中の画家」と称されるピーター・ドイグが日本で初個展を開催。「ピーター・ドイグ展」が東京国立近代美術館で始まりました。
フランシス・ベーコンのワイルド感、マティスの構図、ムンクの不穏さ、ホックニーのPOPなシュール感、ゴーギャンの南国テイスト……などレジェンドの画家たちの要素を受け継ぎ、現代的なセンスと表現力で、ありそうでない世界観を確立しています。ピーター・ドイグは映画や写真などからもインスピレーションを得て作品を制作しているので、見る人の潜在意識を刺激し、それぞれの記憶を呼びさまします。ピーター・ドイグの作品を鑑賞することで脳の海馬が活性化し、物忘れの症状が改善されるかもしれません。
内見会では、東京国立近代美術館主任研究員の桝田倫広氏による解説もありました。ピーター・ドイグの絵画には、カヌーなど重要なモチーフが何度も出てくるため、それらの絵を観ているうちに、物語が展開しているように思えてくるそうです。
どこか懐かしいけれど誰も見たことのない光景を描けるのがピーター・ドイグの才能。また、感覚を増幅させるため色彩をデフォルメしていたり、見る人を没入させる細かい仕掛けが。桝田氏によると、今回出品された油彩画は32点と少なく思えますが、一枚一枚が大きいため合計すると1,682,791平方センチメートルにもなるそうです。一般的なサイズ(100センチ×160センチ)の絵に換算すると、100枚以上ぶんになるという試算が。大きい絵だと、じっくり観て吸い込まれる感じに浸ることができます。
ピーター・ドイグご本人のギャラリートークも拝聴。大柄で紳士的だけれど静かなポテンシャルを秘めているような方。大きな作品を描ける体力、気力も十分で、とても御年60歳には見えません。スコットランドのエジンバラ生まれで、カリブ海のトリニダード・トバゴとカナダで育ち、ロンドンの美大を卒業、という多様な文化を吸収してきた器の大きさを感じさせます。
今回の作品の中には、将来について悩んでいた時に描かれた「街のはずれで」や、美大生時代に描いた「のまれる」などの古い作品も展示されています。「のまれる」はチェルノブイリ原発事故の後に描かれ、風景の中に美しさとともに毒性を見いだすような感覚を意識したそうです。
二枚一組の巨大な作品「スキージャケット」の着想のもとになったのは、トロントの新聞に掲載された日本のスキー場の広告写真だとか。日本のスキー場は混雑していて、せっかくのバカンスなのにストレスフル、みたいなキャッチコピーがつけられていたそうです(余計なお世話な気もしますが何の広告か気になります)。絵の中にラフな感じでペイントされたスキージャケットの色で、ちゃんとスキー客に見えるのがさすがです。絵の中のスキー初心者たちのぎこちない感じは、絵もスキーも習得まで時間がかかる、という共通点を表しているそうです。
ピーター・ドイグは広告写真や、映画のシーン、ハガキなどをもとに絵を描くことが多く、図録に収録されたインタビューでは「一から十まで想像によって絵を描くことは決してしません。わたしは常に自分で撮った写真や見つけてきた写真を典拠にして制作しています。こうしたイメージは、いろいろな角度から見る人の特定の記憶や特定の経験を思い出させるのです」と語っています。想像オンリーではない、と言い切っている率直さに感銘を受けました。100%創作じゃなくて何かヒントにして良い、というメッセージが「画家の中の画家」から発信されることで、画家志望者も増えるかもしれません。
謙虚なピーター・ドイグ氏ですが、作品を観ていると写真や映画を素材にしている以外に、あり得ないシチュエーションに遭遇する引き寄せ力をお持ちのようでした。例えば「スピアフィッシング」という作品は、カヌーに赤いウェットスーツを着た人物と黄色い服の人物が乗ってスピアフィッシング(魚を銛などで突いて捕獲する)をしているシーンを描いていますが、かつてピーター・ドイグが実際見た光景だそうです。
また、「ペリカン」という作品の元になったのは、トリニダード・トバゴの浜辺でペリカンと格闘している男性がペリカンの首根っこを掴んで海に沈めようとしていたシーンを目撃した記憶だとか。その男性と目が合ったら睨まれたそうです。そんなシチュエーション、普通遭遇しませんから……。「画家の中の画家」のもとには、モチーフになりたいイメージやものごとが自然と集まってくるようです。
ピーター・ドイグ展
期間:~6月14日(日)
時間:10:00~17:00 ※金曜・土曜は21:00まで ※入場は閉館30分前まで
休:月曜(3/30、5/4は開館)、5/7(木)
場所:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
東京都千代田区北の丸公園3-1
https://peterdoig-2020.jp/