先日、ニュース番組で子どもたちがドリルなどの宿題の答えをAIに教えてもらっている、というシーンを目にして、日本の未来に危機感を覚えました。かこさとしは『未来のだるまちゃんへ』で「子どもたちは、ちゃんと自分の目で見て、自分の頭で考え、自分の力で判断し行動する賢さを持つようになってほしい。その手伝いをするのなら、死にはぐれた意味もあるかも知れない。」と語っています。
最初の展示室には、かこさとし青年期のダークな色調の作品が展示。かこさとしは東京帝国大学工学部出身と経歴にあり、高校も理系だそうですが……絵も美大レベルで、そのポテンシャルに驚かされます。
1951年、学生中心で行っている市民ボランティア的な「セツルメント」に参加。戦後の人間ドラマを紙芝居にして制作。牧歌的で優しいタッチに、かこさとしの人柄が表れています。セツルメントの写真では昭和初期の子どもたちは皆坊主頭で、従順にお兄さんたちの話を聞いてくれそうです。
そしてついに出てくる「だるまちゃん」シリーズ。1967年の「だるまちゃんとてんぐちゃん」に始まり、1968年「だるまちゃんとかみなりちゃん」、1984年「だるまちゃんととらのこちゃん」、1991年「だるまちゃんとだいこくちゃん」、そして時代が進んでわりと最近、2018年には「だるまちゃんとキジムナちゃん」が出版。来場者も年齢によって「あ、これ知ってる」と反応する絵本が違います。
実は若い世代ほど、多くの「だるまちゃん」シリーズを読んでいるという説が。2018年「だるまちゃんとはやたちゃん」のはやたちゃんは、「いのはやたのすけ」(源頼政に仕えた猪早太)にちなんでいるようで、マニアックな人選にセンスを感じます。そして、時代は変わっても絵のタッチは一貫していて、その時の流行に寄せていかない姿勢にも感銘を受けました。「からすのパンやさん」の、光沢感あるパンがおいしそうで、1973年の作品なので、アンパンやクリームパンなど素朴なラインナップにほっとします。クイニーアマンとかマリトッツォとか難しい横文字のパンは出てきません。
科学者でもあり、研究者気質のかこさとしは、様々な分野の絵本を描いています。建設がテーマの「だむのおじさんたち」、大仏建立についての「ならの大仏さま」、そして人間の道具がテーマの「どうぐ」など。人生で重要なことは全てかこさとしが教えくれる勢いです。「どうぐ」には、自動車を構成する全てのパーツが並べられて表現。人間ひとりひとりも、社会にとっては必要不可欠、というメッセージを感じます。
科学絵本の作家としても有名なかこさとし。「かわ」「たいふう」「ヒガンバナのひみつ」「なつのほし」「太陽と光しょくばいのものがたり」「たべもののたび」「わたしののうとあなたのこころ」と、あらゆるジャンルについての知識を怒濤の絵本化。
さらに、日本人にとって大切な風習を描いた絵本の数々も。「こどもの行事 しぜんと生活」シリーズは1月から12月まで展開。凧揚げ、七夕、海水浴、ホタル観賞など、エモいシーンの連続で、童心に戻る人も多いことでしょう。気候変動で四季がなくなりつつある今、これらの風習はどれだけ残っていくのか……後世の人に伝える貴重な資料にもなります。「富士山大ばくはつ」という絵本もありますが、予言にならないことを祈ります。
そして最後に展示されているのは、手描きで詳細に記された作品、「宇宙進化地球生命変遷放散総合図譜」(生命図譜)。神のような俯瞰した視点で生命の進化を網羅。やはりかこさとしは人間を超えた存在だったのかもしれない……と思わされます。そうでないと驚異的な分量とクオリティーで生涯に600冊以上もの絵本を出せません。絵本で一発当てたい……なんて俗な妄想をしていた自分を反省。600冊以上の傑作の前にはひれ伏すしかないです。大量の著作の一部はショップでも販売。
まじめな科学絵本のあとは「からすのパンやさん」に出てくるパンを再現した写真撮影コーナーが。自動車や鍋、包丁や鏡餅などシュールなパンもありましたが、焦げ目がおいしそうで食欲が刺激。生命の基本は食、ということなのかもしれません。
かこさとしの作品に囲まれて、童心に戻れるこの展示を観た人は、少し人相が良くなっているように見えました。
かこさとし展 子どもたちに伝えたかったこと
期間:~2022年9月4日(日)
時間:10:00~18:00 金・土曜日は21:00(入館は閉館30分前まで)
※金・土の夜間開館につきましては、状況により変更になる場合もあります。
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム 東京都渋谷区道玄坂2丁目24−1
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/22_kako/
会期中すべての土日祝および8月29日(月)~9月4日(日)は一部【オンラインによる入場日時予約】。※小学生は入館料無料ですが、入場日時予約対象日は予約が必要。金・土曜日の夜間開館の18:00以降は予約なしでOK
※開催日時などにつきましては、新型コロナウイルス感染症の状況により変更の可能性もあるので、公式HPなどでチェックしてください。