書や作陶、蒔絵など、あらゆる分野で卓越した才能を見せた本阿弥光悦。そのセンスの一端に触れることができる特別展「本阿弥光悦の大宇宙」が東京国立博物館 平成館で開催。江戸時代初期に「異風者(いふうもの)」と呼ばれるほど、独創的で目立つ存在だったようです。展示のキャッチコピーは「始めようか、天才観測。」で、高尚なイメージの本阿弥光悦の人となりに対する素朴な興味がわいてきます。
その感性は、先祖から受け継がれた部分もあったのかもしれません。本阿弥家は、代々、刀剣の価値を見極める職に就いていて、審美眼が磨かれていったようです。第1章「本阿弥光悦の家職と法華信仰」のコーナーには、本阿弥家が鑑定したとされる有名な刀剣が展示され、鋭い光を放っていました。「本阿弥家図」を見ると、一族の男子には「光」から始まる名前がつけられているという法則があるようです。光意、光興、光圓、光清、光淳……刀剣の輝きにちなんでいるのでしょうか。名前の言霊さながらにセンスが光る一族です。
第2章「謡本と光悦蒔絵」では、本阿弥光悦が装丁を手がけた謡本や、ゴージャスで優美な蒔絵作品を中心に紹介。中でも、金と黒のコントラストで目立っているのが国宝「舟橋蒔絵硯箱」。小舟の蒔絵と中世の歌がデザインされた硯箱は、工芸品の傑作と評価されています。他の蒔絵の作品を見ても、モチーフが唐草、蔦の葉、千鳥、鶴と亀、扇など、どれも雅で格調高いです。「花唐草文螺鈿経箱」は、鮑(アワビ)の貝片なども使われています。こんな高級感あふれる箱には何を入れたら良いか迷いそうです。
硯箱には、書道の道具を入れるのだと思われますが、本阿弥光悦は書の達人で「寛永の三筆」と呼ばれるほどでした。第3章「光悦の筆線と字姿」では、そんな光悦の書の作品に浸ることができます。代表作「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」は全長13メートルの作品でひときわ目立っていました。金銀に光る鶴たちが見るからに縁起が良く、優雅な書と相まって、目の保養になります。三十六歌仙の和歌を本阿弥光悦が、下絵の鶴を俵屋宗達が描いています。下絵料紙を用いた和歌集は、先に下絵を仕上げてその上から本文を書くというのが通例だそうですが、この作品は違う作業形態だったようです。
文字の上に金銀泥が載っていたり、書に合わせて下絵が補筆されていたりしていて、一緒に共同作業していたと推察されています。本阿弥光悦は、一回り下の、まだ売れていなかった俵屋宗達の才能を見い出して、活躍の場を与えました。俵屋宗達も「光悦翁」と呼んで慕っていたようです。今でいう「先輩」みたいな感じでしょうか。「桜山吹図屏風」や「蓮下絵百人一首 和歌巻断簡」など、二人が合作した名品は多いです。
展示会場の第1章にあった「本阿弥家図」によると、本阿弥光悦の叔父である光刹の娘が俵屋宗達の妻で、本阿弥光悦も光刹の娘である妙得を妻としているので、俵屋宗達とは義理の兄弟だった説があります。公私ともに関係が深く、気軽に呼んで一緒に作業できる仲だったのでしょう。
「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」は、鶴の下絵の上に大胆に散らし書きしていますが、気の置けない関係だからこそできたことかもしれません。書き間違えても「もう一回鶴を描いて」とか言えそうです。
本阿弥光悦の書は、どれも流れるように書かれているようで、実は体調の変化も現れています。初期の法華経の写しは整然とした文字で書かれていて、「謡本」の文字も流麗で美しいですが、50代以降は中風の影響で文字がより個性的に。乱れたり、太くなったり細くなったりしていますが、それも味わい深いです。本阿弥光悦の手にかかると全てが「映え」てしまうのが不思議です。
第4章「光悦茶碗」には、手づくねにより成形された茶碗の名作が展示されていました。本阿弥光悦の体温が感じられるような温かみのある茶碗。丸みを帯びたフォルムや、景色が浮かんでくるような色の濃淡は、ずっと眺めていたくなります。この最高級の茶碗で実際にお茶を飲むことはかなわなくても、視覚だけでお茶を飲んだあとのようなリラックス感が得られます。本阿弥光悦の、肩の力を抜いて趣味を楽しんだ人生が現れているからかもしれません。本阿弥光悦は、生きることの天才だったのでしょう……。悩める現代人も、この展示で美しいものをたくさん見ることで、少しだけ人生に輝きを取り入れられそうです。
「本阿弥光悦の大宇宙」
期間:~2024年3月10日(日)
時間:9:30~17:00 (入室は閉室30分前まで)
休:月曜、2月13日(火) ※ただし、2月12日(月・休)は開館
会場:東京国立博物館 平成館
東京都台東区上野公園13−9 内 東京国立博物館
https://koetsu2024.jp/