2024.02.17

時空を超えるフランク・ロイド・ライトの先見性 #97

連日多くの人で賑わっている「フランク・ロイド・ライト -世界を結ぶ建築」展 (パナソニック汐留美術館)。「グッゲンハイム美術館」「カウフマン邸(落水荘)」「帝国ホテル二代目本館」などを手がけたことで有名な近代建築の巨匠で日本で約26年ぶりとなる展覧会です。建築だけでなく、芸術、デザイン、造園、教育、など様々なジャンルで才能を発揮していました。手に入りやすいフランク・ロイド・ライトデザインだと、木製の照明器具が有名です。

 時空を超えるフランク・ロイド・ライトのの画像_1

フランク・ロイド・ライト展が連日盛り上がっているように、日本人に愛されている建築家ですが、ライトの方も日本に特別な思いを抱いていました。浮世絵の影響を受けて建築の透視画を描いたり、浮世絵コレクターとして名を馳せたりしていたようです。何度も来日し、帝国ホテルの建築という大仕事を引き受けます。

ライトの母方の祖父はウェールズ出身で、先祖は多神教で自然崇拝していたケルトの民族でした。八百万の神を信じる日本人と共通する感覚があって、相性が良いのかもしれません。風景と建物が一体化したようなライトの有機的建築からは、自然への畏敬の念が感じられます。

ケルトの血を引くライトの母のアンナは、直感が鋭かったようで、ライトを妊娠している時から、生まれた子どもは建築家になると言って、子ども部屋に大聖堂の絵を飾っていたそうです。動画インタビューでライトは「生まれる前から建築家になることが決まっていた」と語っていました。教育熱心なアンナが、子ども時代のライトに買い与えた「フレーベル恩物」という木製の教育玩具は、立方体や直方体、球体、三角形などを組み合わせて遊べるようになっていて、まさにライトの建築の元ネタのような積み木です。お子さんにタブレットを与えるよりも、想像力が刺激されるブロックを買ってあげた方がライトのような天才に育つ可能性が……。

ライトはウィスコンシン大学を中退したあとシカゴの建築事務所で働きます。その後のアドラー&サリヴァン事務所では才能を見込まれて住宅の設計を任せられます。そこで個人の仕事を引き受けまくっていたことが恩師のサリヴァンにバレて、事務所を辞める流れに。24歳で独立します。養う家族もいたのでたくさん稼ぎたかったのでしょう。

 時空を超えるフランク・ロイド・ライトのの画像_2


初期の代表的な建築物は、種苗業で財を成した実業家に依頼されたクーンレイ邸。植物を抽象化した幾何学的なステンドグラスが特徴です。ロビー邸は、水平のラインを強調したプレイリースタイル(草原様式)の傑作。当時としては珍しくエコ精神を先取りしていて、冬は太陽の輻射熱で暖を取ったり、夏は屋根の張り出しで直射日光を遮ったりできるようになっていました。ライトは庶民育ちなので、節約の面も考えるのかもしれません。

とはいえ、ライトに設計を頼めるのは世界中の富豪が多いです。平面図を見ても、住宅だけでなく庭園も広大で、自然と一体化できること自体が環境的に恵まれています。日本には、兵庫県芦屋の山邑邸や、池袋の自由学園明日館といった建築が現存していて、それぞれ見学できるようです。山邑邸は「ヨドコウ迎賓館」という名称で引き継がれています。時を経て一般人に門戸が開かれることで、ありがたくライトの空間を体験できます。

でも、今回の展示で、アメリカでは富裕層でなくてもライト建築の家を買えた時代があったことを知りました。「リチャーズ社の通販式プレファブ住宅」と呼ばれた大量生産の家で、1911年から17年にかけて中低所得者層に販売されました。1917年、アメリカが第一次世界大戦に参戦したことで販売は終了。当時の図面を見たら、2ベッドルームに、キッチン、リビング、ポーチまであって普通に広く、外観もおしゃれです。日本だったら富裕層向けかもしれません……。

華々しく活躍していたように見えるライトですが、順風満帆ではなかったようです。22歳の時に結婚した妻キャサリンとの間に6人の子どもがいながら、建築を依頼した施主の妻、チェイニー夫人と恋に落ちます。2人は家族を残してヨーロッパへ逃避行。この不倫事件が世間でニュースになり、仕事も激減。現代で文春砲を受けて社会的に制裁を受けるのと同じ構図です。

そんな時、母アンナが先祖代々の土地をライトのために用意してくれたので、そこに自宅や仕事場を建てて「タリアセン」と名付けました。しばらく平穏に暮らしていたのですがチェイニー夫人と子どもたち、弟子数人が使用人に殺されるといういたましい事件が発生。

落ち込んでいたライトを救ったのは、大きな仕事の依頼でした。帝国ホテル二代目本館の設計の仕事に没頭することで、辛い思い出から気をそらすことができたのかもしれません。マヤ文明の神殿のような造りで、もし今も都心にあったら異彩を放っていそうです。帝国ホテルに関しては、建物だけでなく、家具や食器のデザインも手がけたそうです。実は耐震性も考えられていて、関東大震災でも壊れませんでした。「ライト館」と呼ばれた帝国ホテル二代目本館は、愛知県犬山市の博物館明治村に玄関部分が移築されて現存しています。

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ユーソニアン住宅の原寸モデル。こちらも中低所得者向けの住宅だそうですが、ウッディで落ち着く空間です。

また、ライトが力を注いだのは、「タリアセン・フェローシップ」。1932年に創設された、自給自足の実習施設です。弟子たちが農業や牧畜、家事全般や、建築の実習などを行ないながら、ライトのもとで共同生活。3番目の年の差妻、オルギヴァナもこの施設で中心的な役割を担っていました。動画で「タリアセン・フェローシップ」の暮らしぶりが流れていたのですが、「テラスハウス」や「あいの里」を90年前に先取りしていたのかと思うほど、男女が楽しそうに作業したり、収穫したり,泳いだり、乗馬したりしていました。そんな若者の姿を暖かいまなざしで見つめるライト。若者のエネルギーを吸収していたからか、91歳まで長生きしました。

展示に終盤に、ロイドが提唱していた都市構想、「ブロードエーカー・シティ」の映像が流れていました。おしゃれな田んぼや畑が並ぶ、未来都市のような景色が広がっています。近代的な都市よりも未来があるとして、郊外のユートピアコミュニティを構想。居住者が土地を持ち、自給自足の生活が送れるという理想郷です。もしこの都市がもっと早く実現し、世界に広がっていたら、環境問題もここまで深刻化していなかったとも思えます。

エコで持続可能な有機的建築、不倫で干された体験、若者の共同生活、食糧難に供える自給自足生活など、ロイドは時代を先取りしまくっていました。もしかしたら母方のケルト系の予知能力を受け継いでいたのかもしれません。

「フランク・ロイド・ライト 世界を結ぶ建築」展
期間:~2024年3月10日(日)
時間:10:00~18:00  (入館は閉館30分前まで)
休:水曜(ただし3月6日は開館)
会場:パナソニック汐留美術館
東京都港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4階
https://panasonic.co.jp/ew/museum/exhibition/24/240111/

その後、青森県立美術館で2024年3月20日〜5月12日開催。

辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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