ポストコロナの社会について冷静な視点で考える「遠距離現在 Universal / Remote」展 #98

3年間のパンデミックの時期を経て、テクノロジーや人間の孤独について振り返る現代美術の展示が始まりました。「遠距離現在 Universal / Remote」というタイトルは、「常に遠くあり続ける現在を忘れないため」に造語されたそうです。拡大し続ける社会や、リモート化する個人をテーマに、8名と1組の作品が展示されています。

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井田大介《誰が為に鐘は鳴る》2021年 ヴィデオ(ループ再生) 作家蔵 ©Daisuke Ida Courtesy of the Artist 「遠距離現在 Universal / Remote」 国立新美術館 2024年 展示風景 Photo by Keizo Kioku

井田大介は、現代社会に生きる人々の不安や欲望を映像作品などで表現。紙飛行機が危うい感じで低空飛行する「誰が為に鐘は鳴る」、ブロンズ彫刻がバーナーで焼かれ続ける「Fever」など、心に一抹の不安や違和感を生じさせます。もしかしたらコロナ禍で、不安な事象に心が引き寄せられがちな現代人のニーズにも応えている映像なのかもしれません。

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トレヴァー・パグレン〈海底ケーブル〉「遠距離現在 Universal / Remote」 国立新美術館 2024年 展示風景 Photo by Keizo Kioku

トレヴァー・パグレンの写真の作品は、一見して美しい風景に見えます。どこかノスタルジックでエモい海岸の風景に添えられているタイトルを見ると「米国家安全保障局(NSA)が盗聴している光ファイバーケーブルの上陸地点、米国ニューヨーク州マスティックビーチ」と物々しく書かれていました。実は、写真は見えないインターネットの物質的な存在感や、盗聴の危険について人々に意識させる作品だったのです。NSAの元情報局員であるエドワード・スノーデンによって暴露された米国政府による盗聴情報をもとに、制作された作品群。海中の写真はなんと作家自身が海に潜り、撮影しているそうで気合いが入っています。

神秘的な海中の底に黒いケーブが横たわる写真には「米国家安全保障局(NSA)が盗聴している海底ケーブル、北太平洋」というキャプションが。続いて、青くて美しい海の底のケーブル写真には「日米間ケーブルシステム、米国家安全保障局(NSA)と英政府通信本部(GCHQ)が盗聴している海底ケーブル、太平洋」と、スルーできないことが書かれていました。日本のインターネットの情報が行き来しているケーブルを、なんと米国と英国の情報機関がよってたかって盗聴しているとは! こうして書いている情報も海底で静かに監視されているのでしょうか……。美しい海の写真なのにケーブル周辺には魚がいないように見えるのも不気味です。ケーブルから何か有害な波動を察知しているのかもしれません。

また、同じトレヴァー・パグレンの、AIが生成したアート作品も展示されていました。AIが画像を学習するトレーニング・セットをパグレン自身が作成。フロイトの「夢判断」やダンテの「神曲」、民話や文学、哲学などで構成されたアカデミックなデータです。それらを学習し、訓練中の二つのAIが見ている光景が展示されています。「吸血鬼(コーパス: 資本主義の怪物)、敵対的に進化した幻覚」は、悪魔のような赤い目と血塗れた口元が禍々しいです。「ボルノ(コーパス: 人間)、敵対的に進化した幻覚」は、赤い部屋に人間の身体ともつかない肉塊のようなものが転がっているビジュアルでした。なぜAIが生成したアートはホラー感があるのでしょう。これらの作品は、生成AIが話題になるよりもかなり前の2017年頃に制作されていて、作家の先見性にも驚かされます。この不穏な作品は、AIにコントロールされた未来の光景の伏線なのでしょうか……。

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ティナ・エングホフ〈心当たりあるご親族へ〉「遠距離現在 Universal / Remote」 国立新美術館 2024年 展示風景 Photo by Keizo Kioku

不吉といえば、ティナ・エングホフの写真の作品も、よく見ると心が薄ら寒くなるようでした。説明には「過日、下記の人物がご逝去されました。故人に心当たりのあるご親族の方々は、お早目にご連絡ください。」とありました。幸福度が高く、福祉が充実しているデンマークで、ひっそりと孤独死を迎えた方々。その住人の痕跡を残した部屋を撮影したシリーズです。明るい壁紙で絵がかかっている部屋もよく見たらカーペットにしみが……。引き出しが開けっ放しだったり、着替えが置いてあったり、人はいつ死ぬか予期できないことを思い知らされます。ゴミだらけの汚部屋や、何が起こったのかソファーが横倒しになっている部屋、血痕が残されている部屋もあり、事故物件という言葉がよぎります。社会保障が充実したデンマークでも、助けを求めてもその声が届かない場合があるのです。ネット社会で人と人とのつながりが希薄になっている現代について考えさせられます。

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徐冰(シュ・ビン)による81分の映像作品「とんぼの眼」も印象的でした。この映画には役者もカメラマンもいません。なんと、中国で爆発的に増えている監視カメラの映像をコラージュして作り上げられたのです。だからといって手間が省けるどころか、普通の映画製作より大変そうな作業です。徐と制作チームは20台のコンピューターを使って約11,000時間分の映像をダウンロード。若い男女が主人公の物語を構成しました。

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徐冰《とんぼの眼》2017年「遠距離現在 Universal / Remote」 国立新美術館 2024年 展示風景 Photo by Keizo Kioku

監視カメラ映像なので、主人公の男女の顔がシーンごとに変わりますが、セリフがつくと不思議と違和感ありません。主人公はチンティンという女性で、尼僧を目指したけれど断念した彼女は、牛の飼育場で働きはじめ、そこでクー・ファンという若い男性と出会います。クー・ファンに「君は他の人と違う」と言われ、なんとなく仲良くなる2人。そのあと、いろいろあってチンティンは仕事を辞めることになりクリーニング屋で働きはじめますが、お金持ちの女性客とトラブルになってしまいます。それを聞いたクー・ファンが、その女性客に報復して、ボコボコにされ、最終的に刑務所に入る羽目に。この、クリーニング屋でクレームをつける客の映像も、クー・ファンが金持ち女の車に車をわざとぶつけるシーンの事故映像も、殴られる映像も、全て実際に監視カメラの記録にあったものだと思うと恐ろしいです。血まみれの全裸男性が走っていく謎の映像や、災害や事故の映像なども挿入されていました。治安が心配です。クー・ファンは出所後にチンティンを探しますが、彼女は過去の黒歴史にまつわる男性など忘れてしまっていました。ウエイトレスとして働いていた店を辞めて、整形して美しくなり、ネットの配信で稼いでいることが判明。配信を視聴し、ギフトを貢いでなんとか彼女にアピールしますが軽くあしらわれるクー・ファン。そうこうするうちにチンティンは配信中の発言が炎上し、自ら命を絶ってしまいます……。橋からの飛び降り映像も監視カメラに映っていたものを使用。監視カメラ映像の粗さが、殺伐とした印象を与え、胸に迫るものがあります。

不特定多数の人々の映像は、誰かでもあり、自分でもある……。そんな不思議なワンネス感もあり、映像に引き込まれました。いっぽうで、数多くの監視カメラの映像が誰もが見られてダウンロードできる野放し状態にある、ということへの懸念も高まります。

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エヴァン・ロスの「インターネット・キャッシュ自画像」も、没入型の作品でした。自身のコンピューターのキャッシュ (cache)に蓄積された無数の画像が、壁や床に張り巡らされています。キャッシュとは、インターネット上で一度アクセスしたデータを保存する機能。現代において、人がネットで見た履歴は究極の個人情報であり、脳内を公開するようなもの。でも、見たところエヴァン・ロスのキャッシュは、どこに出しても恥ずかしくないキャッシュでした。アート関係の写真や空や風景、娘さんの写真、政治家など……。無意識のうちに集積された広告も入るので、時々スニーカーの写真が出てきますが、煩悩系やダーク系サイトのキャッシュはほとんどないのがさすがです。


「遠距離現在」というタイトルですが、現在の状況を遠距離から、客観的に見ることで、隠されていた問題が見えてきたり、逆に辛いことも俯瞰できたり、そんな視点を教えてもらえる展示でした。

「遠距離現在 Universal / Remote」展

期間:~2024年6月3日(月)
時間:10:00~18:00 (入館は閉館30分前まで)※毎週金・土曜日は20:00まで
休:火曜日 ※4月30日(火)は開館
会場:国立新美術館 企画展示室 1E
東京都港区六本木 7 丁目 22-2
https://www.nact.jp/exhibition_special/2024/universalremote/

辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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