【#田名網敬一 】のスピリットに導かれる異次元のアート体験 #104

一生現役で第一線で活躍していたアーティスト、田名網敬一氏が88歳で天に召されました。大規模個展「田名網敬一 記憶の冒険」が始まってから2日後(2024年8月9日)のことでした。内覧会会場には出席されていなかったですが、異世界のような作品から田名網氏のスピリットや気配を感じました。後日、所属ギャラリーNANZUKA代表の南塚真史氏が、「田名網は生前に、自身の最近のアニメーションやペインティング作品を称して、『(自分が)死後に住む世界』だと説明をしていました」と追悼のコメント内で記述。もしかしたらオープニングの日、すでに作品内にワープしていて、来訪者を迎えてくれていたのかもしれません……。

田名網敬一 KEIICHI TANAAMI

60年以上にわたる創作活動に迫った展覧会は、500点を超える膨大な作品数で、田名網敬一の尽きることないクリエイティビティの源泉に触れることができます。

田名網敬一 KEIICHI TANAAMI
田名網敬一の巨大インスタレーション「百橋図」は作品が投影され、一度見たら忘れられない強烈な印象。

入ってすぐのところにあるのは「百橋図」。太鼓橋が重なり、画像がフロジェクションマッピングで投影されている新作インスタレーションです。この橋をしばらく眺めているだけでかなりのトリップ感がありましたが、まだブロローグです。

この雅な太鼓橋は、田名網敬一が子ども時代に遊んだ目黒雅叙園の記憶に由来しているそうです。京橋の服地問屋の家で育った田名網氏は実はお坊ちゃま説が……。「橋とは、この世とあの世、俗なるものと聖なるものをつなぐもの」という田名網氏自身の言葉のように、来場者はこの橋で田名網ワールドに足を踏み入れることになります。

田名網敬一 KEIICHI TANAAMI
「NO MORE WAR」シリーズのポスターは、極彩色が戦争の暗いムードを吹き飛ばします。

第一章では、ポスターデザインのーなどの作品を紹介。1960年代、グラフィックデザイナーとして活動をはじめた田名網氏は、仕事で実績を積みながら、アート作品制作も行ないます。公募で入選した反戦ポスターシリーズ「NO MORE WAR」は、ヒッピーカルチャーを感じさせるサイケな色合いで、日本人としてこのデザインや色彩感覚は最前線だったのでしょう。

田名網敬一 KEIICHI TANAAMI
第一章、70年代の作品の中には、はじめて描いた金魚が存在感を放っています。田名網の作品に繰り返し登場する金魚は、戦時中、祖父母の家で見た金魚鉢の記憶に由来しています。
田名網敬一 KEIICHI TANAAMI
アートディレクターをつとめた「PLAYBOY」のデザイン。今見ても古びないセンスを感じます。

第二章では、フリーのグラフィックデザイナーとして活躍し、月刊「PLAYBOY」初代アートディレクターにも就任した頃の作品を紹介。忙しい中で個人的な趣味として、コラージュ制作に熱中します。出征し他界してしまった叔父が大量に所有していた雑誌がコラージュの素材になりました。武蔵野美術大学出身のレジェンドはなぜか皆さんコラージュにハマっています。田名網敬一、大竹伸朗、みうらじゅんが「コラージュ御三家」といっても良いでしょう(敬称略)。

田名網敬一 KEIICHI TANAAMI
コラージュについて、「頭で思考するスピードと手が、ほぼ同じ速度で回転するので、どんどん仕上がっていく」リズム感が好きだと、以前インタビューで語っていました。

コラージュには右脳を活性化し、芸術的センスを高める効果があるようです。大学に「コラージュ学科」を新設しても良いかもしれません。田名網敬一のコラージュ作品からは、すきまを埋め尽くしたいというモチベーションが感じられます。構図は完璧ですが、モチーフがシュールで、一見楽しいけれど、軽い恐怖も感じさせるシリーズ。後年の脳内ビジョンのコラージュ的作品にも通じるものがあります。

田名網敬一 KEIICHI TANAAMI
マリリン・モンローのアニメーションも制作。田名網氏にとって重要なアイコンの一人だったそうです。

第三章では、アニメーション作品を紹介。アニメーション作家としての先駆者、久里洋二(1928-今もなおご存命)の影響で、アニメーション作品を制作。マスメディアへの風刺を込めた作品は今見ても刺激的です。いつも時代の最先端の技術を取り入れていて、現代ではそれがプロジェクション・マッピングに発展していると思うと感慨深いです。

田名網敬一 KEIICHI TANAAMI
「蓬莱山に百鶴が飛ぶ図」のシリーズに出てくる、うねる松は病床の田名網敬一にとって生命力の象徴でもありました。

第四章は、これまでの多忙な仕事ぶりが祟って、肺に水がたまり病床に伏したことがきっかけで、新たな着想を得た作品シリーズ。1981年に結核と診断され、4か月近く入院することになった田名網氏。入院中に生死の境をさまよい、高熱で幻覚を見た日々。窓の外の松の木がぐにゃぐにゃに曲がるなど、幻覚のイメージをノートに描いて、それが作品のモチーフになりました。逆境や不運も芸術に昇華できる才能に圧倒されます。鶴や亀などアジアの吉祥モチーフも取り入れ、不思議な幽玄の世界を展開。一度見たら夢に出てきそうな立体作品シリーズも展示されていました。幼い頃に遊んだ積み木などの玩具と、幻覚が結びついた作品で、並んでいるとまるで視覚の遊園地のようでした。

田名網敬一 KEIICHI TANAAMI
立体作品は大阪のクリエイティブユニットgrafとのコラボレーションで制作。幻覚を具現化する技術にも驚嘆させられます。
田名網敬一 KEIICHI TANAAMI
「Memories Tell Lies.」は、記憶と夢の織りなす壮大なコラージュのような作品。プラダでの個展でも展示。
田名網敬一 KEIICHI TANAAMI
仕事場を再現したスペースもすごい密度で見応えがあります。本人の気配を感じるゾーン。

第五章では、1980年頃から手がけたドローイング作品を展示。デザインや映像、立体、ドローイングと、あらゆる手法を使いこなしています。田名網氏の夢や記憶をもとに描かれた動物や植物の絵は、力強くうねる線で描かれていて不思議な説得力があります。夢のビジョンも作品の素材にしていた田名網氏は、もっと激しくおもしろい夢を見たいという欲求が強くて不眠気味になってしまった、というエピソードも。

少し前に、プラダ青山店で開催された「PARAVENTI: KEIICHI TANAAMI - パラヴェンティ:田名網敬一」展で、田名網氏と会話する機会に恵まれました。宇宙人やUFOのモチーフが度々描かれていたので、「宇宙人からイメージが降りてきたりアドバイスされたりして描くこともあるんですか? 」と聞いたら「来ないですね。全部自分の中から出てきたものです」と淡々とおっしゃっていたのが印象的でした。今回展示された膨大な作品は、ほとんどが田名網氏の脳内に蓄積された膨大な記憶やイメージをもとに描かれているのです。人は情報や叡智を外側の世界にばかり求めなくても、全ては自分の内側の小宇宙にあるのかもしれません。

田名網敬一 KEIICHI TANAAMI

時には、巨匠の作品に刺激を得ることもあります。第九章で展示されていたのは、2020年からコロナ禍の間に描かれた「ピカソの悦楽」シリーズ。あらゆるプロジェクトがストップして、時間が空いた時に、かつて制作したピカソ母子像モチーフの作品が目に留まった田名網氏。目的もしめきりもなくピカソの複写を始めたそうです。次第に原画を離れて、ピカソの絵画を独自に発展させます。80代にしてなんと700点以上に及ぶ作品を制作。関係者によると、「すごい細い筆で描いていた」とのことで、それでもこの点数を完成させるとは超人的です。

田名網敬一 KEIICHI TANAAMI
「ピカソ母子像の悦楽」シリーズは、天才同士の時空を超えた真剣勝負のようです。
田名網敬一 KEIICHI TANAAMI
巨大バルーン「金魚の大冒険」は、金・土の夜は発光するそうで、注目の映えスポットです。

超人伝説は続き、第十章では、88歳を迎え、自身の記憶の曼荼羅を壮大なスケールで描いた大作の数々を展示。想像力や絵の密度、そしてクオリティの高さに圧倒されます。

田名網敬一の世界に没入している間は日常を忘れられます。そういえば入り口には現世から異世界への橋「百橋図」がありましたが、出口に戻るための橋は用意されていないことに気付きました。もしかしたら来場者は、極彩色の世界の一部に取り込まれてしまったのかもしれません……。

「田名網敬一 記憶の冒険」展
期間:~2024年11月11日(月)
時間:10:00~18:00 (入館は30分前まで)※毎週金・土曜日は20:00まで
休:火曜
会場:国立新美術館 企画展示室1E
東京都港区六本木7-22-2
https://www.nact.jp/exhibition_special/2024/keiichitanaami/

辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。アイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。新刊は『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』(祥伝社文庫)『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後 40代女子叫んでもいいですか 』(PHP研究所)『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』(光文社新書)『妙齢美容修業』(講談社文庫)『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)。Twitterは@godblessnamekoです。

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