美しい自然は国宝級……「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」展

芸術の本場というとヨーロッパのイメージがありますが、北欧でも独自の芸術が育まれていました。近年、世界的に注目を集める、スウェーデン美術黄金期の絵画を紹介する「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」展が開催。北欧に憧れ続けて数十年、これは行かなければと馳せ参じました。

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展示の最初に目に入った「草原の妖精たち」(ニルス・ブロメール)。美しく神秘的な少女たちは現実の存在ではなく、この地に宿る妖精ですが、画家の心の目には見えていたのかもしれません。

会場に入ってすぐのところに展示されていたのは、薄い水色の衣をまとった妖精たちが踊っている「草原の妖精たち」(ニルス・ブロメール)。可憐で神秘的で純粋な少女たちの輪舞に引き込まれます。「レットヴィックの夏至祭の踊り」(キーリアン・ソル)は、赤い装束で踊っている村人たちが一見楽しそうですが、映画「ミッドサマー」を思い出して怖くなりました。「荒れ狂うボーヒュースレーンの海」(マルクス・ラーション)は、猛威を振るう自然への畏れが表れています。展示の序盤から、フランスやイタリアとは全く違ったスウェーデンらしさを感じます。ヨーロッパの国はまずイエス・キリストやマリア、天使が絵画のモチーフとして登場しがちですが、スウェーデンでは今のところ宗教モチーフは出てきません。むしろ自然に敬意を払い、人間に近い精霊たちと親しんでいる印象です。自然信仰や八百万の神の思想がある日本と共通するものを感じます。

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「レットヴィックの夏至祭の踊り」(キーリアン・ソル)。北欧諸国において、クリスマスと並ぶほど重要なイベントである祝祭。スウェーデン人の心のふるさと、ダーラナ地方での夏至祭の様子です。

展示は6章で構成されていて、1章は「スウェーデン近代絵画の夜明け」。19世紀半ばのスウェーデンの美術は、フランスやドイツの影響を受けていて、風景画は特にドイツのドラマティックな画風を継承していたそうです。1870年代になると、フランスの明るい色彩の風景画の影響も大きくなりました。何より絵の中の太陽の光が美しくて、寒さが厳しい環境で、日の光をありがたく思っているのが伝わってきます。1870年代後半になると、保守的で時代遅れな王立美術アカデミーに異を唱える若い芸術家たちが、芸術の都パリを目指します。日本からすると、スウェーデンからパリは近そうですが、当時は飛行機がないので列車だと1日くらいかかって決して気軽に行ける距離ではありません。パリに芸術を学びに行く若者たちは、かなりの覚悟と使命感を持っていたのでしょう。

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「落穂拾いの少女」(ヒューゴ・サルムソン)。画家は労働に勤しむ農民の姿をモチーフにしていました。少女には一日中働いたけだるい疲労感が漂っています。

パリでは、人間や自然のありのままの姿を描こうとする自然主義やレアリスムの影響を受けたスウェーデンの画家たち。2章では「パリをめざして フランス近代絵画との出合い」と題し、フランスで新しい感性を身に付けた画家たちの作品を紹介しています。「ストックホルム群島で読書する女性」(エリーサベット・ヴァーリング)や「落穂拾いの少女」(ヒューゴ・サルムソン)など、自然と人物が美しく調和している作品があるいっぽう、リアルな庶民の姿を描いた作品も魅力的です。

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「スペインの鍛冶屋」(アーンシュト・ヨーセフソン)。鍛冶屋の若者の明るい笑顔と、背後にたたずむ黒衣の熟女のコントラストもきいています。

「スペインの鍛冶屋」は、マッチョでワイルドな青年たちが笑顔でポーズをとっていて、1881年の作品ですが、アバクロのポスターかと思うほど古さを感じさせません。画家のアーンシュト・ヨーセフソンいわく、鍛冶屋の若者の方から「自分たちを描いてくれないか」と頼んできたそうで、嬉しそうな笑顔からは、時代を超えてポジティブなエネルギーが伝わってきます。同じ画家による「村人たちの噂話」は、年老いた農婦たちが何やら井戸端会議をしている絵なのですが、悪い顔をしていていかにも陰口を言っていそうな表情です。そこに向こうから若い女性が歩いてきて、農婦のおばさんたちと遭遇。気まずい空気が漂っています。「○○の娘さん、また違う男と出歩いていたらしいね。ふしだらな娘だね」なんて陰口を言っていたところに本人登場、みたいなシチュエーションでしょうか……セリフの想像が膨らみます。

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「村人たちの噂話」(アーンシュト・ヨーセフソン)。おばさまたちの陰口を言っている表情と、気まずい女性の顔が味わい深いです。ヨーセフソンは画家仲間の中でも社交的で人気者だったとか。

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「スケーインの学校」(オスカル・ビュルク)。デンマークのスケーインにも芸術家の共同体が形成されていました。通っているのも芸術家のご子息でしょうか。

3章のテーマは「グレ=シュル=ロワンの芸術家村」。パリで新たな絵画表現に触れたスウェーデンの芸術家たちはパリ南東の村、グレ=シュル=ロワンに移り住みます。その中でも才能が注目されたのがカール・ラーション。明るい色彩と輪郭線を強調した新しい様式が評価されました。もう1人、この村で頭角を現したのはカール・ノードシュトゥルム。ダブル浅野じゃないですが、ダブルカールみたいなスター的な存在だったのかもしれません。印象派に影響を受けた彼は、自然の風景や婚約者の姿を描いています。この章では芸術家村の自然やお店、学校といった日常の風景を描いた作品を紹介。

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「陽光」(ファンニ・ブラーテ)に描かれているのは、18世紀後半のグスタフ3世様式の赤いソファです。おそらくハイソな家庭であることが伺い知れます。

4章は「日常のかがやき “スウェーデンらしい”暮らしのなかで」がテーマ。素敵な生活風景を描き、スウェーデンらしい理想の暮らしのイメージを作ったカール・ラーション。インテリアもおしゃれで家族たちも幸せそうで北欧への憧れが高まります。「陽光」(ファンニ・ブラーテ)は、赤いソファーに寝そべる少女が描かれていて、こちらも理想の中産階級のイメージだそうです。高級感やセンスの良さをさりげなくアピールする当時の芸術家は早くも「映え」の意識を持っていたようです。また、スウェーデンでは日常の中に歌があったのかもしれません。アンデシュ・ソーンの「編物をするダーラナの少女 コール=マルギット」は、何か歌を口ずさんでいるようで、「故郷の調べ」でリュートを奏でる女性はスウェーデンのテイラー・スウィフトさながらです。日常の中のきらめきや心踊る瞬間を絵画に封じ込めているスウェーデンのアートはやはり独特な魅力を持っています。

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「カードゲームの支度」(カール・ラーション)は、「スウェーデンらしい暮らし」として憧れを集めていたカール・ラーションの日常のワンシーンが描かれています。カードゲームの集まりのため、妻と子どもたちが、お酒やお茶を準備している幸せな家庭の風景です。

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「故郷の調べ」(アンデシュ・ソーン)。ダーラナ地方の民族衣装をまとった女性がリュートを奏でながら歌っています。この民族音楽は現代にも歌い継がれているのでしょうか。

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北欧に伝わる「フリッティオフ物語」をモチーフに描かれたアウグスト・マルムストゥルムによる作品。「インゲボリの嘆き」「フリッティオフの帰還」は青みがかったグレースケールが神秘的です。

5章は「現実のかなたへ 見えない世界を描く」というテーマで、北欧神話や妖精、民間伝承などについての作品を展示。水の精やトロル、神秘的な風景など、やはりスウェーデンの芸術と自然は切っても切れない関係です。画力の高さで、精霊の存在感にも説得力が。日本ならカッパとなるところ、スウェーデンの水の精は裸体の美男子でした。

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 「太古の時代」(グスタヴ・アンカルクローナ)に描かれているのは太古のヴァイキング船。アンカルクローナはダーラナ地方に移り住み、伝統文化の保護に携わっていました。

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「夜の訪れ」(ニルス・クルーゲル)は、短いストロークで北欧の夜の青い光が表現され、馬たちや地上に降り注いでいて神秘的です。

6章の「自然とともに 新たなスウェーデン絵画の創造」では、フランスで学んだ画家を含め、芸術家たちが「スウェーデンをどう描くべきか」、真摯に取り組んだ作品が並びます。写実的で穏やかで牧歌的な自然の風景。豪雪が樹々に積もっていても、どこか優しげで癒されるタッチです。スウェーデンの芸術家が、自然にはこうあってほしい、という穏やかで理想的な風景を描いているのでしょうか。

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エウシェーン王子による「静かな湖面」。夏の間に滞在するティーレスクウーの宮殿のアトリエで描かれた作品です。繊細でノーブルな光に癒されます。

中でも特筆すべきは、王族の有名な風景画家がいたこと。スウェーデン国王オスカル2世の末子、エウシェーン王子は、絵画制作に情熱を注ぎました。権力ではなく芸術を選び、風景画家として活躍し、美術品の収集も行いました。エウシェーン王子による作品「静かな湖面」は、静かな湖に黄昏時の光が反射していて、平和で穏やかで、王子がスウェーデンの国家安泰を願って描いたのでは? と思わせられます。豊穣を表す積み藁も描かれていて、国民の暮らしに心を向けてくださっています。厳しい自然やロシアなど大国の脅威にさらされているスウェーデンにとって、芸術は祈りでもあるのかもしれません。今回の展示からは、心の平和を保つことが大切だというメッセージを受け止め、スウェーデンの高い幸福度の予兆が表れているのを感じました。

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「ダイシャクシギ」(ブリューノ・リリエフォッシュ)。保護色の草原の中、目を凝らすと一羽のシギが佇んでいます。夏の間に北欧の湿地帯で繁殖するシギはスウェーデンで親しまれている鳥なのでしょう。

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「冬の月明かり」(グスタヴ・フィエースタード)は、スウェーデンと縁が深く、グッズ制作にも関わった皆川明氏の好きな作品だそうです。

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幸せを運ぶ馬、ダーラナホースに、皆川明氏が絵付けした作品は抽選販売だそうです。ダーラナホースをプリントしたミナ ペルホネンのバッグも販売予定。

東京都美術館開館100周年記念
スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき
期間:~2026年4月12日(日)
時間:9:30~17:30
※金曜は20:00まで(入館はいずれも30分前まで)
休:月曜  2月24日(火)※2月23日(月・祝)は開室
会場:東京都美術館
東京都台東区上野公園8-36
https://www.swedishpainting2026.jp/

辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデ ザイン専攻卒業。アートやアイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。主な著作は『江戸時代のオタクファイル』(淡交社)『女子校礼讃 』(中央公論新社)『スピリチュアル系のトリセツ』(平凡社)など多数。Twitterは@godblessnamekoです。