
川崎市岡本太郎美術館のシンボルタワー「母の塔」は「大地に深く根ざした巨木のたくましさ」と「ゆたかでふくよかな母のやさしさ」、「天空に向かって燃えさかる永遠の生命」をイメージして制作されたそうです。美術館の目印としても重要です。

岡本太郎は縄文土器や土偶に魅力を感じていました。この立体作品からは、周囲をパワースポットにしているようなエネルギーを感じます。
岡本太郎は、母、岡本かの子の実家がある川崎市高津区生まれ。その縁で晩年に川崎市に約1800点もの作品が寄贈され、1999年にこの場所に美術館が開館したそうです。岡本太郎の没後にできた美術館ですが、ここにはまだ彼の魂が息づいているのを感じます。エントランスを入ると、板人形の岡本太郎が気さくな感じで出迎えてくれました。縄文土器をモチーフにした「縄文人」が、吹き抜けの天井の宇宙から来ているパワーを充電し、静かな迫力をみなぎらせています。
美術館の展示エリアは令和8年3月30日から約3年間の改修工事を行う予定とのことで、休館前3月29日までは展示を観ることができます。「岡本太郎 生きることは遊ぶこと」という、彼の人生の真髄を表すような展示が開催されていました。

子どもの頃、交通事故の場面に遭遇した衝撃から、血の赤い色に引き寄せられるようになった岡本太郎。生命力の色でもあります。
学芸員の加藤さんにお話を伺いながら展示を拝見。岡本太郎は「芸術は爆発だ!」という格言のインパクトが強いですが、常日頃「生きることは遊ぶこと」と言っていて、実際に芸術からスポーツ、音楽、テレビ出演などあらゆる活動をこなすバイタリティの持ち主だったそうです。その生きる原動力が表れているのが、赤という色。展示会場への通路は赤い壁で、真っ赤な顔のオブジェが展示。来場者の生命力が高まる仕掛けです。

「森の掟」のジッパーのついた怪物は、権力を表現しているそうです。しましまのかわいい猫が描かれていて癒されます。人間社会のナンセンスさを象徴している作品。
最初の部屋に展示されている作品も、赤やオレンジ、黄色、緑、青などビビットカラーが多用されています。「森の掟」は、真ん中にジッパーがついた怪物のような存在が描かれ、周囲の不思議な生き物とシュールに響き合っています。ジッパーを開けると中は空っぽで、権力者や為政者を表現しているとも言われているとのこと。知的な風刺がさり気なく効いています。
「美女と野獣」という作品はキュビスムのような抽象的な女性の隣に、具象的な猫が描かれていました。美女かどうか微妙ですが、美の価値観の多様性を早くも1949年に先取りしているかのようです。
また、岡本太郎は「対極主義」という芸術理念を掲げていました。無機・有機、抽象・具象、美・醜といった真逆の要素をぶつけることで、不協和音を生じさせ、強烈なインパクトを発することができます。まさに芸術の中で爆発を起こしています。常識にとらわれた大人は彼の作品を見て居心地が悪くなることもありそうですが、会場に来ている親子連れを見ていると、赤ちゃんは笑ったり見入ったりしていて、純粋な魂が岡本太郎の遊び心に反応しているようでした。

「重工業」は「対極主義」を代表する作品。意味がありそうでないモチーフ、巨大なネギが中心に描かれているのがポイントです。サブリミナル的にネギを買いたくなりそうです。
「重工業」も、「対極主義」を表現した作品。工場のパイプや赤い歯車が描かれ、人々が巻き込まれながら周囲を回っています。工業の発展とともに、機械の一部のように働かされる人間の悲哀を感じます。今も昔もテクノロジーに翻弄される人間たち。そんな危機感が少し和らいだのは、中央に鎮座する写実的で巨大なネギのモチーフの効果でしょうか。意味があるものとないもの。無機物と有機物を共存させています。

「傷ましき腕」はパリ時代の作品。岡本太郎はパリで描いた多数の作品と共に日本に帰国しますが、その後の戦火によりすべて焼失してしまいました。本作は、戦後再制作されたものです。
「傷ましき腕」は、顔がない女性の腕が切り開かれていて、不穏なイメージ。パリに渡って抽象芸術運動に参加しながらも、表現に迷い、模索していた岡本太郎の当時の葛藤が表れている作品です。悩む中、赤いリボンというポジティブなモチーフに、一縷の希望が表れているようです。原色や不協和音を取り入れながらも下品にならず、作品に統一感があるのは岡本太郎の生まれながらのセンスと恵まれた家庭環境のたまものかもしれません。

「目」というモチーフにも惹かれていた岡本太郎。彼にとって目は重要な器官で、宇宙と繋がっていると考えていたようです。大量の「目」の作品を眺められるコーナーもありました。

「 装える戦士」 文字と絵を合体させた作品には遊び心が宿っています。無心に楽しんで字を書いていると絵になってしまうのがさすが芸術家です。

両親ともモラルに縛られず、配偶者以外の人とも恋愛していたそうです。遊び好きの夫に対抗し、妻の若い愛人が同居していたこともあるとか……。
常設展示の中には、岡本太郎の両親である岡本一平と岡本かの子を紹介するコーナーがありました。「総理大臣の名は知らなくとも、漫画家岡本一平の名を知らぬ者はいない」と評されるほど大人気だった岡本一平と、カリスマ的な存在だった作家の岡本かの子。2人の遺伝子を受け継いだというだけでも最強ですが、経済的にも余裕があったので、岡本太郎は東京美術学校中退後、10年間もパリに留学・滞在することができました。当時の名だたる文化人や芸術家と交流。パリではマン・レイに写真を習い、才能を発揮。帰国後、祭りを撮影したモノクロ写真も展示されていました。映像コーナーでは、パリ大学(ソルボンヌ)仕込みの流暢なフランス語も拝聴できます。

40代半ばからはじめたのに、スキーはプロ級の腕前だったそうで、スキーについての本も出版しています。リア充オーラが眩しいです。
「遊び」の中でも岡本太郎が夢中になっていたのがスキーです。「生命が輝いたという全身的な手ごたえ」や「生きがい」を得るため、さまざまなスポーツに挑戦してきましたが、そんな中でも「スキーこそが、人生や命を懸けることのできる遊び」だと感じ、雪山に挑み続けたそうです。スキーウエアではなく軽装のニットでスキーをする写真も展示されていて、運動神経もかなり良かったのが伝わってきます。岡本太郎にとって白いキャンバスに描くことは、雪山に挑戦するような気持ちだったのでしょう。

岡本太郎は「スポーツの楽しみは観戦では得られない」と考え、野球やテニス、スキーなどをプレイしていたそうです。マラソンランナーのポジティブな精神状態が伝わってくる作品です。
「マラソン」は、走っている人々のイメージを描いた作品。路上を人々の顔が流れていっているようで、辛さを超えたところにあるランナーズハイのエネルギーを感じます。スポーツが得意だったと知ると、躍動感あふれる作品が多いのも納得です。

「ノン」は現代社会や既成の芸術への拒絶や対決の姿勢を表現している作品。かわいい見た目に、拒絶の先の希望を感じます。
円形の展示スペースには、パブリックアートや大きい立体作品などが展示。銀座の数寄屋橋公園に設置された 「若い時計台」の模型は、時計の機能性にとらわれず、「遊びから生まれる根源的な感動」などを表現しているそうです。怪獣っぽいかわいい彫刻作品「ノン」は、1970年の大阪万博「太陽の塔」地下展示(根源の世界)に飾られていました。両手でブロックして拒絶を表現。子供に人気がある作品だそうです。やりたくないことは「ノン」と言っていいんだ、と勇気をもらえます。

機能主義や合理主義を超えて、人間のイマジネーションを刺激する「坐ることを拒否する椅子」。見た目ほど座り心地が悪くなくて、ずっと座っていたくなる不思議な訴求力があります。

岡本太郎のリアルな像が佇むスペース。家具などインダストリアルデザインの仕事も手がけていました。本人のファッションもおしゃれです。
ジャンルにとらわれない岡本太郎は「岡本太郎」という自分自身が肩書きのような存在。難しいことを考えず、世間に迎合しようとせず、100パーセント自分自身でいることで、生きていること自体がアートになる、と教えてくれているようです。人生、やりたいことをやって遊びきったからこそ、闇落ちもせず、品格を保っていられたという安心感。
世の中にはいろいろ悪い遊びもありますが、「生きることは遊ぶこと」で、芸術、スポーツ、音楽というポジティブで良い遊びに導かれました。

「太陽の塔」の模型も展示されていました。塔の頂についているのは未来を象徴する「黄金の顔」、正面にあるのは現在を象徴する「太陽の顔」、背面には過去を象徴する「黒い太陽」という3つの顔を持っています。ミャクミャクに負けない強烈な存在感です。
常設展「岡本太郎 生きることは遊ぶこと」
期間:~2026年3月29日(日)
時間:9:30~17:00(入館はいずれも30分前まで)
休:月曜 (月曜が祝日の場合は除く)
祝日の翌日(祝日の翌日が土日にあたる場合を除く)
会場:川崎市岡本太郎美術館
神奈川県川崎市多摩区枡形7-1-5 生田緑地内
https://www.taromuseum.jp/