アート界にも90年代ブームの予感……【テート美術館】のヤング・ブリティッシュ・アーティストの名作展

1990年代から2000年代初頭にかけて、輝きを放っていたイギリスのカルチャー。音楽ではオアシスやブラーなどのブリットポップ系、スパイス・ガールズ。映画は『トレインスポッティング』や『ハリー・ポッター』シリーズ。そしてアートではヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)と呼ばれる気鋭のアーティストが脚光を浴びていました。そんな中、2000年に開館したのが​テート・モダン。ロンドンが現代アートの中心地だと世界に知らしめたスポットです。今回の「テート美術館 ー YBA&BEYOND 世界を変えた90s 英国アート」は、その当時の勢いを体感し、古びないセンスに浸れる展覧会。当時のイギリスの楽観的な空気も吸収できます。

1990年代から2000年代初頭にかけて、輝きを放っていたイギリスのカルチャー。音楽ではオアシスやブラーなどのブリットポップ系、スパイス・ガールズ。映画は『トレインスポッティング』や『ハリー・ポッター』シリーズ。そしてアートではヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)と呼ばれる気鋭のアーティストが脚光を浴びていました。そんな中、2000年に開館したのが​テート・モダン。ロンドンが現代アートの中心地だと世界に知らしめたスポットです。今回の「テート美術館 ー YBA&BEYOND 世界を変えた90s 英国アート」は、その当時の勢いを体感し、古びないセンスに浸れる展覧会。当時のイギリスの楽観的な空気も吸収できます。

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ダミアン・ハースト「後天的な回避不能」。1990年代に実際の動物の死体を用いた作品が話題になった作家なので、この作品もどこか死の気配を感じさせます。

YBAは実験的な作品、衝撃を与える戦略、インディペンデントな感性などで注目を集めました。デジタル化の幕開けの時代、アーティストたちは世間の評判を気にせず、意識高い系にも迎合せず、大胆な発想を具現化し、自分らしい表現を極めていたように感じます。

会場の序章は「フランシス・ベーコンからブリットポップへ」。20世紀のイギリスを代表するフランシス・ベーコンのダークで生々しい絵画から始まりました。「1944年のトリプティク(三幅対)の第2ヴァージョン」は最晩年の作品ですが、背景の赤い色に人間の根源のパワーを感じます。不気味な生き物が描かれていて、不穏だけれど目が離せない吸引力があります。本能や感覚に訴える作風で、後世に与えた影響は計り知れません。

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ギルバート&ジョージ「裸の目」は見たい欲求と羞恥心が一枚に構成されています。イタリア出身のギルバートと英国出身のジョージは、パフォーマンス、写真、映像などの分野で制作しています。

セクション1は、「ブロークン・イングリッシュ:ニュー・ジェネレーションの登場」。1980年代後半に注目を集めたアーティストの作品を紹介しています。彼らの多くは、誰かに見つけてもらうのを待つのではなく、自発的に展示を企画していました。その一人が、美術大学の学生だったダミアン・ハースト。「後天的な回避不能」は、ガラスケースにオフィスのテーブルと椅子が収められています。テーブルの上には煙草、灰皿、ライターが置かれていて、見えない透明の壁に閉じ込められて、タバコで気を紛らわせる人間の虚しさを表しているようです。アーティストユニット、ギルバート&ジョージの「裸の目」は2人の男性の裸眼とメガネ、そして裸体で構成された作品。作家は、見る側でもあり、見られる側でもある。顔を覆う裸体の男性たちは羞恥心を表現しています。誰もがプライベートを露出し、見られることで承認欲求を満たす現代と比べると、奥ゆかしさを感じさせます。

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 ディノス・チャップマン、ジェイク・チャップマン「戦争の惨禍」。チャップマン兄弟は2022年までともに制作し、この作品は初期の代表作です。

ディノス・チャップマン、ジェイク・チャップマン兄弟によるジオラマ作品「戦争の惨禍」は、一見して趣味のプラモデルのようですが、よく見ると人形たちが折り重なって倒れていて、戦争の残虐性を表現しているようです。安全なところから戦争を俯瞰することへの違和感を呼び覚まされます。

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このコーナーで異彩を放っていたのは、ルーシー・ガニングの「馬のものまねをする人たち」。新聞広告の募集で集まった5人の女性が馬のまねをする様子を捉えた作品です。「ブルルル」「ヒヒヒ〜ン」と、一見普通の女性たちがかなりの再現力で馬の鳴き声を再現。作家本人も「私はずっと女性と馬の関係に興味があり、子供の頃は馬のふりに何時間も費やしました」と述懐。古くから馬が生活に根付いているイギリスだからこその作品です。日本で馬のものまねの募集をかけても人が集まらなそうですが……。

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サイモン・パターソン「おおぐま座」。作品名は星座に由来し、パターソン自身が「スター」と考える人物たちの名前が路線図の駅名のところに記されていて遊び心を感じさせます。

セクション2は「おおぐま座:都市のイメージをつなぐ」。都市の変化に着目し、都市について考察した作品が並びます。 章タイトルの「おおぐま座」はサイモン・パターソンの作品タイトルからとられています。ロンドンの地下鉄の路線図をモチーフにしていて、駅名かと思ってよく見たら駅名が哲学者や俳優、政治家など有名人の名前になっている、という作品。ロンドンに行ったことがない日本人からすると「Robert E. Peary」「River Thames」「St. Peter」「Coretti」とか駅名にしか見えません。鑑賞者の教養レベルや旅行経験値をチェックできる作品です。

ジリアン・ウェアリングの「ダンシング・イン・ペッカム」は、作家本人がペッカム地区のショッピングセンターで一人踊り続ける動画です。自撮りという感覚も定着していなかった時代、通り過ぎる人々の表情は困惑気味で視線は冷ややかです。今回の展覧会はセクション3にトレイシー・エミンの「なぜ私はダンサーにならなかったのか」という映像作品もあり、後半、彼女が踊りを披露していました。当時、イギリスの女性アーティストたちの間で踊りたいブームが来ていたのでしょうか。

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ヴォルフガング・ティルマンス「座るケイト」。ファッションモデルのケイト・モスが椅子に腰かけた写真ですが、色や構図が完璧で印象に残ります。他の作品も含め、ラフな感じで壁に直接貼られていました。

セクション3のテーマは「あの瞬間(とき)を共有する:音楽、サブカルチャー、ファッション」。1990年代のイギリスはファッションや音楽、サブカルチャーが相乗効果で盛り上がり、『i-D』『ザ・フェイス』などの雑誌も世界的に注目されていました。

写真家ヴォルフガング・ティルマンスの写真は、ユースカルチャーの最先端でした。90年代の写真が並ぶ中、目を引くのが「座るケイト」。赤いワンピース姿のケイト・モスが椅子に腰をかけています。当時のケイトの熱狂的な人気と、華やかなオーラ、ただものではない雰囲気がそのまま封じ込められています。「ザ・コック(キス)」は、本展覧会のパンフなどのメインビジュアルにもなった、男性同士がディープキスしている刺激的な写真。美術展のチラシとしてはかなり攻めていますが、90年代の勢いと、コンプラに縛られていなかった自由な感性を追体験。

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ジュリアン・オピー「ゲイリー、ポップスター」。ミニマルな視覚表現とシンプルな線が特徴のジュリアン・オピーは、ロックバンド「Blur」のジャケットワークでも知られています。

ジュリアン・オピーの「ゲイリー、ポップスター」は、当時の空気感を象徴するような作品。単純化された線で、架空のポップスターを描いています。生成AIの先をいくセンスです。

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デレク・ジャーマン「運動失調―エイズは楽しい」。映画監督のデレク・ジャーマンは同性愛者の権利のための活動家としても有名でした。この作品を制作した1年後、94年にエイズに起因する疾患で天に召されました。

セクション4は「現代医学」。1990年に開催された「現代医学」展は画期的で話題になりました。この章は人間の身体やメンタルヘルス、病気などをテーマにした作品が並んでいます。デレク・ジャーマンの「運動失調ーエイズは楽しい」はセンセーショナルなタイトルですが、エイズに感染した自身を鼓舞しようとしているかのようです。病気の進行によってバランス感覚が失われ、視力も低下したデレク・ジャーマンが、指で直接絵の具を塗った作品。よく見ると「AIDS IS FUN」という文章が浮かんできます。全てを作品に昇華するクリエイター魂に感動します。

アニッシュ・カプーア「傷と不在のオブジェクト」は子宮や洞窟を思わせる暗い赤や赤紫のトーンで、本能的に吸い込まれそうになります。序章に展示されていたフランシス・ベーコンの赤い絵と通じるものがあります。

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サラ・ジョーンズ「ダイニングルーム(フランシス・プレイス)」は、格式漂う空間に不協和音を感じさせます。権威主義に抵抗を感じる多感な世代の女性の姿を表現しているようです。

セクション5は「家という個人的空間」。90年代のアーティストたちが家や家族、日常をテーマにした作品が並んでいます。家という個人的空間を表現しながら、家父長制、ジェンダーバイアスなど社会が抱える問題を取り上げている作品も展示。

サラ・ジョーンズの「ダイニングルーム(フランシス・プレイス)」は、イギリスの裕福な家庭の一室で、ダルそうにしている若い女性たちを撮影した作品。富と社会的なステータスを象徴するものに囲まれながら、お互いに無関心でつまらなそうにしています。これから来る価値観の変化を予言しているようです。

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モナ・ハトゥム「家」は、ステレオタイプな性別の役割分担に違を唱えている作品です。電流が流れる台所には、女性たちの積年の不満が漂っているようです。

インスタレーション作品であるモナ・ハトゥムの「家」は、伝統的に女性の領域とされてきた台所に、ワイヤーを張り巡らせて電流を流していて、不穏な閉塞感が漂っています。家庭における男女の役割分担や家父長制に対し問題提起しています。ビビッという電流が流れる音で、意識を正される感覚が。90年まで続いたサッチャー政権は、伝統的な家族観を理想としていたので、その風潮に対する抗議のメッセージも感じられます。

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コーネリア・パーカー「コールド・ダーク・マター:爆発の分解イメージ」は、イギリス陸軍に物置小屋を爆破することを依頼し、その残骸を拾い集めて再構成したというセンセーショナルな作品。当時、IRAによる爆破事件が立て続けに国内で発生していたという背景があります。

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トレイシー・エミン「モニュメント・バレー(壮大なスケール)」は、アリゾナ砂漠の真ん中に位置するモニュメント・バレーで椅子に座り、自分の本を手にするトレイシー・エミンを撮影しています。祖母から受け継いだ椅子に座っているのがポイントです。

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シール・フロイヤー「モノクロームのレシート(白」は、アーティスト自身が今回の展覧会場近辺のコンビニで買ったレシートです。タイトルのように白いもの縛りで統一されています。

セクション6は「なんでもないものから何かが生まれる:身近にあるもの」。90年代のアーティストたちは手に入りやすい日用品を素材にすることがありました。

シール・フロイヤーの代表作は、コンセプチュアルなレシートの作品。その最新作「モノクロームのレシート(白)」は、六本木のコンビニエンスストアで白いものばかり購入した記録です。白い色の商品か、名前に 「白」という語が含まれる日用品を大量購入したレシートが壁に貼られていました。見ると「カルピスウォーター」「スコッティ」「うどん」「コットンランド綿棒」「素麺」「コシヒカリ」「修正テープ」「マスク」「白糖」「紙コップ」「デンタルペースト」「プリンタ用紙」など白いものを買いまくって約1万円。世界各国で展示するアーティストだからこそ意義がある記録になります。

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マイケル・クレイグ=マーティン「知ること」は、見慣れた日用品が、よく見たら実際とは違うスケール感で描かれていて、不思議な遠近感が生まれています。

ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)の革新的な発想やエネルギーに触れられる展覧会を観て、90年代の空気を思い出しました。ファッションやカルチャーではY2Kなど90年代がブームになっているので、アートでも再評価が起こりそうです。そして何より、もうヤングではない元YBAの方々の多くが今も芸術家として活躍しているのが心強く、大人の世代がエンパワーメントされる展示だと実感しました。

テート美術館 - YBA&BEYOND 世界を変えた90s 英国アート
期間:~2026年5月11日(月)
時間:10:00~18:00
毎週金・土曜日は20:00まで (入館はいずれも30分前まで)
休:火曜  *ただし2026年5月5日(火・祝)は開館
会場:国立新美術館 企画展示室2E
東京都港区六本木7-22-2
https://www.nact.jp/exhibition_special/2026/ybabeyond/

辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデ ザイン専攻卒業。アートやアイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。主な著作は『江戸時代のオタクファイル』(淡交社)『女子校礼讃 』(中央公論新社)『スピリチュアル系のトリセツ』(平凡社)など多数。Twitterは@godblessnamekoです。