【チュルリョーニス展レビュー】絵画と音楽の二刀流アート、“音のある絵”の正体|辛酸なめ子

ヨーロッパ・バルト三国の一つであるリトアニア。「森と湖の国」と称されるほど自然が豊かで、たくさんの教会があり、敬虔な人々が暮らす穏やかな国です。街並みは美しく統一されていて、写真を見るかぎりでは日本のような雑然とした繁華街はないのでは? と思わされるほどです。その国民性を象徴しているような芸術家がチュルリョーニスです。国立西洋美術館(東京・上野)で開催されている「チュルリョーニス展 内なる星図」で、その魅力を垣間見ることができました。チュルリョーニスが絵画制作で影響を受けたとされる葛飾北斎の展示、「北斎 冨嶽三十六景 井内コレクションより」も同時開催されています。

ヨーロッパ・バルト三国の一つであるリトアニア。「森と湖の国」と称されるほど自然が豊かで、たくさんの教会があり、敬虔な人々が暮らす穏やかな国です。街並みは美しく統一されていて、写真を見るかぎりでは日本のような雑然とした繁華街はないのでは? と思わされるほどです。その国民性を象徴しているような芸術家がチュルリョーニスです。国立西洋美術館(東京・上野)で開催されている「チュルリョーニス展 内なる星図」で、その魅力を垣間見ることができました。チュルリョーニスが絵画制作で影響を受けたとされる葛飾北斎の展示、「北斎 冨嶽三十六景 井内コレクションより」も同時開催されています。

【チュルリョーニス展レビュー】絵画と音楽の画像_1

騎士を象徴している塔から煙が立ち上っていて、人間の生活感を表しているような「祭壇」。精神を高めるため日々精進せよというメッセージを感じます。

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス(1875-1911年)は、絵画と音楽で才能を発揮した二刀流の芸術家。短い生涯の間に、約300点の絵画と約200点の楽曲を遺しました。繊細で神秘的で深遠な絵画は、ただ観るだけでも癒されますが、音楽の形式を絵画の画面構成に反映させた作品もあり、高次元のメディアミックス作品とも言えます。

音楽と芸術の素養があるので裕福な家庭に育った方なのかと思いきや、チュルリョーニスは、リトアニア南部の貧しい教会オルガニストの家庭に生まれ育ったそうです。しかし支援者を得て音楽学校に入学。ワルシャワ音楽院を卒業してから、ワルシャワ美術学校でも学びました。有望な若者には、サポートしてくれる人が現れるのです。学校を出てからはリトアニア民謡の発掘・編曲の仕事などに取り組んでいました。絵画の道にも惹かれ、芸術家たちと交流し、創作活動に励みます。

【チュルリョーニス展レビュー】絵画と音楽の画像_2

しかし結婚後、精神に異常をきたしてサナトリウムに入所。そこでも作曲と描画を続けていたのですが、風邪をこじらせ肺炎になって35歳の若さで天に召されました。数少ない写真を見ると、老成していてとても30代には見えず、20歳以上年上に見えます。絵画を制作していたのはわずか6年ほどで、その間に300点以上の作品を残しました。今回の展示では厳選された約80点が並んでいます。過労と精神的負担で精神を病んでしまったそうですが、作品からはかなり繊細な性格だということが感じられます。

【チュルリョーニス展レビュー】絵画と音楽の画像_3

美術学校入学の年に描かれた「森の囁き」。手が木々を竪琴のように奏でている独創的な作品で、才能の萌芽を感じさせます。

会場には若い頃の作品も展示されていました。「森の囁き」は現存する数少ない初期作品の一つ。ワルシャワ美術学校入学の年に制作されました。木々のシルエットが描かれた暗い森の風景画に見えて、幹の上に白っぽい手が描かれています。木立を竪琴のように弾くという発想に意表を突かれました。この時から視覚と聴覚の融合が始まっていたのでしょう。

チュルリョーニスの風景画は、ただの自然を描いているようには見えません。雲や木、山や波などが妙に存在感があったり、リズムを感じさせるような配置で描かれていたりします。具象画と抽象画の中間のような独創的な作風です。自然のモチーフは擬人的な形態で表現されることもあったそうです。また、自然の内部に流れているリズムや生命の循環を抽象的にとらえて表現していました。

チュルリョーニスは季節にまつわる連作を多く描いています。1907年には、1年の季節を描いた連作シリーズを制作。抽象的で幻想的で不思議な作品の数々。「春」についての作品は、空を雲が覆い尽くす中、鐘の音が季節の訪れを告げています。そして雪解け、開花、と進んでいきますが、雲や雪、川などの描写が写実感がなく、不思議な形です。「冬」の連作は、リトアニアの厳しい寒さの中、雪が積もりながらも静かに佇む樹木が描かれていて、魂が踊っているような存在感。木々と交信して制作したのでは? と思わされます。燭台のような形の樹々の上から、神の光が差し込んでいる神秘的な絵もありました。くすみ系の淡い色合いがおしゃれで魅力的な連作です。

【チュルリョーニス展レビュー】絵画と音楽の画像_4

小さな木々がリズムを奏でる、二連画「プレリュード」と「フーガ」。木というより人間のように見える擬人化表現が不思議な作品です。

絵画と音楽を融合させたのが、フーガ形式による二連画「プレリュード、フーガ」です。フーガとは多声音楽の一形式で、プレリュードは短い導入的作品。「プレリュード」では、画面にポツンと一隻の舟が浮かんでいます。そして「フーガ」では樹々のシルエットが反復しながら多層的に描かれています。各モチーフが、大きさを変えながら反復していて、重厚で荘厳な「フーガ」の音楽を表現。見る音楽、ともいうべき世界観です。クラシックの素養があって心がピュアな人は、もしかしたら脳内で音楽が再生されるかもしれません。

【チュルリョーニス展レビュー】絵画と音楽の画像_5



【チュルリョーニス展レビュー】絵画と音楽の画像_6

第3ソナタ、「蛇のソナタ(アンダンテ)」「蛇のソナタ(スケルツォ)」は、リトアニアの蛇にまつわる神話をモチーフにしながら、モチーフや色調の変化に音楽を感じさせます。

また、チュルリョーニスはソナタの音楽的な構造を絵画に持ち込んで制作していました。「第3ソナタ(蛇のソナタ)」は四楽章からなる連作です。反復するモチーフが画面にリズムを生み出しています。リトアニアの伝承に基づき、知恵と太陽女神の使者「蛇」をテーマに、視覚的に音楽を表現。「アンダンテ」では蛇が龍のように空を飛び、「スケルツォ」では、まるでネッシーのように水面から現われています。モチーフの蛇の種類はおとなしい草蛇で、リトアニアでは家の豊穣や繁栄をもたらすとされ、大切に扱われているそうです。遠いリトアニアの文化や風習を知ることができる絵画です。

【チュルリョーニス展レビュー】絵画と音楽の画像_7

右の作品は、葛飾北斎の代表作『冨嶽三十六景』シリーズの「神奈川沖浪裏」に影響を受けたとされる波が描かれた「第5ソナタ(海のソナタ)フィナーレ」。左は「第5ソナタ(海のソナタ)アンダンテ」

「第5ソナタ (海のソナタ)」シリーズは、水平線や地面が複数重なっていて、それぞれが譜面のように見えてきます。「アレグロ」の波のリズムに身を任せ、「アンダンテ」は静かな曲のイメージですが「フィナーレ」では、北斎を思わせる荒々しい大波に舟が飲まれそうになっています。「プレリュード」に出てきた舟が「フィナーレ」で運命に翻弄されている……まるで人生を表しているようです。「海のソナタ」を制作していたころ、チュルリョーニスは婚約者とともに海辺の保養地で過ごしていて、人生で最も穏やかで幸せな時を過ごしていたそうですが……。心の中に荒波の予兆を感じていたのでしょうか。

【チュルリョーニス展レビュー】絵画と音楽の画像_8

「第6ソナタ(星のソナタ)アレグロ」は、宇宙空間と銀河の霧が描かれていて、混沌としながらも美しい作品。チュルリョーニスは星々と交信して描いていたのでしょうか。

【チュルリョーニス展レビュー】絵画と音楽の画像_9

「ライガルダス」はチュルリョーニスの故郷ドルスキニンカイの近くの谷間の風景です。この地に伝えられる、沈められた街の悲しい伝説を思うと、暗い雰囲気の絵に見えてきます。

リトアニアに伝わる民話や幻想的な物語を表現した作品もあります。三連画「ライガルダス」は、美しい谷間の風景ですが、どこか不穏さが漂います。チュルリョーニスの故郷近くの風景で、伝説によれば、かつてこの谷にはライガルダスという美しい町が存在していました。街が繁栄するうちに人々は神へのリスペクトと謙虚さを失い、神の怒りに触れてしまいます。ついに天罰によって、ライガルダスは地中深くに沈められ、静かな夜にはかつての住民たちが助けを乞う叫びが聴こえる、という怪談が伝わっています。こちらは音楽を表現したというより、叫び声が封じ込められているようです。

【チュルリョーニス展レビュー】絵画と音楽の画像_10

「おとぎ話(城のおとぎ話)」は、明るくて上昇していくような感覚になる作品。この頃チュルリョーニスは人生も充実していたようです。

1907年以降、チュルリョーニスは、おとぎ話の要素を描き、魔法の世界、王や王女、騎士などの要素を作品に取り入れます。「稲妻」は、物理的に見える不思議な稲光が描かれています。都市の上空を半透明の騎士が駆け抜ける「プレリュード(騎士のプレリュード)」、夜の森で2人の王が向き合う「おとぎ話(王たちのおとぎ話)」、円筒形の山を登るうちに高みに導かれる「おとぎ話(城のおとぎ話)」など、不思議な世界に引き込まれます。大作「レックス(王)」は、チュルリョーニスが生涯描いた中で最も大きい作品。

【チュルリョーニス展レビュー】絵画と音楽の画像_11

「おとぎ話(王たちのおとぎ話)」の二人の王たちが手に持って眺めているドームには、リトアニアの美しい自然が収められています。

チュルリョーニスの作品には「王」が頻出しますが、権力者に傾倒しているというわけではなく、彼の描く「王」は宇宙の支配者、世界の普遍的な精神を表しています。地球や宇宙の星々、神の光、そして王のシルエットが多層的に重なった、崇高で荘厳な作品でした。華やかではないけれど、静かに宇宙の源と対峙しているような……。生前なかなか世間に認められず、孤高の存在だったチュルリョーニスも、こうして宇宙の王と静かに対話していたのでしょう。若くして天に召されたのは、純粋すぎるチュルリョーニスを、宇宙の王が早く手元に連れ戻したかったのかもしれません。

【チュルリョーニス展レビュー】絵画と音楽の画像_12

「おとぎ話III(三連画「おとぎ話」より)」山へいたる道を描いている「おとぎ話」の三連作はかすかな希望を感じさせます。

【チュルリョーニス展レビュー】絵画と音楽の画像_13

太陽に月、森、宇宙、地球など、崇高な精神世界を描いているような「レックス(王)」。王が人々の魂を導いてくれます。

チュルリョーニス展 内なる星図
期間:~2026年6月14日[日]
時間:09:30~17:30
毎週土曜日は20:00まで (入館はいずれも30分前まで)
休:月曜 、5月7日[木](ただし、5月4日(月・祝)は開館)
会場:国立西洋美術館 [東京・上野公園] 企画展示室B2F
東京都台東区上野公園7-7
https://2026ciurlionis.nmwa.go.jp/

辛酸なめ子プロフィール画像
辛酸なめ子

漫画家、コラムニスト。埼玉県出身、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデ ザイン専攻卒業。アートやアイドル観察からスピリチュアルまで幅広く取材し、執筆。主な著作は『江戸時代のオタクファイル』(淡交社)『女子校礼讃 』(中央公論新社)『スピリチュアル系のトリセツ』(平凡社)など多数。Twitterは@godblessnamekoです。

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