天才デザイナーがカメラの前で「洗いざらい話す」ドキュメンタリー、『ジョン・ガリアーノ　世界一愚かな天才デザイナー』、日本公開

1960年にイギリス領ジブラルタルで生まれ、6歳で家族とともに南ロンドンに移住したガリアーノ。厳格な父と明るくお洒落な母のもとで育った彼は、1984年にセントラル・セント・マーチンズを首席で卒業し、一夜にしてロンドンファッション界の寵児となった。一方で彼の服は現実的には着づらく、商業的には失敗。心に傷があり壊れやすい彼はコレクションが終わるごとに酒に溺れるようになっていったという。

1990年にはパリでデビュー。その後、LVMHの会長兼CEOのベルナール・アルノーに認められ、1995年にユベール・ド・ジバンシィの後任としてジバンシィのデザイナーに就任。2シーズン後にはジャンフランコ・フェレの跡を継いでクリスチャン・ディオール（以下ディオール）のデザイナーに就任し、“ファッション界の至宝”と呼ばれるように。ところが、華やかな活躍の一方で、ガリアーノはディオールと自身のブランドで年32回のショーを抱え、超人的な仕事量をこなす中で、アルコールと処方薬への依存を加速させていく。追い討ちをかけたのは、自身の後任としてジバンシィのデザイナーとなった友人アレクサンダー・マックイーンの自殺や、「共依存関係にあった」とされる仕事上のパートナー、スティーブン・ロビンソンの急死。彼は「ゆっくりと死に向かっていた」と自ら振り返るほどの状態に陥っていくのだ。

そして2011年2月、ガリアーノはパリのカフェ・ラ・ペルルで隣に座った客にアジア系差別発言を行い、逮捕される。その後、同じ店でイタリア人女性グループに対し反ユダヤ主義的暴言を吐く動画も拡散されたことから、彼は15年を過ごしたディオールと、自身の名を冠したブランドを解雇されることに。リハビリ、裁判、贖罪……本ドキュメンタリーの後半では、どん底に落ちた彼が友人やパートナー、仕事仲間たちの協力を得て、2014年にメゾン マルジェラで電撃復帰を果たすまでの様子が丁寧に描かれる。ガリアーノを診断した精神科医や、今も心の傷が癒えないという事件の被害者にも話を聞いているのも注目すべき点だ。

監督を務めたのは『ブラック・セプテンバー／五輪テロの真実』でアカデミー賞®長編ドキュメンタリー映画賞を受賞したケヴィン・マクドナルド。ガリアーノ自身へのインタビュー映像と、彼が卒業制作でモチーフとした、アベル・ガンスが1927年に発表したモノクロサイレント映画『ナポレオン』の映像を随所に使いながら、マクドナルドは観るものをガリアーノの物語に引き込みつつ、現代に蔓延るキャンセルカルチャーの危険性にも迫っていく。

証言者にはディオールの元CEOのシドニー・トレダノや、共に仕事をしてきた面々、キャリア初期から彼を支えてきたアンドレ・リオン・タリーやアナ・ウィンター、トップモデルでガリアーノの親しい友人でもあるケイト・モスやナオミ・キャンベル、俳優のペネロペ・クルスやシャーリーズ・セロンといったセレブリティ、最悪の時にも寄り添い続けたパートナーのアレクシス・ロシュなどが。その多くが彼を信じ、見捨てることなく側に居続けたのは、その才能ゆえなのか、それとも人としての魅力ゆえなのかはわからない。ともあれ、彼らの尽力によって、ガリアーノは再び表舞台に立つこととなる。

最近もメゾン マルジェラの2024年春夏「アーティザナル」コレクションが大絶賛を受けるなど、ガリアーノの才能は衰えを知らない。頂点を極めた彼がいかにして足元をすくわれ、全てを失い、再び輝きを取り戻したのか。また、暴言の背景には何があったのか。ガリアーノの人間性に鋭く踏み込みながらファッション業界の光と影にも迫る傑作ドキュメンタリー、見逃す手はなさそうだ。

『ジョン・ガリアーノ　世界一愚かな天才デザイナー』
2024年9月20日（金）新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかロードショー
配給：キノフィルムズ © 2023 KGB Films JG Ltd
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