"他者の靴を履く足"※を鍛えることこそ、自分の人生を自由に歩む原動力となる! 真面目な日本女性に贈る、新感覚シスター「フット」談
※ ブレイディさんの息子が、他者の感情や経験などを理解する能力である"エンパシー"のことを、英国の定型表現から「自分で誰かの靴を履いてみること」と表現。著作内のこのエピソードが多くの反響を呼び、社会現象となった。
近所のコミュニティセンターに設けられたフードパントリーでボランティアを始めて3年になる。一緒に働いているボランティアの7割は女性である。大学生から70代の年金生活者までさまざまな世代で構成されたグループなのだが、昨年、われわれの間で流行したというか、回し読みした本があった。
そのタイトルは、ずばり『Women Are Angry』。心理療法士(サイコセラピスト)のジェニファー・コックスが書いた本で、英『タイムズ』紙の2024年ベスト自己啓発本に選ばれた。翌年になって安価なペーパーバック版が発売されたので、誰かがそれを買い、フードパントリーに持ってきた。それで暇な時間帯とかに読むようになり(なにしろ、タイトルの引きが強いし)、「いいよ」「めっちゃ読むべき」とかすすめ合ってちょっとした流行になったのだった。それは女性が「怒る」ことの正当性や、個人的な成長や社会の変化を促すために「怒り」を上手に使うべきだということが書かれた本で、「スカッとした」とか「ディープだった」とか感想もさまざまだ。
ごくローカルな現象ではあるが、これを見て、私はとても意外に思った。なぜなら、私には英国の女性たちはこういう問題はもう十分にクリアしているように見え、むしろこういうのは私の祖国の女性たちにおすすめしたい本だと思っていたからだ。
心理療法士が著者だけに、同書はまず、怒りを抑圧することが健康に与える影響を指摘している。女性は子どもの頃から「よい子」であることを期待され、不満を言ったり騒いだりしないようにする習慣が身についている。こうして自分の中の怒りを抑えつけてしまうことが、慢性的な体調不良やメンタルへルス上の問題として表れると著者は警鐘を鳴らす。
女性たちの怒りの原因は、職場における男女不平等や、年齢差別、個人的な何かの喪失、育児や家事の負担の偏りなどさまざまだ。女性が怒りを感じる要因には社会的なものと、個人的なものの両方があり、著者はそれらを整理し分析していく。
女性たちはこのような怒りをネガティブでよくないものだと考え、湧き上がる感情を抑えつけ、自分の中で始末しようとする。しかし著者は、怒りは必ずしも後ろ向きな感情ではないと読者に呼びかける。怒りは、自分の生活や自分を取り巻く環境に何か重要な問題があることを知らせる貴重な情報源だと再定義するのだ。だから、この感情(情報)を抑えつけずに正しく認識し、ポジティブで建設的な方法で怒りを表現し、方向転換するための実践的なツールや手法(アートセラピーや認知行動療法など)を本の中で紹介している。
「自分が感じている怒りを押し殺してはいけません」みたいな本がボランティア先の女性たちの間で流行するのは、やっぱりこういうパントリーに無償で働きにくるような面倒見のいい女性たちが多いからなんだろうかと思った。みんな大学や職場や家庭でも、さっと自分から立ち上がって他人のケアをしたり、人がやりたがらない仕事をやったりして、自分のことは後回しにしてしまうタイプの女性たちだからストレスがたまっているのだろう。
だが、どうやらこれは私のボランティア先のローカルな現象ではなかったようだ。英国の女性たちはいま、ものすごく怒っているらしいのだ。数年前のコロナ禍中にレイジ・ルーム(直訳すれば「激怒部屋」。古い家具や家電、ガラス製品などを、手あたり次第にぶっ壊して暴れられる部屋)が流行したことを覚えている人もいるだろう。いま英国で再び火がついており、女性の利用者が90%という「激怒部屋」もあるそうだ。ヴァージン・グループが経営するレイジ・ルームの予約は219%アップしているそうで、他のレイジ・ルームでも150%の急増だという。ある支配人は、「仕事や恋愛や育児のストレスを発散するために、女性たちに大人気の感情のはけ口になっている」と英『ガーディアン』紙の記者に話している。
何がそんなに英国の女性たちを怒らせているのだろう、と思って調べてみると、どうやら、いま世界中で女性たちは怒っているらしい。世論調査の先駆けであるギャラップ社が過去10年間に行なった調査データをBBCが分析してわかったという。世界150カ国を超える12万人以上を対象に行われた調査で、女性のほうが男性よりも悲しみや不安を感じていることがわかったが、2012年以降、両者ともに安定して上昇しているという。しかし、怒りとストレスに関しては、男女のギャップが開いている。2012年には男女の怒りは同じレベルだったが、6ポイントの差をつけて女性のほうが上回っている。国によってこのギャップには開きがあり、たとえばインドでは、怒りを感じている女性と男性の差は12・8ポイントになる。
男女間の賃金格差は依然として存在するし、ホワイトハウスには女性記者に向かって「静かに、子ブタ」などと言う大統領がいるし、マノスフィアだか何だかにかぶれて女性蔑視的になった少年たちにも日常的に出くわすし、政府が公共サービスに財政支出しなくなったら介護だの育児だの女性が自分の身を削ってサービスしなくてはならなくなる。そりゃあ怒らずにおられようかというご時世だ。
そういえば、近所の教会の高齢の神父が退職し、私と同年代の神父がやってきたのだが、最初のミサでの彼の説教がふるっていた。
「怒りはエネルギーです(Anger is an energy)」と言ったのだ。
さすが英国のパンク世代(神父だけど)、と思いつつ聞いていると、彼は言った。
「怒りは罪深い感情とは限りません。キリストは怒りの人でした。世の不平等や不公正に激怒していた。怒りを感じたら、その理由を見つめてください。その怒りが不当かもしれない理由も考えてください。それでも正当なものだと確信したら、仲間を集め、創造的なやり方であなたを怒らせているものに立ち向かってください」
神父が「怒れ」とか言う時代になってきた。女性たちも、レイジ・ルームの外に出て、私たちを怒らせているものを破壊するための創造を始めるときかもしれない。
ライター・コラムニスト。英国在住。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数。本連載をまとめた『SISTER“FOOT”EMPATHY』(集英社)が好評発売中。