アメリカで広がる、スタートアップ志向や働き方の改革、フェミニズム。その流れを受けて、女性をサポートする女性限定ビジネスが増加中だ。なかでも人気を集めている「ザ・ウィング」に潜入取材した
2017年11月。ある木曜日の夜、ソーホーのマーサー通り52番地のビルの入り口前に、20代から30代を中心とした女性たちが、胸を高ぶらせながら、列を作って並んでいた。隣のブロックの真ん中まで続くほどの長蛇の列だ。通りがかりの男性がなぜ並んでいるのかと聞いたが、誰も見向きもせず、男性には関係ないんだからと言わんばかりに答えはない。
iPadでチェックインを済ませ、ビルに入る。5階にあるのが「ザ・ウィング」の10,000平方フィートの広さを誇るニューヨーク2号店だ。ザ・ウィングは、女性限定の社交クラブ兼コ・ワーキングスペース。創業して1年、“インスタ映えのするフェミニズム”とでもいうべきその特異なブランド価値をアメリカ全土に広げつつある。すなわち、歴史を重んじ、多様性を大切にし、シャネルがスポンサーについている、といった価値観だ。
現在、会員は1,500人以上。その多くが年間3,000ドルの会費を払って、各地にあるザ・ウィングの施設を利用している。この3月までにブルックリンとワシントンD.C.にもスペースをオープンする予定で、その次にはロサンゼルスやサンフランシスコが加わることになるだろう。グウィネス・パルトローによるライフスタイルブランド「Goop」同様、去年11月には、ザ・ウィングも『No Man’s Land』という雑誌を創刊した。この雑誌はアメリカ最大の書店チェーン、バーンズ&ノーブルやキヨスクで販売されている。「『No Man’s Land』は、会員パンフレット以上の存在です。今後もより内容を充実させ、読者が満足できるものを目指します」と、編集長のディアドラ・ダイアーは言う。
専門的でソーシャルなシェアスペースが少しずつ従来のオフィスにとって代わっていくのと同時に、女性限定のスペースも増えている。SheWork(コ・ワーキングスペース事業で有名なWeWorkに女性限定版があったらこういう名前になるだろう)などという企業はまだないが、カナダ・トロントのShecosystem、サンディエゴ周辺に3つの拠点があり、ワシントンD.C.、フェニックス、スウェーデンのウプサラにもスペースをもつHera Hub、セントルイスのRise Collaborative Workspaceといった女性専用のスペースがすでに存在している。
そんな中、ザ・ウィングが突出している点は、魅力的な創設者たちの存在だ。30歳になるオードリー・ゲルマンとローレン・カサーンのふたりは、ソーシャルメディアのセレブリティたちとのつながりを巧みに築いてきた。例えば、ライター兼エディターで女優でもあるタヴィ・ゲヴィンソン、政治風刺コメディー番組『ザ・デイリー・ショー』に出演していたジェシカ・ウィリアムズ、トランスジェンダーであり、女優、そしてグッチのモデルも務めたハリ・ネフといった人々だ。ちなみに、ハリ・ネフは『No Man’s Land』の表紙も飾っている(『No Man’s Land』に掲載されたネフの記事を手がけたのは、ザ・ウィングのメンバーであり、『New York Times Magazine』の編集者でもある女性だ)。
「メンバーにはトランスジェンダーやトランス・ウィメン(男性として生まれた女性)も大勢います」とゲルマンは語る。その中には、(トランス・ウィメンで、米軍の軍事機密の漏洩で罪に問われていたが釈放された)チェルシー・マニングも含まれている。
やはり『No Man’s Land』で取り上げられているゲヴィンソンは、当初、入会に乗り気ではなかった。「私は自宅でも仕事をするし、だから高い家賃も自分に納得させていたの」。彼女が初めてスペースを訪れたのは2016年の10月、フラットアイアン地区にザ・ウィングの1号店がオープンしたときだ。ミレニアムピンクであふれた空間に、柔らかい光が灯された仕事机、着替えのできる化粧室、コーヒーやオーガニックのグラノーラが置かれたスナックバー。たくさんのアートが飾られ、授乳室や、女性作家の本や女性について書かれた本が色ごとに分類された大きな図書室もあった。
「まさに夢に描いていたような場所だった」とゲヴィンソンは言う。「こんな場所が本当にあるなんてって興奮して、すぐに入会したわ」
オープンしてからの18カ月間で、ザ・ウィングは1,000万ドル以上の資金を投資家から集めた。直近の投資は、ベンチャーキャピタルNEAのジェネラルパートナー、トニー・フローレンスが率いるグループからのものだ。フローレンスは、Goopや高級ショッピングサイトのモーダ・オペランディ、またマットレス会社のキャスパーといった企業に投資している。フローレンスは男性なので、メンバーがいない時だけザ・ウィングを訪れることが許されている。
「男とか女とかという枠を超えて、こうしたビジネスのチャンスや、それを求めるニーズがあることを私は知っているのさ」と、フローレンスはザ・ウィングに関与した理由を語る。「これは、とても魅力的なビジネスモデルなんだ」
今後の課題は、拡大してゆくザ・ウィングがどのようなビジネスを目指すかだ。1970年代に創刊された雑誌『Ms.』のように、メディア活動を軸にしたフェミニズム運動の中心となるか。あるいはソーホー・ハウスのように、ウーマンパワーを旗印に掲げた、大規模で"排他的"な会員制クラブになるのか?(続きのストーリーをチェックする)
SOURCE:「The Wing, a Chic Women’s Club, Is Going Wide」By T JAPAN New York Times Style Magazine
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