2018.03.22

宇野昌磨 「僕は過去のことには興味ない」

※この記事はSPUR2017年9月号に掲載したものです。
愛らしいルックスとシニカルなアティチュードのギャップに面食らう人も多いかもしれない。表層的なことばを嫌う、本人いわく"ネガティブ"な思考回路は、群雄割拠のタフなフィギュアスケート界で生き抜くために編み出されたもの。シニアデビュー以来、ひと回りもふた回りも成長した宇野昌磨の新しいステージから目が離せない

宇野昌磨/うの しょうま
1997年12月17日生まれ。愛知県出身。5歳でフィギュアスケートを始め、2015-’16シーズンにシニアに移行する。’17年の世界フィギュアスケート選手権、’18年の平昌五輪で銀メダルを獲得した。今季、さらなる活躍が期待されている。トヨタ自動車所属。

「本番に強い」ってよく言われるけどそうではなくて「練習に弱い」だけ

「僕は6分間練習と公式練習では、とても調子が悪いんです」と冷静に分析。ちなみに練習といえば「昔はバカみたいに時間をかけていたけど、今は質を重視。疲労骨折をきっかけに体をケアするようになりました」。けれど「野菜を食べるのは年に一回だけ。好きなものは肉ですね、ギュウ(牛)。冗談でなく一日三食"肉"です」というストイックすぎない一面がほほえましい

記録より、記憶に残る演技を。でも記録を残さないと記憶に残れない

宇都宮直子によるスペシャル・インタビュー

 宇野昌磨、19歳。まだ大人には見えなかった。だけど、子どもでもなかった。ぜんぜん違った。しっかり「自分」を持っている。
 宇野は、途中にいる。少年の美しさを残している。誠実で、純粋だ。強い意志がある。とても繊細で、どこか大胆でもある。
 過去は振り返らない。終わったら、さっさと忘れてしまう。特に、よかったときはそうだ。考えない。
「僕、過去に興味がないんです。順位がよかったとしても満足したくないし、満足してはいけないと思うし、実際、満足することもありません。悪かったときのことは、心に置いてもいいかなと思うんですけど」と、宇野は言った。
 彼は、細い声をしている。大きな声では、話さない。丁寧に話をする。笑うときも静かだ。品を感じる。
「日常生活でも、そんなに感情を表に出すほうではないです。まったく出さないというわけではないんですが」
 まるで、文学少年のようだ。図書館にいそうな感じの。でも、彼はいつもリンクに、いる。眠りから覚めて、眠りにつくまで、一日の大半をリンクで過ごしている。
 宇野はフィギュアスケーターで、日本が世界に誇るエースのひとりだ。今春フィンランド・ヘルシンキで行われた世界選手権では、2位になった。
 宇野は観衆を魅了した。会場は歓声に揺れ、称賛であふれた。だけど彼は、違っていた。自らのすばらしさをわかっていなかった。
「ヘルシンキでは、あの時点での100%の演技ができました。でも、今、思うのは、自分の実力がトップにいたらなかったということのみです。
 僕はネガティブ思考なので、基本、自分の悪かったところに視点がいく。そして、考えすぎるくらい考えます。
 演技も昔と比べれば、それなりになってきましたが、粗削りな部分が多いし、基礎ができていないし、不器用ですし、手足の処理が汚い。だから、自分ではまったく認めていません。僕、自分があまり好きじゃないんですよ。嫌いです。いや、冗談とかじゃなくて、まじめに」
 そう言って、宇野はチャーミングに笑った。自己否定を積極的に、ずいぶんほがらかに、した。
 彼は自分が「だめ」な理由をたくさん持っている。人に褒められるのも、好きではない。苦手だと言った。不思議な人だと思う。でもとにかく、彼によればそういうことだった。

 ところで、宇野昌磨がいくら自己を否定しても、状況は変わらない。彼は、世界有数の才能のひとりだ。それは事実で、動かない。
「不器用」とも、思わない。彼はリンクで何者にもなれる。切なくも、雄々しくも演じられる。立派な表現者だ。
 ジャンプは、4回転を3種類持っている。その中のひとつ、フリップは、世界で彼がいちばん最初に跳んだ。つまり、宇野は優れたジャンパーでもある。
「最初に跳んだからって、なにもないですよ。ほんとうに、なにも思わないです」と、彼はさらりと言った。
 表情はどちらかといえば、あどけない。「邪気がなく可愛らしい」は、(彼はぜんぜん気に入らないと思うが)一般的な宇野の印象だと思う。
「自分が自分に厳しいとは思いません。自分に求めているものが高いとは思います。目標設定を、実力以上に想定しているので『それは届かないよ』って感じですかね。
 100%でやっても、届かないところを勝手に目指しているんです。そのあたりはけっこう貪欲で、負けず嫌いだと思います」
 宇野に訊ねる。そういう生き方は苦しくないですか。つらくなりません?
「なりますよ」
 彼は短く答え、続ける。
「でも、自分がやっているのは、やらなければいけないことにすぎない。べつに、努力しているとも思いません。上手くなりたいからやっている。ただそれだけです。
 僕は、昔から『誰にも負けたくない』って気持ちを持っていました。だけど、その頃の実力では、そんな立場にないのも自覚していました。たとえ夢でも、目標でも、公言するのは恥ずかしかった。すごく、嫌でした。自分に言ってやりたかった。『実力もないのに、ほざいているんじゃないよ』って」
 その姿勢は、今は変わった。宇野は口にするようになっている。「世界でいちばんになりたい」。どんな場面でも、訊ねられれば必ず、だ。
「そうですね。そう言えるだけの実力がつけられたかな、ついてきたかなと思えて、本心を話せるようになりました」
 宇野昌磨は、とても正直な人だ。「昔」から、ずっとそうだった。10代半ばの頃は、なにかを待っているように、見えた。彼はそこから、上ってきた。闘ってきた。胸を張っていいと思う。ときが、きたのだ。

 2018年2月、韓国・平昌で冬季オリンピックが開催される。日本の男子の出場枠は3である。宇野の代表選出は、確実視されている。
「出られるのであれば、日本の代表として責任を持って臨みます。最善を尽くします。でも、特別な試合だとは意識しないつもりです。僕はこれまで、どんな試合も全力でやってきました。『オリンピックだから』と気負わずにやろうと思っています」
 メダルについても、訊いてみた。宇野はメダル候補だ。すでに、同じことを何度も訊かれていると思う。それでも、彼は嫌な顔はしなかった。ちょっと考えて、答える。
「願望の話でもいいですか? 願望では金色を獲りたい……、どうなんですかね。いちばんになりたいという思いはあるんですが、大舞台がすごく楽しみっていう気持ちもあって。観衆の方々に、演技を喜んでもらえるのが、僕はなによりうれしいんです。記録より、記憶に残る選手になれればと思っています」
 それから、彼はまたチャーミングに笑った。

自分のなにも認めていない。 “かっこいい?” それはいちばんあり得ない

撮影中、PC画面で写真をチェックしていたとき。クールな表情に思わずスタッフが「かっこいい」と言葉をもらしたところ、この一言。「僕、褒められるのがダメで。自分があまり好きじゃないんです」。素敵なカットが画面に表れるたびに、うつむいてしまう。謙遜や照れという感じでもなさそうだ。ただ、「褒めてもらうのは苦手だけどよい演技で喜んでもらえるのはうれしい」とのこと

宇都宮直子
ノンフィクション作家。医療、人物、動物、教育、スポーツなど幅広いジャンルにわたり、著作を各誌に発表している。フィギュアスケートについて、そのときどきに綴った短編を収めた書籍『日本フィギュアスケートの軌跡』(中央公論新社)が好評発売中。

SOURCE:SPUR 2017年9月号「宇野昌磨 『僕は過去のことには興味ない』」
photography:Takemi Yabuki〈W〉 interview&text:Naoko Utsunomiya

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