現在生きている最も偉大な舞台作詞家――60年以上のキャリアを通して、ソンドハイムは仲間たちの力も借りながら、アメリカのミュージカルをつねに革新してきた。そして今ふたたび、彼は私たちを驚かそうとしている
ソンドハイム:インタビューは2階でやってもいいかな? ちょっと体調が悪いんだ。
2017年7月。私たちはマンハッタンのミッドタウンにあるスティーブン・ソンドハイムのタウンハウスの2階にいる。彼は執筆用のソファに横になっている。まったく同じ場所で寝そべっている彼の姿をとらえた、1960年撮影の有名な写真がある。手にブラックウィング製の鉛筆を握り、ノートをじっと凝視している若かりし頃のソンドハイム。その姿を2枚の窓がフレームのように縁取っている。写真の彼は頬に右手をあて、深く考え込んでいる。
ソンドハイム:今日は筆が進まないんだ。
その写真が撮影されてから60年近くが経った今、ソンドハイムは同じソファの上にいる。彼は87歳。作家らしい皺くちゃのTシャツにスウェットパンツという姿で、どうも胸焼けがするという。彼はデイビッド・アイヴズと共に、パブリック・シアターで上演される新作ミュージカルの歌詞を書いている。スペイン人監督、故ルイス・ブニュエルの2本の映画を元にした作品で、締め切りはもうすぐだ。私はそんな時にここにいて、インタビューを理由に彼の執筆のじゃまをしている。
アメリカのミュージカル演劇におけるソンドハイムの影響力は、いくら強調しても強調しすぎることはない。彼は若い頃、オスカー・ハマースタイン2世に師事した。ハマースタインはロジャーズ&ハマースタインと呼ばれた作曲・作詞コンビのひとりで、彼らは1943年作品の『オクラホマ!』でミュージカルの世界に革命を起こした。ロジャーズ&ハマースタインは、多様な要素を見事に凝縮した歌を生み出した。その音楽は、物語のあらすじを進行させながら、同時に登場人物たちに秘められた人間性の奥深さをあばきだしたのだ。彼らの手によって、ミュージカル演劇は、物語を伝える芸術作品へと成熟した。ハマースタインのなした改革を土台に、ソンドハイムは主題の内容とその表現方法を徹底的に実験することで数々の作品を創りあげてきた。
例えば初期には、後世に大きな影響力を持つことになった作品『ウエストサイド・ストーリー』(’57年)で、レナード・バーンスタインの音楽に合わせて作詞をし、『ジプシー』(’59年)ではジュール・スタインの音楽に詞をつけた。50年以上にわたり、その作品は、ミュージカル演劇の領域やその主題を、想像し得るあらゆる方向に拡大してきた。彼こそがミュージカル演劇における最も偉大な作詞家であることは断言できる。
ミュージカル演劇界のほかの作詞家たちと彼が比較される時代は、もう終わった。つまり今、私たちは彼の作品をシェークスピアやディケンズ、ピカソを語るのと同じように語るのだ。彼の完成された手法は作品に内包されていて目には見えないが、同時に、その存在はあらゆるところに見出すことができる。
ソンドハイムは、2008年に、私がアレキサンダー・ハミルトンを主題にした作品のアイデアを最初に話した人々のうちのひとりだ(※訳注:インタビュアーのリン・マニュエル・ミランダは、大ヒットミュージカル『ハミルトン』の作詞・作曲・脚本・主演を務めた作曲家)。あれは、このタウンハウスの1階での会話だった。当時私は、『ウエストサイド・ストーリー』のブロードウェー再演用に、歌詞をスペイン語に翻訳するために雇われていた。最初の打ち合わせで、彼は私がとりかかっている次の作品は何かと聞いた。「アレキサンダー・ハミルトンです」と私が言うと、彼は頭をのけぞらせて笑いながら手を叩いた。「それこそまさに、君がやるべき仕事だ。誰もそれを君がやるなんて思いもしないからな。素晴らしいじゃないか」
幾晩も筆が進まず苦しんだり、締め切りを過ぎても書けない時、ソンドハイムが驚いてくれたあの瞬間の嬉しさを思い出すだけで、私は仕事を投げ出さすにやり遂げることができた。7年間におよぶ『ハミルトン』の創作過程で、私は歌詞の下書きを彼に送った。彼のメールの返事はいつも同じだった。「多様性、多様性、多様性だよ、リン。一番いいもの以下で妥協しちゃダメだ。我々を驚かせてくれ」(インタビューの続きをチェック)
SOURCE:「Stephen Sondheim」By T JAPAN New York Times Style Magazine
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