あなたの知らない、隣のファッション大国。中国の若者は、ショッパーを持たない PART1

経済成長著しい中国。ビジネスやIT技術の進化についてはよく耳にするけれど、リアルなファッション事情はどうなっている?? 今まさに急成長を遂げている中国のシーンに迫るべく、徹底リサーチを敢行。この動き、もはや傍観しているだけでは済まされない!

 

PART1 教えて! 中国の今とこれから


現在の中国ファッション界の事情を、日中のユースカルチャーシーンに詳しい陳暁夏代さんに聞いた。

話を聞いた人 ▶︎ 陳暁夏代さん
ちんしょう なつよ●日本と中国にルーツを持ち、両国を行き来しながら育つ。現在は東京を拠点に、戦略コンサルティングや企画立案を行う。Twitter: @chinshonatsuyo

 

今、この国では何が起こっているのか?

「中国では今、まさにファッションが勃興している状態です」と語る陳暁夏代さん。「Eコマース(EC)とモバイル決済が中国で爆発的に普及したのがほんの3年ほど前。その1年後には、中国のミレニアルズの間でストリートファッションが大流行。洋服をどう着るかにあまりこだわりのない人ばかりだった中国で、『みんなが同じトレンドを追う』という現象がこのとき初めて起こりました。今、若者の間では、SNSを通してファッションの情報を仕入れ、ECサイトで服を買い、それをSNSで発信するという流れが、都市部でも地方でも完全にできあがっています」
 2020年には100兆円を超える規模に達するといわれる、中国のファッション関連市場(ちなみに日本は18兆円程度)。その成長を担う若年層にファッション熱がものすごいスピードで広まった背景には、中国特有の事情がある。まず、経済成長の影響で国が豊かになり、若年層の金銭的余裕が大きくなったこと。IT技術の爆発的普及により、EC」サイトを通して中国全土で気軽に最新のファッションアイテムが購入できるようになったこと(1)。そして何より、中国では20~35歳のミレニアルズ人口の割合が高く(2)彼らの興味や嗜好が社会を大きく動かす原動力になっているというのが重要なポイントだ。彼らの動きが国そのものを前進させ、それが世界に影響を与えることになる。世界のブランドが、中国のミレニアルズの動向に注目している理由はここにある。

(1)EC市場はこんなに伸びている!

下のグラフと表は、主要国のEC市場の規模と伸び率を示したもの。ECとはEコマース(電子商取引)の略で、インターネット上での取引や決済のこと。つまりオンラインショッピングのことを指す。今や中国は、アメリカに倍以上の差をつけて世界第1位のEC大国だ。さらに対前年比の伸び率の高さにも注目。日本の伸び率は先進国の中でも低い水準だ。

引用元:平成29年度我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備(電子商取引に関する市場調査) 経済産業省 商務情報政策局 情報経済課

(2)日中・世代別人口比較

日本と中国の、世代別の人口を表したピラミッド(2018年)。日本の人口が1 億2000万人なのに対し、中国の人口は13億人で世界1 位。そもそもの母数が違うのだが、ここで注目すべきはその世代別構成比。中国のボリュームゾーンは45〜54歳と、ミレニアルズと呼ばれる世代の20〜34歳にある。

引用元:UNITED NATIONS / World Population Prospects(単位:万人)

 

「芸能人の着た服」が飛ぶように売れる仕組

 ではなぜ、中国ミレニアルズにストリートファッションのブームが巻き起こったのか。陳暁さんによれば、その一因はアイドルのオーディション番組やラップバトル番組が大ヒットしたことにあるという。「中国のトレンドは圧倒的に属人的で、もっとも影響力があるのは芸能人です。中でも今、特に影響力が強いのは、VOD(ビデオ・オン・デマンド:動画コンテンツ配信サービス)のオーディション番組に出ている若手タレントやアイドル、ヒップホップグループのメンバーです(3)」。中国では、今やVODの視聴数がTVを超えている。番組や、そこに出演するタレントの人気が上がるにつれ、彼らのアイテムや着こなしをまねする若者も増えた。番組で人気タレントが着た服は、即日で売り切れることも多いそう。
「芸能人の着た服が売れる」という一見単純な現象の背後には、中国のECサイトの普及と抜群の使いやすさがある。「日本では、TV番組に出ていた芸能人の服が気になっても、なかなか検索して見つけ出せないですよね。中国では、芸能人の名前と番組名で検索すればすぐに該当アイテムが見つかり、ECサイトで購入できます。これは芸能人とブランドの関係が強固だからできること。検索にはブランド名すら必要ありません」。この便利さとわかりやすさが、現在の中国ファッション界の常識になっている。

(3)スター誕生!VODオーディション番組

「中国のミレニアルズはみんなTVではなく、VODのコンテンツを見ています。TVを見るのはもっと上の世代ですね」と陳暁さん。VODには若年層の嗜好が強く反映されている。中でも人気がある番組は、男性アイドルのオーディション番組「偶像练习生」、女子アイドルオーディションの「創造101」、ラップバトル番組「中国有嘻哈」の3 つ。

偶像练习生 IDOL PRODUCER

検索エンジン「百度(バイドゥ)」傘下の動画共有サイト「iQIYI」による男性アイドルオーディション番組。左は、ここから勝ち抜いてデビューした9 人組のグループ「Nine Percent」の中心人物で、視聴者から圧倒的人気を誇る蔡徐坤(Cai Xukun)。

創造101 PRODUCE 101

メッセンジャーアプリ「WeChat」を提供するテンセント社が手がけるVOD番組。韓国発のアイドルオーディション番組「プロデュース101」の中国版ともいえる内容になっている。左はその出演メンバーである美岐(MeiQi)。

中国有嘻哈 THE RAP OF CHINA

「偶像练习生」と同じくiQIYIの制作したラップバトル番組。中国のヒップホップブームを牽引する存在。左の写真は、元EXOの呉亦凡(Kris Wu)。中国で大人気のラッパーで、この番組のプロデューサー的存在であり、審査員でもある。

 

中国女子は、街に出てお買い物をしない!

 もうひとつ、日本と中国の違いとして挙げられるのが、ショップのショールーム化だ。「日本では、店舗は販売のためのスペースですが、中国ではECに販売機能があり、リアル店舗の役割はショールーム。世界観を伝える場だから、ギャラリーのようになっています。最近は店舗にスタジオを併設して、店員がそこで撮影をし、SNSに動画をアップするという手法が普及しています(4)」と陳暁さん。店舗でも購入はできるが、QRコードつきのショップカードを渡してECサイトに誘導するのが中国流だ。「だから、中国ではショッパーを持って街を歩いている子がいないんです。表参道ではみんな紙袋を持っているけれど、中国ではタピオカジュースを持っている(笑)」
 お買い物はウェブでする中国っ子が街へ出る目的といえば、もちろんSNSにアップする写真を撮るため(5)。月間アクティブユーザーがそれぞれ4億4600万人と10億人を超えるWeiboとWeChatの二大勢力に加え、ファッション感度の高い人には今、小紅书(RED)が人気だ。EC機能のついた中国版インスタグラムともいえるアプリで、若い女性を中心にユーザーが増えつつある。
 SNSが日本以上に浸透している中国では、KOL(キー・オピニオン・リーダー)と呼ばれる、インフルエンサー的アカウントの影響が非常に強いのも特徴のひとつ。「フォロワー数500万以上はトップKOL。芸能人と並ぶ影響力があります」と陳暁さん。SPUR3月号で紹介したMr.Bagsもその中のひとり。彼らのSNSを見て画面をタップすれば、そのアイテムを扱うECサイトに直接飛べて、ショッピングができる。こうしてKOLはブランドからも頼られる存在となり、中国のEC市場はますます伸びることになる。

(4)店はショールームに?

「日本では、店舗は売るための場所なので商品在庫がたくさん置いてありますが、中国では販売の場はあくまでオンライン。在庫はECサイトで管理します」と陳暁さん。その結果、リアル店舗はショールーム化。「中国ではECサイトで買い物をする文化はもう完全に形成されたので、これからもショールーム型店舗は増えると思います」

(5)SNS映えが命です

ミレニアルズにとっては、現実の世界よりもバーチャルのほうが「リアル」。「可愛い服を着ておしゃれな場所で写真を撮りたい」というのは、中国の若者の間に共通する思いだ。人気の美術館やカフェには、SNS映えする撮影スポットがしっかりと用意してある。最初からそこに似合うようにスタイリングを考えて、撮影しに行く人も多いそう!

 

チャイナブランドと知らずに、服を買う時代がやってくる?

 では、今後の中国ファッション界はどうなっていくのだろう。陳暁さんが注目しているのは、イギリスなど欧米のファッションスクールで学んだ新進の中国人デザイナーたち(6)の影響力だ。「ほかの留学生と違うのは、彼らは『中国をもっとよくしたい』という強い意志をもって学びに行っているところ。中国人には圧倒的な愛国心があるので、国に帰ってブランドやショップを立ち上げ、自国のファッション界に貢献しようという人も多いです。抜群にセンスのいい彼らには、必ずフォロワーがつくでしょう。そして欧米で学んだ彼らが発信するのは、中国と欧米を融合したまったく新しい概念なはずです。ここから、中国ファッション界に今までとは違う流れが生まれてくると思います」
 中国若年層のこうした動きは、日本に住む私たちも無視するわけにはいかない。陳暁さんは、「世界の人々が、チャイナブランドとは知らずに中国発のファッションアイテムを買う時代がいずれ来る」と予測する。「今後、中国のオリジナルブランドは、ますます強くなっていくと思います」。たとえばドローンのシェア世界1位の中国メーカー、DJIのように、当初は無名ながら大きなシェアを獲得するブランドが、ファッションにおいても出現するかもしれない。「すでにSNS上では、どこの国のブランドなのか意識せずにアイテムを買う人が多数派です。そうなってくると、SNSでのブランディングがとても重要になってきますよね。日本の企業やブランドは、ここが弱いところが多い。これからの時代、これではカスタマーに届かないのでもったいないです」と陳暁さん。ITによる社会の変化を味方につけて急成長をとげる中国。日本のファッション界も、多くの気づきがあるのではないだろうか。

(6)世界に羽ばたく中国出身デザイナーズブランドは?

近年、欧米のファッションウィークや若手ブランドのコンテストで、中国出身デザイナーの存在感が年々高まっていることに、モード好きならすでに気づいているだろう。ここでは、期待度抜群の中国人デザイナーによるフレッシュなブランドを3つピックアップ!

YUHAN WANG ユーハン ワン

威海市出身。2016年、ロンドンのセントラル・セント・マーチンズを修了。現在は若手の合同ショーであるファッションイーストで作品を発表。幻想的でガーリーな世界観に注目が集まる。

HUISHAN ZHANG フーシャン ツァン

青島市出身。ディオールのオートクチュール部門などでキャリアを積んだのち、2011年にロンドンで自身のブランドをスタート。2015年には、LVMHプライズのセミ・ファイナリストに選出される。

SNOW XUE GAO スノウ シュエ ガオ

北京市出身。NYのパーソンズ美術大学を卒業後、2016年にブランドを設立。現在はNYファッションウィークでランウェイショーを開催している。オリエンタルなデザインと、テーラリングの要素をミックスした世界観が魅力。

SOURCE:SPUR 2019年5月号「中国の若者は、ショッパーを持たない」
photography: Imaginechina illustration: Emi Ozaki edit: Chiharu Itagaki

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