10代で初めて真剣に写真を撮り始めて以来、キャリー・メイ・ウィームスは、黒人女性のアイデンティティをハイアートの世界に持ち込むことで、ビジュアル創作のルールを書き換えてきた
ニューヨーク州シラキュースにあるキャリー・メイ・ウィームスの自宅。そのデッキでは、たくさんのセミが、まるでこの世の終わりを知らせるかのように、盛大に鳴いていた。セミは17年も地中で過ごして、やっと飛び立ったかと思えば、私たちが飲んでいるロゼワインのコップに飛び込んで、酒に溺れてしまっている。6月の終わりの暑い日で、夏のけだるさ―もしくは、日々、あまりにめまぐるしく報道されるニュースによる倦怠―が漂っていた。だが、おそらく現在活躍している最も偉大な写真家であるウィームスは、数多くのプロジェクトを同時並行して手がけており、インタビューの段取りをつけるためにメールで連絡を取り合うと、彼女は私に「このインタビューをやるには、あなたの能力を最大限に発揮してもらわないとね」と警告してきた。
彼女は同時に3つの展覧会の準備をしていた。この秋のボストン・カレッジのマクマレン美術館での回顧展に、コーネル大学でのインスタレーション。さらに2020年頃にパーク・アベニュー・アーモリーで開催予定の、彼女がキュレーターを務めるグループ展覧会『Darker Matter』では、彼女自身の新シリーズ作品の発表も行う予定なのだ。彼女主宰の、芸術家やミュージシャン、ライターたちが集まるクリエイティブ・シンクタンクが、昨年同会場で『The Shape of Things』と題した展覧会を行なった。『Darker Matter』はその続編にあたる。
だが、まず何よりも最初に、彼女は私にシャクヤクの花を見せたいという。私たちが実際に会う数週間前、彼女は満開の花の写真をメールで送ってきた。それは静物画のような写真で、挨拶がわりの一枚だった。泡のような白の中心にある鮮やかな黄色。それは単なるシャクヤクではなく、W.E.B.デュボイス・シャクヤクという、かの公民権運動の活動家にちなんで名付けられた品種だ。ウィームスが全米シャクヤク協会に電話をかけ、この花に彼の名をつけることを提案したのだ(彼女いわく、同協会側には、ちょうど名前をつける必要がある新種のシャクヤクがあったらしい)。その花は、マサチューセッツ大学アマースト校にあるデュボイス記念庭園の中心に植えられる予定だ。それは、ささやかだが、いかにも彼女らしい思慮深い行動だ。彼女はアーティストとして、あらかじめ失われた場所に思考の場を作り出し、また問題が山積する現在のルーツを、苦悩に満ちた過去に紐づけながら、しっかりと前を向き、理想を追い求めるプロジェクトを遂行することでキャリアを築いてきた。
現在65歳のウィームスは、2013年にマッカーサー・フェローシップ賞を受賞した。そして翌年、黒人女性としては初めて、グッゲンハイム美術館で回顧展が開催された。そこまで注目される以前も、彼女はカルチャー界の神話の中で、長年存在感を保ち続けてきた。数多くいる彼女のファンたちは、熱狂的で、執着に近いほどの愛着を彼女に感じている。それはビジュアル・アーティストとしてはかなり珍しいケースだ。彼女の名前はブラック・ソート(註:ラッパー)の新しいアルバムの歌詞にも登場するし、スパイク・リー監督のNETFLIXの新シリーズドラマ『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』には、彼女が自身の役で出演もしている。彼女が1987年に撮影した、アイコンともいえる写真『Portrait of a Woman Who Has Fallen From Grace』では、白いドレスを着たウィームスが、ベッドの上で手足を大きく広げ、片手に煙草をはさんでいる。
そのショットは、モーガン・パーカーの詩集『There Are More Beautiful Things Than Beyoncé(ビヨンセよりも美しいものがこの世にはある)』の表紙に使われた(ビヨンセといえば、ウィームスは『レモネード』のミュージック・ビデオの製作に、影響を与えたひとりとしてその名を挙げられている)。ウィームスにちなんで花の名前がつけられる日がいつ来ても、おかしくないのだ。
彼女の名前は、世に広く知れ渡っている。だが、さまざまな意味で、作品を通して描かれる人物像以外の彼女を、私たちはほとんど知らない。作品の中の彼女は、カメラのレンズを見下ろすように凝視するか、またはレンズに背を向けて、彼女の眼を通してものごとを見るように私たちをいざなう。彼女は現実世界でも、今この瞬間を捕まえている。話をしてみればわかるが、まるで太陽の周りを惑星が回るように、周囲のものを惹きつけてしまう魅力がある。よく通る声で、おちゃめで、強調したいときには「そうでしょ? そうでしょ?」と繰り返す癖がある。重要な理論について話していたかと思うと、いきなりピラティスの先生の話題になる。ちなみに、ウィームスの要求があまりに激しくて、その先生は逃げ出そうとしたという。彼女は、こちらの心の中をすべて見透かしてしまう友人のようだ。信頼できて、間違ったことを正してくれる友人。それは彼女が、自分自身に対して純粋であるからこそだ。
彼女の写真とショート・フィルムは、一点を鋭く見つめるような気迫に溢れていて、同時にビジュアルとしてとても説得力がある。それらは、観る側が持つ写真に対しての期待をリセットする。さらに、彼女の作品の多くを占める黒人の被写体に対して私たちが抱く、根拠のない憶測に疑問を投げかけてくる。才能ある語り手として、人々が理解しやすいテキストと画像を媒介として、女性、有色人種、労働者階級のコミュニティをめぐる新たな物語を紡ぎ、無味乾燥になりがちなアイデンティティの議論から、美しい芸術を生み出したのだ。ビジュアルイメージを創作したいという欲望はいつもウィームスの心に強くあり、自分のカメラを最初に手にした瞬間に、彼女はそれをはっきりと理解した。カメラは20歳のとき、ボーイフレンドのレイモンドから贈られた誕生日プレゼントだった。彼はマルクス主義者の労働組合委員長だった。「カメラを最初に手に取ったとき、『あ、わかった。これが私の道具なんだ。これだ』と思った」と彼女は私に語った。(キャリー・メイ・ウィームスの作品を見る)
SOURCE:「Carrie Mae Weems」By T JAPAN New York Times Style Magazine BY MEGAN O’GRADY, STYLED BY SHIONA TURINI, TRANSLATED BY MIHO NAGANO JANUARY 23, 2019
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