身長168cm、体重98kg。相撲の世界では小兵でありながら、倍の体躯の力士を相手に、驚くような取り組みを見せる。ルールや技に詳しくなくても、観てほしい。彼の相撲は私たちに夢を与えてくれるから。
Special Interview
「もっと大きかったら……と思ったことは1ミリもないですね」
締め込みの艶やかなえんじ色は、しこ名の「炎」から。燃えるように熱い取り組みで注目を集めるのが、炎鵬だ。七月場所では勝ち越しを決め、「技能賞」を受賞。大きな力士に打ち勝つ姿が感動を呼び、寄せられる歓声は、結びの一番より大きいといわれることも。昨年は白鵬関の付け人として夏巡業に参加したことを考えると、「1年前の自分からは想像もつかなかった」という快進撃だ。
そもそも、金沢学院大学卒業後に就職をするつもりだったが、稽古見学で運命が変わる。
「ちょうど2年前に、白鵬関に初めてお会いして、『どうするんだ。人生一回きりしかないぞ』と言われて、横綱についていこうと決意したんです。入門する前に、『2年で関取に上がりたいです』と宣言したのですが、正直、ちょっと大きいことを言いすぎたかなと。関取に上がれるかなとすら思っていたので、今、幕内で相撲をとれているというのは不思議な感じがします」
2017年に宮城野部屋に入門。異例の昇進を遂げ、2019年の五月場所で初入幕。7勝してから6連敗で負け越した。
「部屋に戻り、白鵬関に挨拶したら、まず一言目に『甘くないだろう』と。『俺が強くしてやるよ。来場所、絶対勝ち越すぞ』って言われて、合宿で鍛えてもらい、泥まみれになりました。それで入門したときの初心を、勝ちたいとがむしゃらにやっていたときの自分を、思い出すことができました。五月場所では、いつかは絶対勝てるだろうと思いながら、考えが甘かったというか。一勝に対する、相撲に対する向き合い方、考え方も変わりました。準備であったり、生活だったり、行動であったりとか。相撲にすべて影響しているということがわかったので、ただただやるんじゃなくて、一つひとつ考えながら。自分にとっては必要な経験だったのかなと、今は思います。それに横綱にあそこまでやってもらって負け越すわけにはいかない、恥をかかせられないなという思いもありましたね」
そうして迎えた七月場所の結果については、このように語る。
「ほっとしたというのが一番大きい。七月場所で3連敗した時点で、先場所で6連敗して負け越した苦い思いが、頭をよぎりました。そんなときにみんなが心配して連絡くれて。支えがあったからこそ、勝ち越せたのかなと思います。あのときは涙をこらえたんですけど、込み上げてくるものがありましたね。長かったな、苦しかったなと。一回勝つことにどれだけの体力と能力が要るのか、改めて身にしみて感じました。一番に対する集中力や思いは、もっと強く持っていかないといけないですね。技能賞はまさかいただけるとは、自分としてはまだちょっと早いかな、と。自身が納得する相撲をとれれば一番理想だったんですけど。それでも、今の自分を評価していただけたというのはすごい自信にもなりますし、これから先、それに恥じないように、さらに技を磨いていけたらなと思います」
七月場所は小さい体でまっすぐ頭からぶつかっていく相撲が目立った。
「(入幕して)2場所目で、少し慣れたというのもありましたけど、その前に横綱にしこたま鍛えてもらったので、下半身が安定していて自信がありました。また、同じくらいの背丈の照強関と対戦して、刺激を受けました。僕はあのとき、前に出ることよりも、かわしてとか、すかして勝とうみたいなことを考えてたんですけど、照強関は真っ向から来るのです。彼は誰と対戦していてもそうなんです。それが一番強みというか、大事なことだなと。まっすぐいって、力負けをしたくない。体が軽いから負けだとか、そういうのが嫌なので。この体でも押し切って勝てる、寄り切って勝てる力を身につけていきたいと、今思っています」
体重制限のない相撲界では大型化が進み、中には200㎏を超える力士も。彼らに100㎏ない体でぶつかるには、ときにケガも伴う。
「時の運もあると思うし、ケガをしてしまったら仕方のないこと。でも少しでも未然に防ぐ対策はあるわけで、100%準備できるよう、常に頑張っています。ケガとつき合っていくのはなかなか難しいところもあるのですが、そこはみんなが抱えていることなので、自分なりにしっかり考えていきたいです」
もっと大きな体だったらと思うことはないのだろうか?
「それは一切ない。一ミリもないです。多分、この体じゃなかったら、そういう考えにも行き着いてないと思いますし、だからこそ見せられる相撲というのがあると思います。たとえば、僕がでかくて普通に押しても、ただの押し出しで終わりの話。でも、この体で押し出しで勝つことにすごい価値というか、意味がある。自分の相撲の価値というのは、自分でしか上げていけないと思うので」
「土俵の丸い形は、無限の可能性を秘めています」
ちなみに大きな力士と対戦するとき、怖くはないのだろうか。
「土俵に上がってしまうと、怖さよりもワクワクして、いっちょやってやろうって感じになります(笑)。お客さんには、小よく大を制する相撲を観てほしいですね。懐に入って、しぶとくしぶとく勝ちを拾っていくという」
相撲の面白さとは「絶対がない」ことだという。
「強い力士がたまたま滑って弱い力士に負けることもある。土俵の形がマル、ということに尽きます。マルを利用することで土俵際で大逆転劇を起こしたり、とにかく何が起こるかわからないのが相撲の楽しさですよね」
スキンケアを律儀に行い、「フリースタイルダンジョン」の1対1のラップバトルに相撲との共通点を見いだし、雑誌やテレビで田中みな実を見かけては癒やされるイマドキの一面を持つ。海外巡業してみたい国を聞いてみると、
「ベタだけど、ハワイですかね。アジア圏から出てみたい。あと、格闘技の殿堂であるアメリカの『MGMグランド・ガーデン・アリーナ』で巡業してみたいですね」
profile
えんほう●1994年10月18日生まれ、石川県出身。5歳で相撲を始める。2017年、横綱・白鵬に声をかけられたのをきっかけに宮城野部屋に所属。同年の五月場所で序ノ口優勝し、2019年の五月場所で入幕。同年七月場所では、9勝6敗と勝ち越し、技能賞を受賞。
SOURCE:SPUR 2019年11月号「炎鵬(えんほう)がまぶしくて」
photography: Wakaba Noda 〈TRON〉 interview & coordination: Yoshiharu Ogata