「今、みんなと身体のことを語りたい!」その思いがつまった本とこれからについて、長田杏奈さんにインタビュー

SPUR.JPでもおなじみのライター長田杏奈さんが今春フェミニズム雑誌『エトセトラ VOL.3』で編集長を務めた。特集では、女性の性や身体のことが個々で全く違う事実を、1334人のアンケート結果で可視化。生の声に耳を傾けた長田さんが、この一冊を編むことで見えてきたこととは。

――『エトセトラ』VOL.3を、長田さんが1冊丸ごと責任編集をすることになった経緯を教えてください。

 

昨秋、SPUR誌上で生理企画を2号連続で担当したときのこと。取材やリサーチを進めるなかで、女性の身体にとって大切な話なのに、本人達が知らないであろう事実がたくさんあることに気づきました。社会の中でいろんな人が女性の身体について語っているけれど、生産性とか働き方改革とかやたらと言葉が大きい。書店では女性の身体にまつわる本の棚がスピリチュアル系から民間療法まで有象無象で、「こうするべき」と煽り口調が多くて想像力のない本が目立っていたのも気になっていました。

また、ビジネスや利権など、お金が動くところで、女性の目線が無視されたり、都合よく雑に取り入れられていたり、意味もなく脅しが強かったりして。率直にいうと、当事者である女性が何かとカモにされているのに腹が立ってしかたなかった。

それで、入稿が終わった後も引き続き身体のことについて調べたりSNSでぼやいたりしていたら、エトセトラブックス代表の松尾亜紀子さんから「女性の身体のテーマでやりませんか?」と打診のメールをいただいたんです。

 

――そもそも、どうして女性の身体について掘り下げようと思ったんですか?

 

昨春、性暴力に抗議するフラワーデモに参加しました。タイミング的に、昨年6月に出した『美容は自尊心の筋トレ』(Pヴァイン)という本を執筆しているのと同時期だったんです。その本は、自分を大切にする気持ちをどうやって育てるかがテーマだったんですが、例えば性暴力によってダメージを受けた人の生の声に触れると、いくら本人が自分を大切にする努力を積み重ねていても、外部から不条理に損なわれてしまうこともあるんだという事実が、より鮮明になって。女性の尊厳を踏みにじる出来事やシステムはたくさんあるけれど、身体と心が同時に受けるダメージでできた傷って、より許しがたい深刻なものになるという気がして、本当にどうにかしなければという問題意識を持つようになったんです。

性暴力や中絶を巡る法体系、不足する性教育、多様な避妊法へのアクセスの悪さ……。挙げればキリがないんですけど、今の日本では、性や身体のことで、自分を大切にする気持ちが踏みつけられやすい構造ができ上がってしまっています。

女性の身体にまつわる大事なことを決める意思決定の場に当事者がおらず、女性の身体や気持ちがわからない男性ばかりなのは問題。「女性の身体はこういうものだろう」「こうあってほしい」という狭い考えや歪んだ妄想の元で作られた制度や仕組みが、2020年の今もまかり通っているのはおかしなこと。

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――コンテンツのなかではアンケート企画「エトセトラ・リポート2020」が光っています。リポートで示された統計グラフはわかりやすく、生の声も非常にリアル。ステレオタイプではない答えばかりで、個々の切実さが迫ってきます。この企画を目玉にした理由は?

 

SPURの生理企画では結構攻めたつもりでいたのに、あるとき編集長から「上の世代の人に、私たちの頃はもっと攻めていたと言われた」と聞かされたんです。自分たちの方が未来にいるはずなのに、女性の身体にまつわる言説が後退しているように見えるのはなぜ?と疑問がわいてきて、80年代に出版された『モア・リポート』(集英社)を取り寄せました。まだネットすらないアンケートが郵送だった時代に、たくさんの女性が自分の言葉で身体や性について語っている企画で。いま見てもとても新鮮に感じて、こういうのを現代の感覚の元でやれたらいいなと。

私は普段はわりとエモい人間なんですけれど、今回は事実や数字ならではの揺るぎなさを大事にしたくて。事実をグラフで表せば、ひと目でわかる上に、淡々とした説得力がありますから。それでまずはアンケートを取って、その結果に誠実に構成しようと思いました。女性の身体のファクトフルネスや、誰に決めつけられるものでもない、自分で語る自分の身体という切り口を大切にしたかったんです。

――結果、1334人もの女性がアンケートに答えています。「自分の身体が自分のものではなくなったような気がしたことはありますか?」「それはどんなときですか?」という問いの答えには、その多様性に驚きました。みんな語りたいことがあったんだなと。

 

私の問題意識は、世の中が女性の身体を社会の仕組みとして利用しようとしているのではないかという点にあるんですけれど、少子化対策から行き過ぎたダイエット圧まで、他者目線の刷り込みやニーズによって女性の生身の身体が侵食されている。その違和感を一番反映しやすいのが、この問いと答えなのではないでしょうか。

雑に扱われたとき、品評されたと感じたとき、許可なく触られたとか、自分の身体や気持ちを知るはずがない人から「将来子どもは何人欲しいの?」「たくさん産めそうね」という話をされたとか、答えは人によって全然違います。まさにそのベクトルの多様さが、『エトセトラVOL.3』全体を通じて可視化したかったことです。

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――女性の身体について語る人として、女子プロレスラーの方々が登場しているのも面白い。

 

もともと女子プロレスが大好きで、毎日通いたくなってしまうので、週に2回までと決めていた時期もあるほどで……。女性が怒ったり怒鳴ったり殴ったりすることは日常生活ではネガティブなこととされてしまいますが、リング上ではタブーではなく、むしろやればやるほどかっこよかったりもする。ある意味、リングの上は価値観が逆転した世界なんです。男性が怒って怒鳴って殴っても逆転とは言えないですよね。女性がやるからこそ、カタルシスがあるというか。友達を誘ってよく見に行くんですが、怒るべきときには怒っていいんだというお手本を見る感覚があります。

思いおもいに身体を鍛えたり、魅力が引き立つコスチュームをデザインしたり、もともとの個性にセルフプロデュースによるデフォルメを加え、いかにキャラ立ちするかを競って、アピールしている様子に、すごく元気をもらえるんです。

身体が小さくても強い選手、負けても人気がある選手もいるというのもよくて。身体をぶつけ合うことで生業にしている人たちなので、その身体感覚を本人たちの言葉で語ってもらえたら、女性を抑圧するタブーを紛砕するヒントがもらえるのではと企画しました。

 

――発行人の松尾さんと長田さんとで方向性が異なる部分はありましたか?

 

松尾さんはフェミニズムに対する思いが強くでピュア。いい意味でストイックで熱い人なんです。そういう人が作った『エトセトラ』だから信頼して期待してくれている読者も多いはずで。私が心がけたのは、そういう信頼と期待をできるだけ裏切らずに、少し間口を広げて必要としているのに届いてない人の手にとってもらうこと。骨太で純度の高いものを、飲み込みやすくコーティングして届けるということをミッションに掲げていました。

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怒りアイコンの札は、「NGワード言葉を使わずに怒りを表明できるよう、オンラインイベント用に作成した激怒アイコンの札」

――実際、反響はいかがでしょうか。

 

これまでフェミニズムに触れずに来たような仕事仲間から、熱いメッセージや感想が届いたんです。身体のことで「嫌だな」「変だな」と思った体験は多くの女性にあって、それについて考えたり代弁したりしてきたのがフェミニズム。意外なところからの反響を受けて、届けたいところ以上に届いたんだなという手応えがありました。

 

――次に長田さんがやりたいことは何ですか?

 

個人的には、妹世代に話しかける気持ちが強くて。私がもっと成熟してタイミングがきたら、さらに下の娘世代に向けて、自分の身体を誇らしく大切に思いつつ、身体の仕組みを理解できるような作品を届けられたらいいなと思っています。余計なことを刷り込まれていない子どもたちに、多様なボディ、ジェンダー、セクシャリティがあること、それぞれこんなにも素敵なんだよと伝えたい。

『エトセトラ』VOL.3(エトセトラブックス/1,300円)

 特集テーマは「私の 私による 私のための身体」。創作と[エトセトラ・リポート2020][Re:ボディ][カラダと権利]の大きく4つの項に分かれ、多様性のなかにある個々の差異を見つめること、性と生殖についての権利などを多角的に捉える。作家の松田青子や北原みのりなどが寄稿。

長田さんが着ているTシャツは「I READ FEMINIST BOOKS」の文言の入ったエトセトラブックスオリジナル。売り上げは実店舗「エトセトラブックショップ」オープンのための資金となる。オンライン販売中

長田杏奈
ライター。美容をメインに、インタビューも手がける。「花鳥風月lab」主宰。女子プロレス観戦、北欧ミステリー、植物栽培が趣味。著書には『美容は自尊心の筋トレ』(Pヴァイン)『あなたは美しい。その証拠を今からぼくたちが見せよう』(#あな美/大和書房より刊行予定)


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