連載コロナ時代の日常を生きる一冊Vol.1<前編>音楽家・坂本龍一

新型コロナウイルスの出現とともに、私たちを取り巻く社会は一変した。ウイルスとの共生が求められるなか、私たちの日常はどのようなものになってゆくのか。先の見えない世界を生きてゆくヒントを、さまざまな分野で活躍する識者の方たちが一冊の本を通じて語る


 第1回は、偶然にも同じ書籍を推薦した音楽家の坂本龍一さんと建築家の伊東豊雄さんが登場します。前編(坂本龍一さん)、後編(伊東豊雄さん)にわたり、生物学者の福岡伸一さんによる『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』を取り上げます。

生命は機械のようなものではない

『動的平衡』という福岡伸一さんが提唱した考え方は、この15年ぐらい、いろいろな生命、自分たちの生き方を考える上で、基本になっているものです。常に考えているわけではありませんが、このような大きな疫病やテロ、災害が起こると、自分の生とは何か、この惑星に生きている生命とは何か、そういったことについて考える機会が訪れます。すると、この考えに立ち返る。僕にとって『動的平衡』はそういうものです。

画像: 『新版 動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』(小学館新書) 福岡伸一 著 ¥840/小学館 PHOTOGRAPH BY YUMI YAMASAKI

『新版 動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』(小学館新書)
福岡伸一 著
¥840/小学館
PHOTOGRAPH BY YUMI YAMASAKI

『動的平衡』に書かれていますが、デカルト以来、数百年にわたり機械的な生命観が支配的でした。現代においては、ますますそうなっているとも言えます。目に見えないDNAまで商品化され、人間に限らずあらゆる生命のDNAの特許を申請する会社まである。その元となっているのは、デカルトの時代に生まれた機械的な生命観です。僕は子供の頃からその考えに反発を抱いていました。といっても戦後生まれですので、機械的生命観にもとづく栄養学的な考え―自分の中に入った食べ物は車のガソリンと同じエネルギーで、それを消費し、排泄する―に囚われてしまうことがある。しかし、今回のようなことが起きると、生命について改めて考えます。生命は機械のようなものではないことを、科学的に解き明かしてくれるのがこの本です。

私たちが、ここまで生命をパーツの集合体として捉え、パーツが交換可能な一種のコモディティ(所有可能な物品)であると考えるに至った背景には明確な出発点がある。それがルネ・デカルトだった。
(福岡伸一『新版 動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』より)

今、求められる新しい都市のグランドデザイン

 コロナ禍のせい、というかおかげで、経済、産業、行政、医療、教育、暮らし方、食の供給、安全、すべてのことをもう一度捉え直す必要が生じました。しかも緊急にです。これを一過性のことにして、喉元過ぎたらまた元に戻ってしまうのは絶対に避けたいと僕は思う。

 今、多くの人々が都市に住んでいます。地球全体がどんどん都市化していて、このままゆくとスターウォーズに出てくるような、惑星全部が都市のようになりかねない。しかし、コロナ禍により都市化にストップがかかり、もう一度考えるべきだと自然からの強制力が働いた。日本ではまだ、新しい都市のあり方を構想し、グランドデザインを進めてゆこうとする気運は感じられませんが、精神的なところではもう始まっていると思います。そうしないと同じことはまた繰り返しますから。今まで蝙蝠という種だけに寄生してきた特定のウィルスが、地球全体を瞬く間に覆ってしまった。これは、人間が進めてきた巨大な都市化、生態系の破壊が引き起こしたことです。根本を変えないと、同じようなことが数年ごとに起きる可能性も十分にあると僕は思います。

画像: 坂本龍一(RYUICHI SAKAMOTO) 音楽家。1952年東京生まれ。1978年『千のナイフ』でソロデビュー。同年『YMO』を結成。散開後も多方面で活躍。『戦場のメリークリスマス』で英国アカデミー賞を、『ラストエンペラー』の音楽ではアカデミーオリジナル音楽作曲賞、グラミー賞他を受賞。環境や平和問題への言及も多く、森林保全団体「more trees」の創設、「stop rokkasho」、「NO NUKES」などの活動で脱原発を表明、音楽を通じた東北地方太平洋沖地震被災者支援活動も行う PHOTOGRAPH BY ZAKKUBALAN © 2020 Kab Inc.

坂本龍一(RYUICHI SAKAMOTO)
音楽家。1952年東京生まれ。1978年『千のナイフ』でソロデビュー。同年『YMO』を結成。散開後も多方面で活躍。『戦場のメリークリスマス』で英国アカデミー賞を、『ラストエンペラー』の音楽ではアカデミーオリジナル音楽作曲賞、グラミー賞他を受賞。環境や平和問題への言及も多く、森林保全団体「more trees」の創設、「stop rokkasho」、「NO NUKES」などの活動で脱原発を表明、音楽を通じた東北地方太平洋沖地震被災者支援活動も行う
PHOTOGRAPH BY ZAKKUBALAN
© 2020 Kab Inc.

 新しい暮らし方としてまず考えつくのは、都市に密集して住むのをやめ、分散化することです。郊外に住む人が増えるでしょうね。ニューヨークでもコロナ禍が始まった途端、郊外の物件情報ばかりが目立つようになりました。都市から逃げ出すお金のある人からどんどん外に逃げてゆくのでしょう。見えないかもしれませんが、日本もそうなのだと思います。都市にあるオフィスの規模も小さくなりつつあります。マンハッタンの巨大な高層ビルの中にはたくさんのオフィスが入っていますが、個人も、会社も再びオフィスに戻ってこようとは思っていないでしょう。密集して働けば危険が増します。第二波、三波が起こるコストを考えると、テレワークを続けた方がいい。都会で暮らす人が減るとすれば、飲食業やエンターテインメントは厳しくなります。でもそれも趨勢なので、それでも生き残ってゆく方策を考えなければなりません。

 経済的に余裕があれば食糧と安全性の確保ができ、ネットを使えば情報の確保ができます。しかし、国レベルで踏み出さないと、なかなか一般の人々までは行き渡らない。これまで国は必要とは思えない巨大な公共投資をやってきましたけれど、これは非常に有効な、巨大な公共投資になりえるのではないでしょうか。様々な安全性を高めて都市を作り直す。僕は公共投資を進めたい派ではないですし、行政とか政治はわからないので勝手なことを言いますが、早急に考える価値はあると思います。(続きを読む)

SOURCE:「A Book in the Time of COVID-19 ーVol.1 Ryuichi SakamotoBy T JAPAN New York Times Style Magazine:JAPAN BY JUN ISHIDA JUNE 19, 2020

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