一本の花を求め、花屋さんに立ち寄る人が増えたという。たった数カ月で変容した私たちの暮らし。花や緑とともに生きる4組から聞いた心に作用する花の物語
宮原圭史、山下郁子|TSUBAKI
大丈夫、私たちのそばにいつも植物がある
住宅地の一角に突如現れる大きな枝垂れ柳の前庭。奥にはさまざまな表情の植物が隠れている。花と緑をデザインするTSUBAKIの宮原圭史と山下郁子は、暮らしも仕事も同じ空間で日々を過ごす。
植物に包まれたような心地よいリビングダイニングも、彼らのアトリエの一部。大胆に配された緑とそこかしこに生けられた草花から、やわらかな気配が流れる。「庭の木々や室内の植木は家族のような存在で、ともに生きることに喜びを感じています。部屋にしつらえる切り花は、まるで香水のように一瞬にして気持ちを変えてくれます。遠く離れた場所で起こっている季節の移り変わりもそばで感じられます」
自粛期間中、仕事の中止はあっても、ふたりの心が大きく不安へと傾くことはなかった。「視界にはいつもと変わらず植物が育っていました。風に揺れ、芽吹き、花を咲かせ、移り変わる姿、そのまぶしいほどの輝きを見ていると、自然と心は前を向くものです。私たちも環境に適応して生き抜こう、と励まされることが何度もありました」
制作も食事も、寛ぎのときも、ふたりのそばにはいつも植物がある。そして心を、整えてくれる。
谷 匡子|doux.ce
花はあなたへの手紙 命の巡り
庭先からその日の美しさを手折り束ねる。やわらかな緑のグラデーションに朝咲いたばかりの桔梗、紅一点のジニア......それらを白布で包み、糸で縫い留めるか封蠟してとじ、自ら集めた古く美しい紐やリボンを結ぶ。花はあなたへの手紙。そう思いを込める挿花家の谷 匡子(まさこ)は、花を通して命を伝える人。「花はその瞬間瞬間で輝かしさを見せてくれます。先々に不安のある時代だけれど、花を見ていると、今日が最高だという生き方をしたいと思います」
一方で、輝かしさの裏側、季節の裏側も見つめたいと言う。「鮮やかな色で咲いた紫陽花が、少し時間をおくと色が抜けて、また別の美を見せてくれる。枯れた花の横から新芽が出る。その共存がとても美しい」。人も同じ。若いときにしか放てない輝きを経て、さらにもっと深い美しさが生まれる。
谷は、「その人なりの花」と題して目の前の「あなた」のために花束をつくることがある。
「今日、その人の一番輝いている部分と花を引き合わせます。あなたの今一番いいところを、もっと好きになってもらいたい」。今のままでいい。今のままで十分だと、誰も見ていなくとも人知れず咲き、刻一刻と姿を変えていく花が教えてくれる。(続きを読む)
SOURCE:「As Ever They Grow」By T JAPAN New York Times Style Magazine:JAPAN BY YUKO MORI, PHOTOGRAPHS BY MASANORI AKAO SEPTEMBER 25, 2020
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