北欧のファッションブランドのために斬新なブティックを設計してきた建築家夫妻。彼らが自分たちのために建てた別荘は、意外なほど質素な建物だった
ストックホルムでデザインスタジオ「ハレロエド」を営むクリスチャン・ハレロエドは、妻のルクサンドラとともに、ファッションの店舗設計を数多く手がけてきた。ひとつはスウェーデンのファッションブランド「アクネ ストゥディオズ」。その9店舗の中には、マットなステンレススチールの巨大な壁、打ちっぱなしコンクリートやテラゾーの床、コンクリート柄のカーペットなどが、業務用の食肉貯蔵庫を思わせるようなものもある。とはいえ、決して冷たい雰囲気ではなく、オーストリアのクラシックなスパにいるようなすがすがしさを感じさせ、アクネの落ち着いた色みの服もグレーの背景にむしろ明るく映える。単一素材(節のあるニレ材や、ダイヤモンドのエンボス加工を施したアルミニウムの壁)を継ぎ目なく用いることで広さを感じさせ、目を引く同一色の面(床一面に敷きつめたピオニーピンクのカーペット、クリスタルブルーのスチールラック)を組み合わせるといったハレロエドのモダンなデザインは、若い北欧ブランドの注目を集めている。こうしたブランドの実験的なアプローチに挑戦する姿勢とハレロエドのそれが共鳴し合った結果だろう。
クリスチャン・ハレロエドは1998年にストックホルムで事務所を立ち上げた。そのとき、彼は46歳。2015年に当時39歳だった妻のルクサンドラが参加した。ハレロエド夫妻の設計したブティックは非日常的な雰囲気を醸し出しているものの、天然素材へのこだわりとスウェーデンの伝統工芸への愛があふれている。たとえば、フレグランスやレザーグッズのブランド「バイレード」のニューヨーク店には、ガラスレンガの壁とハンノキの棚を設置。レディスブランド「トーテム」ではストックホルムのタウンハウスに白っぽいシナノキ材の壁板を張った。クリスチャンが家具デザインと制作を学んだカール・マルムステン校(現・リンショピン大学マルムステン家具研究科)は、“北欧家具の父”と呼ばれ、北欧スタイルの礎を築いたカール・マルムステンが1930年にストックホルムに創立した学校だ。1998年に卒業したクリスチャンは、主に国内のオフィスの内装業者向けに家具を造り始めた。そして、その経験が現在の建築や内装の仕事へとつながっていった。
2017年にハレロエド夫妻が5歳の娘イオランダと休暇を過ごすために、ブリード島に建てた約102平方メートルのこぢんまりした別荘について、ルクサンドラは「驚く人がいるかもしれない」と言う。細部に至るまで緻密に計算され、都会的な雰囲気が際立つハレロエド夫妻のこれまでの作品を考えれば当然の反応と言えるだろう。夫妻がブリード島を選んだ理由は、ストックホルム中心部にある60年代の自宅アパートから車で2時間弱という近さ――日常を忘れてリラックスするには十分な――だったからだ。クリスチャンは言う。「もっとストックホルムに近い、素敵な場所もあります。でも、自宅に近いことより、自分たちならではの空間が欲しかったのです」。ブリード島はストックホルムから北東に56kmほどのところに位置する。バルト海に浮かぶ3万ほどの島々からなるストックホルム群島の中では一番遠い有人島のひとつだが、漁師にとって理想の地であったことから、16世紀頃から定住が始まった。夏は行楽客でにぎわうが、島のコミュニティには強い結びつきが感じられる。雑貨店や農場ではシープスキンのラグが売られ、家屋の大半がスウェーデンの伝統的なコテージ・スタイルだ。
人口の少ない島の南岸にあるハレロエドの別荘は、細いマツの木に囲まれ、飾り気のない立方体の建物が、コケに覆われた森の地面から少しだけ顔をのぞかせているかのようだ。厳密に言えば、この建物はこの地で造られたものではない。仕事の都合で、夫妻が現場で監督することができなかったため、スロベニアの工場で仕様書に従って組み立てられた家の部材を、少しずつ船でブリード島まで運んできたのだ。スギ板の外装にはハチミツ色の塗装を施し、屋根はアルミニウムだが、夫妻のスタジオが手がけてきた作品より有機的な感じがする。伝統工芸や天然素材(とりわけ木材)へのこだわりはここにも見られ、家じゅうの床に節のあるトウヒの無垢材を使い、18世紀からスウェーデンの家屋に使われてきた伝統的な塗料「ファールンレッド」をイメージした、光沢のある濃い赤茶色の塗装を施すことで、温かみのある内装に仕上げている。
家は中央で幅約9mの壁で仕切られ、最大天井高は約7mだ。壁は厚さ約10cmのトウヒの大きなクロスラミネート材(繊維方向が直交するように重ねて接着した木材)2枚で造られていて、玄関上部がその継ぎ目になっている。東側にはこぢんまりしたベッドルーム2部屋、バスルームと約20m²の来客用ロフトがある。西側の開放感のある吹き抜けのリビングは、フロアに段差を設けることで空間を緩やかに分け、ふたつのエリアを造りだしている。鋳鉄製の薪ストーブを囲む読書スペースから一段上がると、ダイニングキッチンになる。朝食用のコーナーにはスウェーデン産パイン材で造られた備えつけのベンチがあり、シープスキンとリネンのカバーが掛けられている。
間仕切りにウォルナット材のキャビネットと電化製品を組み込んだキッチンで、ブルーベリーパイの生地をのばしていたルクサンドラが、頭上の壁にくりぬかれた幅約2mのそら豆形の穴を顎で示した。そして、これまでとは異なる、この別荘の即興的なアプローチについて説明した。ストックホルムのスウェーデン王立工科大学で建築を学んだ夫妻は、建築家らしく、直線や対称性に惹かれる傾向がある。「今回は最初に来客用ロフトの四角い窓をデザインしてみました。でも、まったく面白味に欠けていたんです」とルクサンドラは振り返る。デザインプロセスの途中で、彼女はとりあえず腎臓あるいはそら豆のような形を図面に描いてみた。その後、ふたりともそれに手を加えることはなかった。「いつもなら、もっと厳格なデザインをするのですけれどね」(続きを読む)
SOURCE:「A Quiet Place」By T JAPAN New York Times Style Magazine:JAPAN BY ALICE NEWELL-HANSON, PHOTOGRAPHS BY NIN SOLIS, TRANSLATED BY FUJIKO OKAMOTO OCTOBER 13, 2020
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