「わずかな隙を狙う水球のスリルを楽しんで!」水球界の注目アスリート荒井陸選手にインタビュー

「水球王子」の愛称で親しまれる、話題のアスリートをご存じだろうか。その名の通り、水球の日本代表メンバーとして活躍する彼の目標は、「オリンピックで勝利して、水球の魅力を広める」こと。昨年開催予定だった東京オリンピック前に約束していた取材が、コロナ禍を経て、昨年末の練習日についに実現(2度目の緊急事態宣言前)。スポーツ選手として葛藤の絶えなかった2020年の終わりに、思うことは? 人生最大の壁からモチベーションのもとまで、爽やかな王子スマイルの奥に潜む、荒井陸選手の熱きスポーツ魂に迫る!

荒井陸(あらい・あつし)1994年2月3日、神奈川県生まれ。日本体育大学在学時の2012年、日本代表チームに選ばれる。2016年から約1年間、水球大国・ハンガリー名門クラブ「HONVED」に所属。現在は「Kingfisher74」。水球日本代表であるポセイドンジャパンの一人。水中の格闘技と呼ばれる水球界では身長2mクラスの選手が多い中、168cmで戦う姿は「小さな巨人」。

無敵だった幼少期。唯一、水球だけができなかった

「わずかな隙を狙う水球のスリルを楽しんでの画像_1

荒井選手が水球を始めたのは、小学3年生のとき。神奈川県の実家からほど近いスイミングクラブで習っていたお兄さんの影響で、練習に参加したのがきっかけだ。 

「子どもの頃からスポーツが好きで、サッカーを習っていました。自分で言うのもなんですけれど、運動神経が良くて。運動に関しては、大体のことが人よりもうまくできたし、自分に不可能はないと思っていたんです。

それなのに、水球の練習に参加したら、何もできなかった。点を取れないどころか、ボールにすら触れない。水に浮いているだけで精一杯だったんです。そんな様子を見た兄にからかわれたのが、心底悔しくて(笑)。絶対に見返してやる!という反骨精神から、水球を習うようになりました」

「水球を続けたい」。そう思ったことは一度もない

「わずかな隙を狙う水球のスリルを楽しんでの画像_2

インターハイや国体優勝への憧れを抱くようになり、兄の背中を追って水球の名門・秀明英光高等学校に入学。3年間、自宅から片道約2時間半をかけて通学した。

「どんどんのめり込み、中学生の頃には、自然と水球が生活の中心になっていました。高校生活はとにかくハードでしたが、僕にとっては、挑戦することと楽しさが勝った。よく、“水球を続けたいと思ったのはいつ?”と聞かれるのですが……水球について、そんなに深く考えたことがないんです(笑)。水球をすること以外の選択肢がなかったので」

初めて挫折を味わったのは2016年、水球大国・ハンガリーで

「わずかな隙を狙う水球のスリルを楽しんでの画像_3

世界のステージで戦うことを夢見て日本体育大学に入学し、1年生のときに日本代表合宿に参加。2013年のワールドリーグで日本代表デビューを飾った。「水球以外の選択肢がない」という強い意思を輝かしいキャリアで体現してきた荒井選手だが、水球大国・ハンガリーのチーム「HONVED」所属時に初めての挫折を味わう。

「それまでは、自分自身にチャンスメイカーとしての役割を課していました。点を取れる選手はたくさんいるから、彼らのサポートをするべきだ、と考えていたんですね。ただ、ハンガリーで求められたのは点を取ること。どんなにサポートをしても、点が取れないと評価されないんです。よって、僕は全く試合に出させてもらえず……水球人生で初めての挫折でした。

向いていないとは思いながらも、試合に出たい一心で練習を重ねると、次第に点が取れるように。実際に点を狙うようになると、貪欲さが増して、技術全体がブラッシュアップされたんです。精神的にも肉体的にもしんどかったですが、あの経験がなかったら、今の僕はない。水球にハマったきっかけもそうですが、悔しさや挫折なくして成長はできないと、素直に思います」

人が優しく街も美しい。ハンガリー、一押しです!

「わずかな隙を狙う水球のスリルを楽しんでの画像_4

ハンガリーの「HONVED」に在籍していた約1年間を過ごしたのは、首都ブダペスト。試合のために世界各国を訪れてきた荒井選手だが、群を抜いて好きな街だとか! 

「まず、人が優しい。チームメイトはあたたかく受け入れてくれ、オフの日も一緒にお寿司を食べに行ったり。辛い時期を乗り越えられたのは、彼らのおかげです。電車でも席を譲り合うなど、マナーを重んじる文化は、日本に近いように感じました。街も美しく、ぶらっと散歩をするだけでリフレッシュできる。海外旅行ができるようになったら、ぜひ、訪れてみてください!」

散歩、カフェ巡り、買い物。休日は必ず外出する派です

「わずかな隙を狙う水球のスリルを楽しんでの画像_5

日本でも、暇さえあれば散歩をしているという荒井選手。オフの日は街歩き、カフェ巡り、買い物が定番。ファッションも好きで、なかでもパンツ選びには並ならぬこだわりが。 

「練習の合間も散歩したりと、とにかく、じっとしているのが苦手なんです。だからどんなに疲れていても、休日は必ず外出しますね。普段はジャージばかり着ているので、ちゃんとおしゃれして出かけたいんです(笑)。国産ブランドが好きで、PUBLIC TOKYOUNITED TOKYOは頻繁に覗きます。一番こだわっているアイテムは、パンツ。ポケットの形や位置など、かなり吟味します」

憧れは、大谷翔平選手。ロサンゼルスまで観戦しに行ったことも

「わずかな隙を狙う水球のスリルを楽しんでの画像_6

甘いマスクと肉体美に加え、今どきの趣味も、“水球王子”と親しまれる所以? そんな愛称についてどう感じるか尋ねると、「素直に嬉しいです。実生活では、全くモテないんですけどね」と苦笑い。さらに、憧れのスポーツ選手を聞いてみた。

「たくさんいますが……ひとり挙げるなら、大谷翔平選手ですね。外見はもちろんですが、メジャーリーグでプレイするという夢を叶えただけでなく、大活躍しているところが本当にかっこいい。ロサンゼルスまで試合を観に行ったのですが、彼の人気を目の当たりにして、唖然としました。グッズの多さもだし、彼がマウンドに登場したときの歓声は、ほかの選手と桁違い。良い刺激をもらい、憧れる存在です。

スポーツ選手にとって、ファンの方の存在はモチベーションになるし、応援はいい意味でのプレッシャーになるんです。水球は、日本ではまだまだマイナー。自分が大好きなスポーツだからこそ、たくさんの方にその魅力を伝えるために、SNSなどにも力を入れています」

Instagram(@a2desu)やYouTubeチャンネル(荒井陸/Atsushi Arai)で、練習のオフショットやプライベートを公開中。

東京オリンピックの延期は、正直、かなりヘコみました

「わずかな隙を狙う水球のスリルを楽しんでの画像_7

「自分を成長させてくれた水球に貢献したい」という想いから、水球の魅力の拡散をライフワークとして掲げる荒井選手。その最大の機会の場となるはずだったのが、2020年に開催予定だった東京オリンピック。延期の発表を受けた当時を振り返り、こう語る。

「正直、かなりヘコみましたね。絶対に勝たないといけない!と、突き詰めてきた矢先のことだったので、なおさらショックが大きかったです。自粛期間は練習もできず……あれほど長い期間、水球をしなかったのは初めてだったので。いろいろな変化に体も精神も追いつかない状態でした。

ただ、時間とともに心も落ち着いて。せっかくの機会だから、普段できないことをしよう!と気持ちを切り替えました。のんびりランニングをしたり、1日中ドラマや動画を観たり。なかでも韓国ドラマにハマって、夜通し観ちゃいました(笑)。練習で忙しい日々にはできず“いいな”と思っていたことを全てやり終えたとき、改めて、水球の楽しさ、水球をできることの幸せに気づいた。そして、またイチから頑張ろう、と思えるようになりました」

水球用のプールって、じつはかなり深いんですよ!

「わずかな隙を狙う水球のスリルを楽しんでの画像_8

現在は先に控える東京オリンピックに向けて、猛特訓に勤しむ日々。今回は、そんな練習中にお邪魔して撮影を行った。すると、想像を絶するスピード感あるパス、隙を狙うための鋭いシュートの迫力に、スタッフ一同大興奮! 当日は(深さのない)通常プールでの練習だったが、ゲームの面白さを垣間見た。また、取材日には見られなかったが激しいボディコンタクトや個人技など見どころも多い。

「意外と知らない方が多いのですが、水球って、泳ぎながらプレーしているんです。つねに足がつかない状態で、ボールも片手でしか扱えない。その2点を知るだけで、試合のスリル感がぐんと増すはずです」

損はさせません! 一度、試しに観戦してみてください

「わずかな隙を狙う水球のスリルを楽しんでの画像_9

「また、日本の水球はスピード感が特徴ですが、ヨーロッパのチームとの対戦では摑み合いなど、体当たりなプレイも続出。ボールゲーム、格闘技、水泳と、様々なスポーツの魅力がぎゅっと詰まっているんです。損はさせない自信があるので、ぜひ一度、観戦してみてください!」

「わずかな隙を狙う水球のスリルを楽しんでの画像_10

photos: Ayako Kichikawa text: Ayano Nakanishi 

FEATURE
HELLO...!