2021.02.19

誰の心にも、火は灯っている。坂口恭平の「情熱はまた昇る」

作家、建築家、音楽家、画家、料理家、編み物作家、詩人、最近は畑も始めた。好きなこと、興味があることはとにかく何でもやってみたいし、トライしてみる。その表現は膨大で、ただがむしゃらに動いているように見えるけれど、実は「好きなことを続けるにはちゃんとしたマネジメントが必要」だという。私たちが日々を生きるために、パッションを呼び起こすには?

情熱は自然のものであり、生き物。ちゃんとアウトプットすることが大事

誰の心にも、火は灯っている。坂口恭平の「の画像_1
編み物が好きで、セーターの展示をしたこともある。取材当日に着ていた赤いセーターも自分で手編みしたもの。「完成まで3カ月かかりました。原稿で考えると、僕は1カ月で300枚書くので900枚ぐらいの長編を書いているのと同じ感覚ですね。楽しかったです」

 僕はいろいろな活動をしているので、周りからはすごい熱量がある人だと思われているかもしれませんが、自分ではそういう意識はなくて、ただ好きなことをやっているだけ。しかも、好きなものを見つけると「欲しい」ではなくて、「同じものをつくりたい」と思ってしまうんですよね。それこそ2020年からパステル画を描き始めたんですが、もともとはモネの絵が好きで、モネみたいに描きたいと思って、今ではモネよりすごいものを描きたいと思っています。それぐらい好きになる。好きだから続くし、上達も早いんですよ。好きなことをしている限りは、努力という概念もないですからね。
 今着ているこのセーターも自分で編んだんですけど、編み物が好きになって、楽しく手を動かしていたらできました。あとは、革のバッグも自作です。サイズ的にすごく気に入っていたエコバッグがあって、でも素材が布だから、すぐにしわくちゃになってしまう。もうちょっといい感じに長く使えないかなと思って、じゃあ革でつくったらどうなんだろうって考えたんです。それで以前、革靴をつくったときに知り合った大阪の職人さんに連絡して、革の切り方とか縫い方とか、最低限の製法だけを教えてもらって、全部自分でつくってみました。
 だから、僕の場合、本当に好きなことをやっているだけなんですよ。ただ、好きなことを満足のいく形で楽しみたいから、手を抜かないし、そのための準備や計画はちゃんとします。そこは徹底的に考えていますね。

 

日課にすると無理なく自然に続けることができる

 情熱ってアグレッシブに突き進んでいくイメージがありますけど、どんなに好きなことであっても、物事をちゃんと遂行するにはノリや勢いだけではダメなんです。自分が満足する形で、しかも継続していくことを考えたら、ちゃんとしたマネジメントが必要。だから、僕は“日課”をつくるようにしています。
 普段は夜9時に寝て、朝4時に起きる生活を送っているんです。そうすると起きてから朝9時まではほとんど誰にもじゃまされることがないので、その時間は原稿を書くことにあてています。原稿って毎日作業していないと書けなくなるんですよ。そんなわけで、毎日10枚書く。これで年間3000枚以上は書けます。もちろん、最初に始めるときはゼロの状態からスタートしないといけないので、けっこうな労力です。でも、続けていくうちに推進力が身についていって、日がたつごとにどんどんラクにすーっと進んでいくようになるんですね。
 こういうふうに日課にすると無理なく自然に続けることができます。そうやって持続していくとルーティンになって、気づけば当たり前のようにできているから、情熱みたいなものがほとんど必要なくなってくるんですよ。あと、日課があるとスケジュールが計算しやすくなります。たとえば3カ月後に展覧会があったとして、そこで300枚出すとなったら、月に100枚描かないといけない。ということは、1日3~4枚描けばいいんだなってことがわかる。日課をつくると何をすればいいかがはっきりとクリアになるから、その点でもいいんですよね。
 やりたいことはできる範囲で日課にして、何をするにしてもとにかく無理をしないことが大切だと思うんです。無理をしてやって、いいことなんてほとんどありませんから。それよりも自分自身が楽しむこと。楽しくしていると鬱になりません。鬱になる人は楽しみがないからなんですよ。楽しみは誰でも簡単につくることができます。まずはあれこれ考える前に動いてみればいいんです。そうやってひとつずつ「楽しいかどうか」を確認してみる。そうすれば自分に合うものは何かしら見つかると思います。簡単ですよね。

誰でも自分の中に情熱を傾けられるものはある

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 僕は10年くらい前から「いのっちの電話」というのをやっていて、自分の携帯電話の番号(090-8106-4666)を公開して、自殺願望や悩みを抱える人たちの相談に乗っています。これまでに2万人近くの声を聞いてきましたが、「好きなことがない」「やりたいことがない」「情熱を注ぐものがない」と嘆く人はたくさんいました。
 ただ、そういう人にたとえば「ハンバーグとアイスクリームはどっちが好きなの?」って聞いたら、ほとんどの人はどちらかを選びます。だから、好きなことがないと言ってる人も2択にすれば何かしら見つかる。みんな、好きのハードルが高すぎるんですよ。僕はいろいろやってますけど、好きになるハードルはめちゃくちゃ低いですからね。夢とか情熱って壮大であればあるほど望ましいみたいな雰囲気があるじゃないですか。でもそんなことはなくて。「おいしいアイスクリームを食べたい」ということから始まっても全然いいと思うんです。
 パッと思いついた欲しいものをそのままつくってみる、でもいいと思います。まずは欲望を見つけて、その欲望の赴くままに体を動かせばいいんです。ちゃんと探せば誰でも自分の中に情熱を傾けられるものはあるのに、それがうまく出せなくて、便秘になっているだけ。情熱の便秘ですね。うんちも情熱もちゃんとアウトプットしないと不健康ですから。
 同じような話で、「以前は情熱があったのに、最近はなくなってしまった」という人もいます。情熱というのもひとつの自然物なので、太陽が昇っては沈むように、情熱もまた昇ることもあれば沈むこともあるんです。そのこともちゃんとわかっておかないと沈んだときに、「情熱がなくなっちゃったかも」って悩んでしまうんです。
 では、情熱がなくなったなと感じたときに何をするかといったら、すっぱり全部やめてしまえばいいんです。ちょっと情熱が途切れたので、やめさせていただきますと。僕のパステル画だって今は盛り上がっているからいいけど、もし自分の中で飽きてしまったら、いくら売れるからシリーズにして出しましょうと言われても出しません。もう情熱は通り過ぎてしまっているので。さっき情熱というのは自然物だと言いましたけれど、生き物みたいなものでもありますからね。情熱が尽きたらスパッとやめて、次の好きなことを探したほうがいいと思います。
 とはいっても、やっぱり好きなことに打ち込んでいるときって気持ちいいじゃないですか。飽きたならやめればいいけど、できればTo be continuedみたいに気持ちいい状態がずっと続くことが理想ですよね。すぐに燃え尽きてしまうのではなく、楽しいことはできるだけ長続きさせる。そのためには無理をしないこと。だから、マネジメントが必要なんです。

 

PROFILE
1978年、熊本県生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。2004年に路上生活者の住居を撮影した写真集『0円ハウス』(リトルモア)を刊行。以降、ルポルタージュ、小説、料理書など多岐にわたるジャンルの書籍、音楽などを発表し続けている。2020年11月には、約120点のパステル画を収めた画集『Pastel』(左右社)も発表し、個展も開催。Twitter: @zhtsss

SOURCE:SPUR 2021年3月号『誰の心にも、火は灯っている 坂口恭平の「情熱はまた昇る」』
photography: Hidetoshi Narita interview & text: Masayuki Sawada

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