クールな表情が魅力でモデルとして、また俳優としても注目を集める中山咲月さん。活躍の陰で、自らのアイデンティティに悩みもがき苦しむ日々を送ってきたという。自己との対話を繰り返す中で、最近になって新たに得た気づきや、決意について語る。
PROFILE
なかやま さつき●1998年、東京都生まれ。モデル活動のほか、俳優としてTVドラマや映画、舞台でも活躍する。3月26日より期間限定上映される『ゼロワン Others 仮面ライダー滅亡迅雷』、4月3日、4日に上演・配信された多視点オンライン演劇「スーパーフラットライフ」に出演。自ら手がけるブランド「Xspada」も人気。
社会が決めた枠を超え、「中山咲月」というひとりの人間として生きていきたい
ファッションが好きになれず悩んだ中学生の頃
瞳が強い、と思う。カメラを見つめる中山咲月の瞳は、はっとするほどの強さを放つ。とはいえ他者を威圧するような鋭さではなく、意志の強さが感じられるもので、そしてとてもやさしい。やさしさの理由は、まなざしの裏に苦悩が隠れているからかもしれない。
ローティーンの女の子向けファッション誌の専属モデルとしてデビュー。活躍の場を広げてからは、クールな“ジェンダーレスモデル”として、唯一無二の存在感で知られるようになった。俳優としても活動し、映画やTVドラマで中性的な役柄を演じて話題を呼んだ。イベントに出演すれば、服装や髪型をそっくりにまねした大勢の女性から黄色い歓声を浴びる。昨年は「仮面ライダーゼロワン」(テレビ朝日系)に出演し、ファンの幅がいっそう広がった。順風満帆とも言えるこれまでの活動だが、その裏で中山さんは、ずっと自らのアイデンティティに悩み続けてきた。
「性別の枠組みに対する息苦しさを、ずっと感じていました。最初に意識し始めたのは中学生の頃でした。ローティーンモデルの仕事で着る可愛らしい服が、どうしても好きになれなかった。ほかのモデルの子たちが『この服が好き』『この服が可愛い』と話しているのを聞きながら、なんで自分はファッションが好きになれないんだろうと悩んでいた。そこが自分の中で最初の分岐点でしたね」
そんな状況を変えるきっかけになったのは、偶然目にした韓国ファッションのオンラインショップで、モデルを務めていた女性の姿だった。最初は男性かと勘違いしたほどカッコよくクールなアイテムを着こなす姿を見て、自分もこういう服を着ていいんだと気づいたという。
「中二くらいまでは、おしゃれが好きになれなかったこともあり、親に服を買ってもらっていたんです。親から与えられた、いかにも同年代の女の子が着ているような服を着て、うれしいとも嫌だとも言わずにいた。そんな自分が、初めてメンズファッションに触れたとき、『これを買いたい!』と自己主張したんです。それからはどんどん洋服が好きになっていきました。今も年々、ますます夢中になっていますね」
メンズファッションが好き。そう気づいてからも、なかなかそれを表に出すことができなかった。ティーン誌のモデルとして私服を公開するときには、可愛らしい雑誌のテイストに合わせるようにしていた。本心を隠すような行為は、「メンズの服が好きなのはやっぱりよくないことなんだ」という、自分を否定する思いにつながってしまう。そんな中山さんを変えてくれたのは、進学した高校で出会った個性豊かな友人たちだった。
「女子校で、おしゃれな子が多かったんです。サブカルっぽいスタイルが好きな子、ロリータファッションの子、すごくカラフルな服を着ている子……いろいろでした。彼らと私服で遊ぶのが、すごく楽しくて。みんな、ただただ自分の好きな服を着ていて、他人の目を気にしたりしない。友人たちのおかげで、メンズファッションを着てはいけないのかなという思いはなくなりました」
SNSでも、思いきって自分の私服やパーソナリティを発信し始めた。うれしい驚きだったのは、否定的な声がほとんどなかったことだ。「カッコいい!」というポジティブな反応を受け、自分らしさを表現することに自信がついた。やがて「ジェンダーレスモデル」と称されるようになった中山さんは、新しい時代を象徴する存在として注目されるようになった。だがそこにはいつも、かすかな違和感があった。
自分の中の違和感と向き合い、導いた結論
当時の中山さんは、自身の性別にまつわるアイデンティティや価値観について問われるたびに、「自分はメンズの服が好きなだけです」と言い続けていた。ある意味では、そのほうが楽だと思えたからだ。たとえ心の奥にある違和感がごまかしきれないほどになっていたとしても、本当の気持ちを公表するのは、ものすごく怖いことだった。
「自分の性格として、我慢してやっていこうと思えばやれてしまうんです。でも、自分に嘘をついていると、その場はうまく収まっても、最終的にいい方向へは進まないなと、最近になって気づきました。性別のことに関しては、自分でもずっと答えが出ていなかったんです。女として生まれたのだから仕方ないとはいえ、当たり前に女らしさを求められると、ものすごくつらい。『それじゃあ男なの?』と聞かれると、答えるのが難しくて困ってしまう。昔から、自分の中にちょっとでも違和感があったり、やっていてつらかったりしたら、それは正しい答えじゃないんだと思っていて。だから自分のモヤモヤと、とことん向き合いました。親しい友達に相談したりもしましたが、すごく難しいんです。自分自身もどこかで、性別の枠組みにとらわれているんだと思います」
自問自答を繰り返した中山さんは、ひとつの結論に達した。
「社会の決めた枠組みに、できればこだわりたくない。『中山咲月』という、ひとりの人間として見てもらえたら、それがいちばん居心地のいい状態です。でも、それを周りに強要したくはないんです。自分が枠組みを強要されてずっと嫌だと思ってきたからこそ、人にも何かを押しつけたくはない。とはいえ自分の悩みは特殊なものではなく、いろいろな人に共通するものだと思っています。性別に限らず国籍や人種など、社会の枠組みはいろいろなところにあるので。誰に対しても、先入観にとらわれず人間として接することができたらいいですよね」
よりよい未来を信じて、傷ついてもまた強くなる
昨年、中山さんはセルフプロデュースのファッションブランド「Xspada(エクスパーダ)」を立ち上げた。コンセプトは、性別も年代も関係なく、あらゆる人に着てもらえる服。既存のカテゴリーを超える服は、まさに中山さんの生き方を反映したものだ。
「メンズウェアは、着てみたいと思ってもサイズが大きすぎて着られないことが多い。自由に好きな服が着られたらいいなと思い、『だったら自分で作ってみよう』と始めました。メンズウェアのシルエットを意識していますが、女性にも手に取ってもらいやすいように、メンズアイテムとして販売してはいないんです。自分も、最初はメンズ服を手に取るのに勇気が必要だったので、そこは意識していますね」
活躍のジャンルを広げながら、表舞台に立って発信し続けるのには、「自分のような人のことを知ってもらいたい」という強い思いがある。
「こういう問題は、理解してもらうのがすごく難しい。最初は否定したくなる気持ちもよくわかります。だからまずは、ただ知ってもらいたい。そのためには、自分が表に出るのがいちばんだなと。発信することで、誰もが否定されず受け入れてもらえる世の中になればいいなと思うんです」
もちろん、今でも苦しむことはいくらでもある。成人式は、「女性は振り袖を着るもの」という社会通念があまりにもつらくて、出席することができなかった。衣装やメイクアップに違和感を覚えることも多い。数え上げればきりがないほどの「社会的には当たり前とされていること」が、あらゆる方向からじわじわと中山さんを苦しめる。自分の中の違和感だって、日常生活ではつらいストレスになる。
そんなとき、中山さんが大切にしてきたのは、どんな形でもいいから心の中のモヤモヤを吐き出すことだ。
「自分には、つらい気持ちを聞いてくれる友達がいて、すごく助けてもらっています。彼らの存在はとても大きいですね。あらゆる人に、そういうふうに吐き出せる場があればいいと思うけれど、誰かに話すのはハードルが高いなら、SNSでもいいと思います。中山のブログのコメント欄でもいいですよ(笑)。匿名でもいいからどこかに悩みを吐き出すことで、少しでもすっきりして前を向けるなら、すごくいいことだと思います」
そして中山さんは、落ち込んだ経験を原動力にして、前に進んできたのだと語る。たとえば「(女の子らしくて)可愛いね」と言われるたびに、「そんなふうに思われないくらい、もっとカッコよくなってやろう」と、鼓舞してきたという。自分を否定されるような経験が多かったからこそ、それに抗うことで個性をつかんできた。そんな中山さんの強さの背景には、世界が少しずつよくなっていくことに対する揺るぎない希望がある。
「心のどこかで、今のつらい状況はいつかなくなると思っているんです。自分みたいな人が当たり前に存在して、ひとりの人間として扱ってもらえる世の中が、いつか絶対に来ると信じている。そんな未来を実現するために、諦めず、落ち込まず、つらいことを糧にして強くなっていけたらと思っています」
いつかきっと、夢にまで見た未来がやってくる。それは窮屈な枠組みが消えて、誰もが当たり前に尊重し合える世界。中山咲月の強くやさしい瞳は、そんな世界をまっすぐに見つめている。
今回の撮影で着用したのは、アクセサリーも含めすべて私物。ヘア&メイクアップも本人による。
「もともとスタイリッシュな服装が好きですが、最近はストリート風のアイテムが気になります。自分でブランドを立ち上げてからどんどん新しいものが気になるようになってきましたね。ヘアは最近、襟足を伸ばしています。ずっとショートカットなのであまり気づかれないのですが、微妙に変化しているんです(笑)」と中山さん。指には自身がモデルを務めるキングリーマスクのリング。シルバーのアクセサリーを重ねるのが定番だ。
SOURCE:SPUR 2021年5月号「対話を通して見つけた「自分」 中山咲月、あるがまま」
photography: Michi Nakano interview & text: Chiharu Itagaki