スクリーンやTV画面の中の彼女は、会うたびに別人だ。そこに映るのは、過不足なく、彼女が演じる役柄だけだから。では、池脇千鶴という女性はいったい何者なのか? めったにメディアに登場しない彼女の素顔をスナップした!
華やかなブラックドレスをラフに着くずす週末
「夏はワンピース、着たくなります。ドラマでは毎日ドレスにピンヒールで足がボロボロになりましたが(笑)、普段、靴はほとんどぺたんこ派です」。ペーパーバッグウエストが目を引くースリーブドレスを、スポーティな小物でカジュアルダウン。
リラクシングでありながら高揚感をもたらす白の力
ショート丈のポンチョ型トップスはクラフト感漂う素材選びがポイント。ワイドパンツとのリラクシングなスタイルで、無邪気な子どものような表情に。「映画祭や舞台挨拶では、黒を着ることが多いので白は新鮮です」。
着心地のいいコットンドレスでニュートラルな自分に戻る
シンプルながら、フロントのステッチや裾のティアードデザインがさりげなく主張する1枚はジャパンブランド「RUMCHE」からセレクト。「実は裾に1カ所、深めのスリットが入っていて。動くたびにふわふわするのも可愛い。こういう感じ、私服でも選びがちです」。
チェック柄のシャツドレスのクラシカルさと、太めの袖に比してぐっと細くシェイプさせたウエストラインのフェミニンさ。彼女のアンビバレントな魅力によく似合う。
美しくありたいと思ったことがないんです
「『SPUR』は好きな雑誌なので、取材のお話をいただいて、久しぶりに雑誌に出てもいいかなと思いました」
まるで生身をさらすように無防備に、池脇さんはカメラの前に立っていた。旧知のスタッフに「ちぃちゃん」と呼ばれ、屈託なく笑う姿は少女のようにも見えるが、時折こぼれ落ちる色気や揺らぎは、彼女が演じる役柄同様に憂いがあって生々しい。
今年4年ぶりに出演した連続ドラマ「その女、ジルバ」でも40代のリアルを鮮やかに演じて話題となった。恋愛にも仕事にも希望が持てないヒロインが平均年齢70歳以上という老舗バーで働く中で、生きる喜びを見つけるという物語。「女は、四十から!」の合言葉に勇気を得た女性も多かった。
「原作のマンガを読ませていただいたら、すごく面白かったんですね。上っ面な話じゃなくて、戦争やブラジル移民などの話が出てきて、さまざまな困難を乗り越えてきた強い女性たちのお話だったので、そこに飛び込んでいく自分もいいなと思いました。大先輩の方々との共演も楽しかったです。みなさん、明るくて、お元気で、現場はわちゃわちゃした雰囲気で。草笛光子さんとは、ほぼ初共演だったんですけれど、『あなたが出るから、私もこの作品に出ようと思ったのよ』『大好きなのよ』とおっしゃってくださって、うれしかったですね」
自身も今年40歳を迎える。ヒロインに共感するところもあったに違いない。そう話を向けると……。
「私、昔から年齢を気にしたことがないんです。40歳だから節目の年だなとか考えたことないし、年をとってお肌がどうのとか、まったく思わないし。むしろ年を重ねると、そのぶん役の幅が広がるので楽しみなんです」
年を重ねることへの恐れどころか、そもそも「美しくありたいと思ったことがない」のだと言う。
「もともと地味というか、インドア派で、華やかな世界への憧れもない。美魔女になりたいとも思わないし、エステにも行ったことないし。自分らしく手抜きでいいやっていうか。それくらいのほうが私としては生きやすいんです。もちろんファッションや美容も好きで、凝ってやっていた時期もありましたけれど。今は化粧水すらつけない日もじゃんじゃんあって。単純にものぐさなんだと思います(笑)」
美しくあれ、若々しくあれ、前向きであれ―そんな欲望の呪文から解き放たれた次元で、どうやら彼女は生きているらしい。その一方、仕事への夢は枯れることがない。
「そこだけはずっと憧れたままというか、ずーっとスクリーンの中にいたいと思ったり。いまだに映画館に行くときはドキドキ、わくわくします」
子どもの頃から映画が大好きだった。
「うちは田舎だったので、少し遅れて新作が来るんですけれど、映画好きだった親や兄によく連れて行ってもらいました。そのうち、スクリーンの中に入ったらもっと楽しいだろうなと思うようになったんですね。みんなが外で遊んでるときに、私は映画のフライヤーを集めて、『次は何を観ようかな』って考えて。そのときのドキドキがいまだにあります」
へこたれても立ち上がれるたくましさを持っていたい
台本を読んで、気に入った作品でないと出演しないという心構えは、昔から変わっていない。
「私、台本を読むときが一番楽しいんです。うれしいんですよ。本当に面白い台本は、ぐいぐい読み進められるし、人物描写の軸がぶれないんですね。『あれ? この子って、こんなこと言う人間だっけ?』みたいになると、物語がぼやけて違和感が出てくる。そういうところをよく考えて判断します。でも、そのせいで仕事がだんだん少なくなって……。たまに仕事をすると、みなさん、びっくりするんですよ。『池脇千鶴って、まだいたんだ!?』みたいな。自分でも『ツチノコ俳優なんで、たまにしか出てきません、すみません』なんて言ってます(笑)」
目指しているのは、「安心して見てもらえる俳優」。
「物語にちゃんと溶け込んでいて、『実際にいてもおかしくないよね』って思ってもらえる。そんな俳優になりたいとずっと思っています」
生粋の役者のオフについて尋ねると。
「以前はヨガにも行ってたんですけれど、コロナ禍になってからは、まったく外にも出なくなって、ソファと体がひっついちゃうんじゃないかっていうくらい、ずっとソファにいますね。お酒が好きなので、飲みながら、お笑い番組を見たり、グルメ番組を見たり、マンガを読んだりしています」
飾らない人柄どおり、プライベートも力の抜けたスタイル。ちなみに好きなマンガは、ラズウェル細木の『酒のほそ道』。「コンビニコミックでハマりました。私のマネージャーがすごく顔が広いので、『酒のほそ道』全巻くれる人、いないですかねぇ』ってつぶやいたら、本当にくれる人を見つけてくれて、『やった!』って(笑)。40巻以上あるので、毎日ちびちび読んでます」
同居人は14歳になる黒猫。甘えん坊の彼に寄り添いながら、無理せず、のんびりマイペースで。「女優」という仕事が「ハレ」だとすると、池脇千鶴は確実に「ケ」を生きている。今後、彼女はどこに向かっていくのだろう。
「このまま普通に年を重ねていって、ときどきツチノコのように顔を出す感じだと思います。結婚にも興味がないんですよね。面倒臭いし、別れるとき大変だし(笑)、まだ夫婦別姓制度も決まってないし。なので、恋人さえいれば幸せです。ただ、仕事は私にとっての支えなので、ずっと続けていきたい。そしてたくましくあればいいかなと思います。へこたれてもいいけれど、ちゃんと立ち上がって、また歩き出せればいいかなって。そういう人間の力というのは、持っていたいなと思います」
Profile
いけわき ちづる●1981年生まれ、大阪府出身。1997年、「ASAYAN」の「第2回CM美少女オーディション」で、「第8代リハウスガール」に選ばれてデビュー。2001年、NHK連続テレビ小説「ほんまもん」のヒロイン役に。代表作に映画『ジョゼと虎と魚たち』『そこのみにて光輝く』『半世界』など多数。数多くの映画賞を受賞する実力派俳優。
SOURCE:SPUR 2021年7月号「その女、池脇千鶴」
photography: Toshio Ohno〈L MANAGEMENT〉 styling: Shihomi Seki hair & make-up: Noriyoshi Yamada interview & text: Hiromi Sato