モデルや俳優として活躍する中山咲月さんが、初めてのフォトエッセイを刊行することに。そのタイトルは『無性愛』。トランスジェンダーであると同時に、他者に恋愛感情や性的欲求をもたない無性愛者(アセクシャル)でもある自らのセクシュアリティについて語っている。公表を決意するまでの葛藤と、覚悟について聞いた。
PROFILE
なかやま さつき●1998年、東京都生まれ。ローティーン誌のモデルとしてデビュー。モデル活動のほか、俳優としてTVドラマや映画、舞台でも活躍し、『仮面ライダーゼロワン』(テレビ朝日系)などに出演。自ら手がけるブランド「Xspada」も人気。9月17日、ファースト・フォトエッセイ『無性愛』(ワニブックス)を発売する。
ずっと目をそらしてきた、自分はトランスジェンダーだという思い
「写真集を出すのはずっと夢でした。出すからには、自分の内面的な話も載せたいと思っていました。今回のフォトエッセイの話をもらったとき、内容や構成は自由にしていいと言われて、ならば思い切って自分のすべてをさらけ出してみようと思ったんです」
そう語る中山咲月さんは、はっとするほどたくましくなっていた。自らのジェンダーアイデンティティにずっと悩んできたことをSPURで語ってから半年。9月に上梓するファースト・フォトエッセイでは、改めてその深い葛藤と身を切るような辛さを自分の言葉で書き綴り、これからは「男性として生きる」と宣言した。
思春期の頃から女性として扱われることにずっと苦しんできた中山さんだが、自分がトランスジェンダーだと明確に意識したのは、実は最近のこと。今年の1月、生田斗真さんがトランスジェンダー役を演じた映画『彼らが本気で編むときは、』を観たときだった。
「映画の中に、自分にも覚えのある経験や感情ばかりが出てくるのを観て、やっぱり自分はトランスジェンダーなんだと認めるしかなくなってしまったんです。今までずっとモヤモヤしていたけれど理由のわからなかった違和感に、解答が出てしまった。正直に言うと、勘違いであってほしいという思いもありました。できれば『普通』でありたかったという、願望に近い感情ですね。でも、自分がトランスジェンダーだと考えると、今までの辛かった経験のすべてが腑に落ちる。もう認めるしかありませんでした。それからの1ヶ月ほどは葛藤に葛藤を重ね、どん底まで落ち込みました。体感では1年にも感じられるような、長く苦しい1ヶ月でしたね」
今まで必死に抑えつけてきた「自分は男性かもしれない」という思い。一度自分で認めてしまうと、もう我慢はできなかった。
「今生きてないんじゃないかなと思うくらい落ち込んだ時期もありました、でも、そうしてしまうくらいなら、いっそ自分に素直に、正直にすべてを打ち明けて、自分の生きたいように生きてみようと思ったんです」
他人に恋愛感情をもたない「アセクシャル」を知ってもらえたら
今回のフォトエッセイで中山さんは、トランスジェンダーであるのと同時に、無性愛者(アセクシャル)でもあることを公表している。タイトルに「無性愛」という言葉を選んだのは、「アセクシャルの存在がもっと広く知られるように」という思いからだ。
「トランスジェンダーに関してはかなり知られてきているけれど、アセクシャルについてはまだまだ世間の認知度は低いと思っています。『恋愛感情を持たない人間なんて存在しない』と思っている人も多いんじゃないでしょうか。自分の場合は、恋愛マンガやドラマは好きなほうだし、友人たちの恋愛トークを聞くのも楽しんでいますが、いざ誰かとつき合ってみても特にドキドキしたりはしないんです。友人としての愛情は感じますが、それが恋愛感情かと聞かれると、イエスとは答えられない。よく、当たり前のように『好きなタイプはどんな人なの?』と聞いたりしますよね。でも自分はそれに答えられない。わかってもらうのは難しいかもしれないので、理解を強いるつもりはありません。ただ、そういう人もいるのだと知ってもらえたら嬉しいですね」
憧れの存在を演じきり、その内面を表現したフォトパート
自分の内面を率直に語ったエッセイとは対照的に、フォトパートでは、中山さんは架空の登場人物を演じきっている。田山花袋の小説『蒲団』や映画『ヴェニスに死す』などから引用した6つのシチュエーションは、どれも「自分が憧れる、今の自分に生まれる前にはこうであったかもしれないと願う人生」という視点で選んだもの。中でも、映画『キャバレー』でバーレスクの用心棒を務める不良少年の役には、特にシンパシーを感じたという。
「演じていて、いちばん自分の理想に近い存在だと感じました。バーレスクのステージはきらびやかだけど、そのぶん闇や制約も多い世界。舞台裏で働く用心棒の少年は、貧しい境遇に生まれ育った『ならず者』だけど、本当の自由を手にしているのは彼のほうなのかもしれない。撮影では、憧れの存在に近づけた気がしました」
心と体が近づくことで、生きるのが楽しくなった
今、中山さんは自分らしく生きるために、性適合のためのホルモン治療を始めている。体が少しずつ変わっていくさまを嬉しそうに語る表情は、明るく晴れ晴れとしている。
「最近は声が低くなって、歌いたい曲のジャンルが変わってきたんです。それがまた楽しくて。ずっと下ろしていた前髪も、センターパートに分けて額を出すことが増えました。好きでやっているつもりだったけど、実は自信のなさの表れで、無意識のうちに顔を隠そうとして前髪を下ろしていたのかもしれないと気づきました。道を歩いていて、たまたますれ違った人に『ちょっと、そこのお兄さん』と話しかけられて、そのまま性別への違和感をもたれずに会話が終わったりする。そんなささやかなことが、自分にとってはものすごく嬉しい。今、生きるのが本当に楽しいんです! モデルや俳優の仕事も、これからは男性として行なっていく予定です」
このフォトエッセイで中山さんが何より伝えたかったのは、「人は誰しも、いろいろな痛みを抱えながら生きている」ということ。
「ジェンダーにかかわらず、生きていればどんな人だって理不尽な悩みを抱えていて、それでも前を向いて進んでいる。だから大丈夫だよ、と伝えたいです。この本が、少しでも悩んでいる人の励みになったら嬉しいです」
悩み苦しんでいた時期からは想像がつかないほど、ポジティブになったという中山さん。たくさん傷ついてきたからこそ、彼の発するメッセージは強く、優しく響くのかもしれない。
『無性愛』中山咲月/ワニブックス 9月17日発売予定。
photography: Hiroki Watanabe(TRON) interview & text: Chiharu Itagaki