同じところにずっといるより、居場所が複数あるほうが生きやすい
旅が好きです。今は容易に移動できませんが、20代前半は見知らぬ国で新しいものに出合えるのがとにかく楽しかった。20代後半になると、日常から離れていろいろなことを整理するために旅に出ていた気がします。30代は旅ではなく、仕事で海外に行くことが増えました。私は今、日本の作品に出演することが最も多いのですが、海外の仕事もしたくて韓国とアメリカのエージェンシーと契約しています。東京及びソウル、LAに基盤を作った感覚です。10代の頃は渋谷に通学し、学校の友達とも仲よくしていましたが、放課後は同じエリアの他校の友達ともよく遊んでいました。一カ所に留まっているよりは外に出て行くのが好きなタイプで、居場所が複数あることが心地よかった。それは今でも変わりません。ここだけではないと思える場所がいくつかあるほうが、私には生きやすいんです。
無造作にレイヤリングしたような幾何学柄が共鳴して、新たなイメージに。 トップス¥72,600/三喜商事(ミッソーニ) 中に着たシャツ¥6,600/ヘイトアンドアシュバリー パンツ¥64,900/アナ スイ ジャパン(アナ スイ)
東京、ソウル、LA。個々の場所でキャラクターの受け取られ方が違う
パンデミック前は東京、ソウル、LAを行き来していました。行くとわかるのは、東京とソウルでは人と人との距離感が異なること。東京は幅が広く、ソウルは近い。それは配慮や思いやりの解釈の違いであり、私自身はどちらにもなじんでいます。日本では私はものをはっきり言う強い人だと思われがちです。けれど韓国ではとてもいい子に見えるらしく、LAだと普通の人と受け取られる。だからLAではのびのびとしていられるのかもしれません。話す言語や場所によって自分が変わることはありませんが、人柄やキャラクターの受け取られ方がそれぞれのカルチャーで違います。"強さ"のイメージひとつとっても、日本や韓国では攻撃的というニュアンスが含まれていますが、LAだとユニークさや自信という意味に比重が置かれている気がします。
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text by Hyunri
今まで訪れた国は20カ国くらいだろうか。 イギリスと韓国に留学し、仕事でLA、NY、アラスカやメキシコ、東南アジアを巡り、ブルガリアとタイで撮影をして、一人旅も沢山した。
5歳で日本の幼稚園に入るまで、両親の都合で東京とソウルを行ったり来たりしてたから、おそらく今まで飛行機には100回以上乗っていると思う。家族以外とほとんど接触がなかった私は、幼稚園の年長さんから編入しても全然日本語がしゃべれなかった。相手が何を言ってるか分かるけど、話す言葉がなかった。家では家族にしか通じないような、日本語でも韓国語でもない言語を喋っていたらしい。大人の顔は全部色で覚えた。
だからだろうか、俳優の仕事をする前から、言葉の通じない国や誰も私を知らない場所に行くのが好きだった。 別にそういうところに行ったからといってはっちゃけたり、悪いことをするわけではない。ただ不自由だった言語の記憶とは裏腹に、私が本当に自由を感じられるのはそういう時だった。
ノルウェーで一人、誰もいない雪道をオーロラを求めて歩き回った夜 インドでリクシャーの乱暴な運転に体を揺すられてる明け方 思ったよりも日当たりの悪いリヨンのホテルの部屋でぼーっと天井を見上げた午後
孤独だったけど、私は確かに何かとつながってたと思う。人じゃない、地球とか大きな何か。
誰の期待も、私を守る鎧も、名前も年齢も国籍も、必死に追いかけてた夢さえどうでもよくなる。魔法の時間。
私が私であるところからの物理的な距離は、冷静さをくれる。親のために頑張ってたなと気づいたこともある。執着でがんじがらめになった関係にこれは愛じゃなかったんだ、と終わりを迎える決心をしたこともある。
一つ秘密を話すなら、空と少しだけ近くなるあの時間、飛行機に乗ると私はよく泣く。 精神状態を心配されそうだが、何も悲しいことのみを思い出すわけじゃない。むしろその土地で与えられた人の温かさを思い返して泣くことのほうが多い。
ついこの間まで、ひとは大人になると強くなるんだと思っていた。いろんなことを経験して、今はつらいことも全然平気になるんだと。でも実際は違っていて、歳を重ねれば重ねるほど涙もろくなった。痛みを知っているから、もう二度と傷つきたくなくて、安全なほうを選びたくなる。明日楽しいことがありますように、明日もより平和でありますように、と祈ることが多くなる。
すごく良いことがあると、いつか悪いことが来るって心のどこかで思ってる。
でもその逆もあって、今は、悪いことがあれば良いことが必ず来ることも分かってるのだ。それは大人になったから。 雨の日に飛行機に乗っても、雲の上に出れば必ず雨はやんでいる。雲を抜けるあの瞬間が好きだ。
何かを得れば得るほど、少しずつ臆病になっていく自分を抱えて、私は一生旅していたい。風のように。
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ジュンパ・ラヒリや多和田葉子。複数言語で書く作家の作品を愛読中
パーソナリティを務めているラジオ番組には、本棚を拝見する企画があります。子どもの頃から読書が好きで、今はジュンパ・ラヒリさんや多和田葉子さんの小説を愛読しています。私は日本語、韓国語、英語を話しますが、ラヒリさんは英語以外にイタリア語で、多和田さんもドイツ語で作品を出版している作家です。たとえば携帯電話は英語でセルフォン、韓国語でヒュデポンですが、面白いことに『私は今、日本語の話者と話しているから日本語で携帯電話と口にしているけれど、頭の中に思い浮かべている一番近いものはヒュデポン』というときがあるんです。その感覚は多言語話者でないと共感できないような気がして。お二人の作品を読んでとても惹かれると思っていたら、実はラヒリさんも多和田さんも多言語話者であり、外国語でも文章を書く人だと後から知って、とても合点がいきました。
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日本と韓国、両方のいい部分を持っている俳優として飛躍する
私は韓国人の両親のもと、東京で生まれ育ちました。子どもの頃は日本の学校に通っていて、在日韓国人の友達は身近にはいませんでした。だからテレビで彼らが『アイデンティティが宙ぶらりんだ』と言っているのを聞いても、言われてみたらそんな気もするという程度。特に中学2年生で留学したイギリスで、日本人も韓国人も等しくアジア人と捉えられている環境に身を置いたせいか、アイデンティティについてこだわって考えたことがなかったんです。けれど最近は時代の変化もあり、私は両方のいいところを持っているという考え方になりました。仕事の面でも、一番長く過ごしているのは日本だから日本の文化をよく知っているし、韓国にルーツがあるから韓国人の役もできる。そういう俳優はあまりいないし、それが自分の強みのひとつだと思うので、むしろラッキーだと感じています。
スタンダードなデニムは、さりげなく施されたペイントがアクセントに。心地よいブルーのトップスに包まれて肩の力を抜いてみる。 トップス¥68,200・パンツ¥91,300/マルニ ジャパン クライアントサービス(マルニ)
PROFILE ひょんり●東京都出身。近年の出演作品に『スパイの妻』(’20)、『偶然と想像』の「魔法(よりもっと不確か)」(’21)、Apple TV+配信中のドラマ「Pachinko」などがある。J-WAVE「ACROSS THE SKY」ではメインナビゲーターを務め、読売新聞の情報サイト「OTEKOMACHI」ではコラムも執筆。
SOURCE:SPUR 2022年7月号「気鋭の俳優のフィロソフィー 玄理、ボヘミアンな精神」 model: Hyunri photography: Reiko Toyama 〈LESEN〉 styling: Shotaro Yamaguchi 〈eight peace〉 hair: Shingo Shibata 〈eight peace〉 make-up: NOBUKO MAEKAWA 〈Perle〉 interview & text: Akane Watanuki