2022.11.15

仏映画『あのこと』で、中絶が禁止されていた60年代の女性の苦悩を演じたアナマリア・ヴァルトロメイさんにインタビュー

法律で中絶が禁止されていた、1960年代のフランスで、望まぬ妊娠をした大学生の12週間にわたるたった一人の戦いを描く、2022年12月2日(金)公開映画『あのこと』。2022年度ノーベル文学賞を受賞した作家アニー・エルノーが、若き日の実体験をもとにつづった短編小説『事件』を、オードレイ・ディヴァン監督が映画化した本作は、現代を生きる女性たちに声を上げるきっかけを与えてくれる作品だ。主人公アンヌを演じた俳優アナマリア・ヴァルトロメイが本作について語ってくれた。

避妊、中絶がタブーというおぞましい現実を目前にして

仏映画『あのこと』で、中絶が禁止されていの画像_1

避妊と人工妊娠中絶が禁止されていた1960年代のフランスでは、中絶手術を受ける者、担当医も処罰されていた。貧しい労働者階級に生まれ、知性と努力で大学に進学したアンヌは、大切な試験を前に妊娠が発覚。学位と未来のために産む選択肢がなかった彼女は、解決策をなんとか見つけようと一人奮闘する。アンヌとして物語を伝えるアナマリアさんは、中絶が違法であることがどれだけおぞましいかを本作を通じて体感したという。


「それがいったいどういうことなのか、この作品に関わる前の自分は全く理解できていなかったなと。脚本を読んで、すぐに原作本を買って読んだのですが、本当に込み上げてくるものがありました。アンヌ、そして原作者であるアニーの立場になってみると、女性が運命を選ぶ自由も、女性が自分の身体を自分でコントロールする自由も奪ってきたこの社会はなんて不公平なんだと怒りが涌き起こりました」


キャスティングオーディションで見事主役を射止めたアナマリアさん。アンヌに抜擢される上で決め手になったエピソードがある。彼女は「なぜ自分が(作中で)裸になる必要があるのか」をオードレイ・ディヴァン監督に直接質問したのだ。


「私があまりに質問ばかりするので、むしろ『自分がオーディションされている気分だった(笑)』と監督も笑っていました。もちろん、この作品で裸になる必要性は理解していました。若い女性がセックスをして妊娠し、だんだん大きくなるお腹を見つめる彼女の視点から、彼女の身体に起きている現実を観客が見つめることになる物語ですから。ただ、監督の口から、その理由を聞きたかった。映像を美しくするための材料だったり、観客を楽しませる娯楽的な要素として裸を見せるという映画もなくはないので」

監督、撮影監督とのフュージョンで生まれたアンヌ像

仏映画『あのこと』で、中絶が禁止されていの画像_2

コロナのパンデミックで隔離生活が始まり、撮影期間が延期するという事態が発生。ここでできた時間をアナマリアさんとディヴァン監督は、アンヌ像を二人で作り上げるというポジティブなアプローチとして変換したそう。


「現場で監督と意見交換をすることはありますが、この作品は撮影までに時間がたっぷりあったので、毎日監督と電話をし、リファレンスを見つけながら、パッチワークのように二人でアンヌという人物像を少しずつ作り上げていくことができたんです。撮影現場に入る前には、アンヌがどんな人なのか、確固たるものができあがっていたので、監督も私も現場でより自由なアイディアを取り入れることができました」


全編アンヌの目線で描かれる本作は、観客の主観をアンヌと一体化させる。その巧妙なカメラワークは、撮影監督であるロラン・タニーが担当している。アナマリアさん、彼との撮影はリハーサルを全くせずに挑んだというから驚きだ。


「ロランさんがとてもシャイで、周りを慮る控えめな方なので、自然に二人のフュージョンが生まれたのだと思います。また、彼がずっと私の後ろ、肩の上あたりにいることが、アンヌの感情を作り出すうえですごく効果的に作用しています。アンヌはもう後戻りができない、とにかく前に進むしかない状況に置かれているので、後ろから押されるようなカメラの存在から、前向きの推進力を与えてもらいました」

自分の身体をコントロールする権利は、自分だけのもの

仏映画『あのこと』で、中絶が禁止されていの画像_3

この映画が制作されていた、2021年1月にポーランドでは、全ての人工妊娠中絶がほぼ禁止され、2022年夏には、アメリカの連邦最高裁が人工妊娠中絶を「憲法上の権利」と認めた1973年の判例「ロー対ウェイド判決」を覆す判決を下したことも記憶に新しい。1999年生まれ、現在フランスで暮らすアナマリアさんは、保守化する社会の動きについてどのように捉えているのだろうか。


「幸いなことに、私の世代にとって既得権ではありますが、明日にも変わらずあるものだとは思っていません。だから、この既得権を守るために連帯して声を上げ続けることで、後ろ向きの動きも少しずつ変化していくんじゃないかと考えています。女性たちが自分の身体を自分たちのものとして管理することから、自分の選択ができ、自分の人生を生きられる。そこに他人のジャッジを介入させるべきではないんですよね。昨年のベネチア国際映画祭で、オードレイ監督がおっしゃっていたのが、『中絶をした事実を公にする気はなかったけれど、俳優アナ・ムグラリスさんが自身の中絶体験について語ったことに勇気づけられて、話すことができた』というもので。どこかで恥ずかしい、他人の反応が怖い自分がいたのだと。人からどう思われるかとか、他者の判断というものを自分自身で打ち破っていくことが重要だと改めて強く感じました」


観た人に自分について考えさせる映画というツールは、一人一人の意識を積み重ねることで、やがて世界を変えることができるものだと信じているというアナマリアさん。支持するものは異なっても、敵対するのではなく、穏やかな対話を促すきっかけを、この映画は間違いなく与えてくれる。


「上映イベントで数人の男性から、実は中絶反対派であることを打ち明けられたんです。私も上映時間約1時間半で観客の中絶に対する考えが変わるなんて、あり得ないことだとはわかっています。でも、少しでも寛容に考えるきっかけになるなら、この映画はすでに女性の権利を守るための重要な武器になっていると思います」

PROFILE
アナマリア・ヴァルトロメイ●俳優  1999年、ルーマニア生まれ。12歳の時に『ヴィオレッタ』(2011)で映画デビュー。本作で、セザール賞最優秀新人女優賞、ルミエール賞に輝き、2022年のベルリン国際映画祭でシューティング・スター賞を受賞するなど、今後が期待される若手俳優の一人。


INFORMATION
『あのこと』
 監督:オードレイ・ディヴァン 原作:アニー・エルノー
出演:アナマリア・ヴァルトロメイ、サンドリーヌ・ボネール、ケイシー・モッテ・クライン、ルアナ・バイラミ、ルイーズ・オリー=ディケロ、ルイーズ・シュビヨット、ピオ・マルマイ、アナ・ムグラリス、ファブリツィオ・ロンジョーネ

12月2日(金)よりBunkamuraル・シネマ他ほか全国順次公開

FEATURE