文筆家山崎まどか、『バービー』監督グレタ・ガーウィグ来日イベントへ

8月2日、東京・丸の内ピカデリーで開かれた映画『バービー』のジャパン・プレミアに、グレタ・ガーウィグがプロデューサーのデヴィッド・ハイマンと、日本語吹き替え版でバービーの声を演じる俳優の高畑充希と登場した。

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本国では全米脚本家組合(WGA)と映画俳優組合-アメリカ・テレビ・ラジオ芸術家連盟(SAG-AFTRA)がストライキに突入し、多くの映画人がプロモーションに参加できなくなった。更に日本ではアメリカで同日公開だった『バービー』と『オッペンハイマー』を組み合わせたファン・アートの扱いについて、批判の声が高まっているというタイミング。短い来日だったが、それでもグレタが来てくれたことは奇跡だった。

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この日の一般の観客のドレスコードはピンクで、会場はバービーのように華やかな色合いのファッションに身を包んだ男女に溢れていた。しかしデヴィッド・ハイマンでさえ、スーツにピンクのコンバースのスニーカーを合わせてきたのに、当のグレタは真っ白なパンツスーツという大らかさである。でも、頬が薔薇色に輝いていたので、“ピンク”という条件はそれでクリアしていたのだと考えよう。

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実物のグレタ・ガーウィグは大きかった。もちろん、身長も高くて大柄なのだが、それ以上に存在感が大きく、ひまわりみたいに明るい。ハッピーなオーラに満ち溢れている。彼女が撮影現場で監督をしている写真はよく出回っているが、俳優に指示を出し、映像をチェックする時もグレタ・ガーウィグは常に笑顔だ。スタッフも俳優も、この明るさに惹きつけられずにはいられないのだろう。映像や演出のセンスだけではなく、現場で愛される人間性が、監督としてのグレタ・ガーウィグの地位をここまで押し上げたのだと言ってもいいかもしれない。子どもの時から常にリーダーシップを取りたがるタイプだったと本人も言っているが、才能や器の大きさがいつも威圧感と結びつくとは限らないということを、グレタ・ガーウィグの演出スタイルは教えてくれる。

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自分は日本でグレタ・ガーウィグという才能に気がついた最初期の人間の一人だという自負が私にはある。2000年代後半、超低予算映画ムーヴメントの“マンブルコア”の名前が世に出てきた辺りだ。彼女は“マンブルコアのジーナ・ローランズ”と呼ばれていた。初めて大きなスクリーンで彼女を見たのは、ブルックリンの映画館。グレタは後にパートナーとなるノア・バームバック監督の『ベン・スティラー 人生は最悪だ!』(2010)にヒロインとして出ていた。あまりに自然で豊かな身体性を感じさせる彼女の演技を見て、恋に落ちた。この女優をずっと追いかけていこうと決めた。

でもグレタの器は単なる“ヒロイン”や“女優”の枠に収まるようなものではく、“インディ映画の恋人”で終わるはずもなかった。バームバックと脚本を書き、主演を務めた『フランシス・ハ』(2012)が評判になった後、(結局実現しなかったが)シットコム『ママと恋に落ちるまで』のスピンオフを彼女が制作/主演するという話があった。すると、初期に彼女の仲間だったインディ映画人がセルアウト(商業主義に迎合する行為)だとグレタを非難した。でも「マーティン・スコセッシのようなキャリアが欲しい」と語っていた彼女が、ただ魂を売り渡してメジャーになるなんてあり得ないのだ。私と長谷川町蔵氏の共著『ヤングアダルトU.S.A.』のグレタ・ガーウィグの項目にはこう書いている。「彼女のメジャー化は変節ではなく、彼女が体現する概念の一般化なのだ」。

そしてグレタ・ガーウィグは『バービー』という巨大な映画をも、彼女自身でいっぱいに満たした。『バービー』は誰でも楽しめる大メジャーのエンターテインメント作品であるのと同時に、驚くほどグレタ・ガーウィグの作家主義的な作品でもある。踊る・走る・転ぶという彼女の映画の三大身体要素もちゃんと入っている。

今のグレタ・ガーウィグはインディ映画ムーヴメントからの出世頭という言葉ではとても収まりきらない。ブロックバスターの大ヒット映画で、超弩級の傑作の作品の監督として日本にやって来た彼女を見て、私は感無量だった。グレタのスケールの大きさに見合う成功を、心から喜びたい。太陽に輝くなという方が無理な話なのだから。

 

『バービー』8月11日全国公開

https://wwws.warnerbros.co.jp/barbie/

山崎まどかプロフィール画像
文筆家山崎まどか

SPUR本誌にて、世紀の恋の物語「The Great Romance」を連載中。著書に「優雅な読書が最高の復讐である」「映画の感傷」等。グレタ・ガーウィグの映画のパンフレットには「フランシス・ハ」から「バービー」まで皆勤賞で寄稿。

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