ベストセラーの登場や実写化作品が相次ぎ、今や人気の一大ジャンルとなった中国SF。時代を席巻する中国SFの、広く深い世界の楽しみ方を書き手側と読み手側から多面的に読み解く
何が起きているのか 中国SFを取り巻く今
中国SFブームの火付け役となったメガヒットシリーズ『三体』から、1980年代生まれの若手作家の活躍まで。話題作の映画化やドラマ化も続く、中国SFブームの背景を大森望さんが解説
おおもり のぞみ●『円 劉慈欣短篇集』『超新星紀元』など劉慈欣作品の共訳を手がける。『NOVA 書き下ろし日本SFコレクション』シリーズ責任編集。日下三蔵と共編した『年刊日本SF傑作選』で日本SF大賞特別賞。著書に『現代SF観光局』など。フィリップ・K・ディック、カート・ヴォネガット、テッド・チャンなど訳書多数。
夏笳さんに聞く、中国SFを更新する作家の原体験。そしてSFが教えてくれること
ここ数年、中国SFアンソロジーが次々に刊行されている。その多くに作品が採録されている夏笳さんは1984年生まれの「更新代」と呼ばれる世代。人気作家は、中国SFの魅力と、SFが今こそ読まれるべき理由をどう考えている?
今の中国SFを牽引する作家のSFとの出合いから現在まで
2007年「カルメン」(『S-Fマガジン』掲載)に始まり、「童童の夏」(『折りたたみ北京』所収)、「おやすみなさい、メランコリー」(『金色昔日』所収)、「永夏の夢」(『移動迷宮』所収)など、9つの短編とエッセイ1編が日本語訳されている夏笳さん。美しい散文にSFとファンタジーが混ざり合う作風で中国SFを更新する作家に話を聞いた。
——SF作家になると決意したのはいつですか?
夏笳 私はまだ、自分がプロのSF作家だと思っていないんです。小説を書き始めたのは高校時代、著作が初めて世に出たのが大学時代。多くの読者が私の作品を受け入れてくれたことが、SFを書き続けること、SFを愛し続けることを後押ししてくれたと感じています。今は大学でSFを専門に研究しているので、SFは長年の趣味であると同時に、私の人生に直結しているようです。
——いつ、どんなふうにSFに出合われましたか?
夏笳 最初期の、ファンタジックな作品との出合いはテレビ番組でした。「ドラえもん」や「恐竜戦隊コセイドン」など、その多くは日本で制作されていたはずです。幼稚園生の頃に友達と一緒にテレビを見ては、二人でお話を作って遊びました。といっても当時はまだ文章が書けなかったので、二人でひたすらお喋りをして、別々の作品のキャラクターが出会ったら何が起きるかを想像したりして。やがて「ドラえもん」のファンストーリーや、『三国志』の登場人物が『聖闘士星矢』のように、超能力や超兵器を持つスーパーヒーローもののマンガも描くようになりました。こういった体験が、私のイマジネーションのベースにあります。
——それらの作品をSFと認識されていましたか?
夏笳 子どもの頃は、何がSFで何がSFではないかの区別はしていませんでした。重要なのは楽しいかどうか。1980年代には『カラバッシュ・ブラザーズ』や『西遊記』のような中国人作家のアニメもあって、そのキャラが日本のマンガのキャラと一緒に悪と戦うという物語を考えて楽しみました。私は、中国において、空想上の物語をビジュアルメディアで体験することができた最初の世代です。特に日本や欧米のACG(アニメ、マンガ、コンピューターゲーム)カルチャーの影響は大きかったです。ゲーム「無双」シリーズのキャラが自分たちがゲーム内にいることに気づいたら?という疑問を出発点に「我的名字叫孫尚香」という短編を書いたことも。お気に入り女性キャラクターの孫尚香が、政治的ゲームのコマになるのではなく自分の道を見つけようとする物語です。いつか日本語訳されて、「無双」の特に女性プレイヤーたちに読んでもらえたら嬉しいです。
——SFは夏笳さんにとってどんな存在ですか?
夏笳 幼少期から大学に入るまでの私にとっては、SFは異なる世界への扉でした。退屈で宿題がいっぱいあって、家族からも学校からもプレッシャーを受ける生活のなかで、SFやファンタジーの作品が違う世界に逃避させてくれた。SFは単なる未来や科学の話ではなく可能性を意味していました。大学入学から博士号取得までに、物理学から映画学、さらに比較文学へ専攻を変更して、博士論文のテーマに現代中国SFを選びました。この時期には「SFとは何か」「SFは現実世界にどんな貢献ができるのか」をより深く考えるようになりました。SFとは、現実から逃避させてくれるだけでなく、世界を変える方法について考え、現実世界を反映させてその間違いを見極める手段にもなり得ます。この時期の私にとって、SFとそこから得られる好奇心と勇気は、自己と他者、既知と未知、可視と不可視、想像可能なものと想像不可能なものの境界を越える手段になりました。
——では現在の夏笳さんにとっては?
夏笳 今の私たちは非常によくない世界に生きていて、状況は悪化するばかり。パンデミックをはじめ、さまざまなことが起きている昨今、私は以前にもまして世界をネガティブな視線で捉えています。でもそういうときにこそSFが必要なんです。どうしたら世界をよい方向に変えられるのか、この世界以外にどんな道があり得るのか。誰もがよく考えなければならない時代において、絶望と向き合い闘うための武器、それがSFだと思います。
——夏笳さんの作品は、映像的、ときに絵画的と多彩なイメージを喚起させてくれますね。
夏笳 私の世代の多くの作家に共通する特徴のひとつが、イメージの描写に長けているということ。ビジュアルメディアの影響は、作品の世界観にも反映されていると思います。小説を書くときは、視覚的なイマジネーションが自分のなかに深い印象を刻み、心に響いたそのイメージの周りに物語を作り上げていくことが多いです。「独り旅」(『走る赤』所収)という短編は、ヨーロッパのあるアニメにインスパイアされています。「百鬼夜行街」(『折りたたみ北京』所収)なら、筋書きと主要なキャラは中国の古典『聊斎志異』の一編「聶小倩」に根差しています。『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』というタイトルで、ツイ・ハークが映画化アニメ化した作品の影響が大きいですね。「龍馬夜行」(『折りたたみ北京』所収)は、龍馬をかたどったインスタレーションから着想しました。小説のために、自分で絵を描いてみることもありますよ。
——日本SFで特に印象的な作品はありますか?
夏笳 小松左京『日本沈没』は素晴らしいですね。世界の終わりをテーマにした授業のために再読しました。パンデミック後の世界では、他者の苦しみに思いを寄せることの大切さを痛感することもあり、2度、3度と読むたびに感銘を受けています。国土が沈んでしまったらほかの国に移住しなければならない。でも難民として受け入れてもらえなかったらどうなるのかと話し合う場面がありますが、これは誰にでも起こり得ることですよね。だから私たちも、戦争や恐ろしい出来事が起きたというニュースを耳にしたら、立ち止まり、状況を改善するために何ができるのか考えなければ。自分の関心事にだけ専念させ、他者に想いを馳せなくさせる分断のバリアは誰のなかにもありますが、他者の視点に立ったとき、世界がどんなふうに目に映るのかを実感するためにもそれを乗り越える必要があります。SFは変化し続け、私たちを変化へ導いてくれる。私たちが異なる言語を用いても対話し、本当の意味でお互いに理解し合うことを手助けしてくれるものなんだと思います。
シア ジア●1984年生まれ。小説家、翻訳家、映画作家、画家、俳優、歌手、西安交通大学講師。2003年「瓶詰めの妖精」が全国大学生SF作文コンテスト特別賞受賞、『科幻世界』に掲載されデビュー。北京大学で物理学を専攻後、「SF映画における女性像の研究」で中国伝媒大学修士号、「グローバリゼーションの時代の不安と希望:現代中国SFと文化的ポリティックス(1991〜2012)」で北京大学博士号を取得。長編に『九州・逆旅』など。