2023年、「ひさしぶりに切なくてロマンチックな恋愛映画を観た」とクチコミで広がり、各賞で評価された映画があった。セリーヌ・ソン監督の長編デビュー作『パスト ライブス/再会』だ。そこには韓国からカナダ、アメリカへと移り住んだ彼女自身の経験も映されているという。ソウルで始まった12歳の初恋は、時とともに形を変え、36歳になったふたりがニューヨークで再会する、そのひろがり。前世や来世につながる“縁(イニョン)”をモチーフにしながら、さらに掘り下げ、縁を感じた人の心の動きも細やかに描いている。実際に話すと、スピーディーな会話がまさに「ニューヨーカー」なセリーヌ・ソン監督に、映画にこめた思いを聞いてみた。
物語の中心にある“縁(イニョン)”という概念
——昨年いちばんの話題作が、今回、やっと日本で公開されますが……。
「ほんと! 永遠に公開されないんじゃないかと思ったくらい。その間にオスカーも終わっちゃったし、なのにこれから公開だなんて!(笑)」。
——(笑)その間に世界中で公開されたわけですが、それぞれの国で反応が違うんじゃないかと思ったんです。たとえば日本人からすると、この映画の中心にある“縁”という概念はとても馴染みがあるものだったので。
「日本語でもその言葉で通じるんですよね? “縁”は韓国だけのものじゃなくて、東洋的な概念なんです。だからそういう国では恋愛を縁として考えたり、話したりするのが普通なんですが、私自身はいま西洋人として、西洋で映画を作っている。住んでいるのはニューヨーク。だから私にとっても、これを観る多くの人にとっても、“縁”は驚きというか、新鮮な考え方なんですよ。たとえばイタリアにこの映画を持っていくと、イタリア人はこの概念を初めて知る。そこが違うんです」。
——映画の主な登場人物、ノラと幼馴染のヘソン、ノラの夫でアメリカ人のアーサーを演じた三人の俳優にとっても、話の捉えかたは違っていたんでしょうか。それぞれ登場人物に近いバックグラウンドを持っていますよね。
「三人には違うストーリーがあるし、キャラクターとの関係もそれぞれ違っていたと思います。でもそれはあらゆる俳優に言えることで、役を演じるプロセスや仕事の仕方は俳優によって違う。私の仕事は、その全員に語りかけることなんです。そして人々をまとめて、ひとつの映画にすること」。
——ロマンチックな恋愛映画であると同時に、選択によって人や人生が変わっていく側面も印象に残ります。あなた自身、脚本を書いている時、そこは意識していましたか? 『パスト ライブス』は恋人たちが障害を乗り越えて結ばれるか、それとも別れてしまうのか、という一般的な恋愛ものよりも多層的なストーリーになっていますよね。
「本当にそう。ただ私としては、あらゆるストーリーはなんらかの意味でラブストーリーだと思ってるんです。そして『パスト ライブス』は、自分はどの場所で生きるのか、というテーマも描いている。そこで人との繋がりが生まれ、もちろん恋愛だけじゃなく、友情やいろんな人間関係が関わってくる。状況によってその繋がりは変わるし、時が経つにつれ意味も変わっていく、そのことを描きたかったんです」。
——なるほど。
「だからノラとヘソンは、『いつか私たちも結ばれるよね』じゃなくて、『違う人生ではまた違う意味を持つよね』と話すんです。ふたりの間には、“縁”としか呼べないような繋がりが確かにある。『パスト ライブス』は、伝統的な意味でのロマンスというより、愛についての物語ですね。誰と誰がくっつくか、誰と誰が結婚するか、この人はこういう思いを持っていて、何が起きるか——そんな展開は重要じゃない。むしろ人生がテーマで、人が時間や空間を通過して生きていくことで、誰かと別離していく物語というか。人はそうした経験で変わり、別の相手にふさわしい人間になっていくんです」。
——そう考えると、別れる悲しみはあっても、「次の人生」や「また違う人生」を想像することで、人はどこか慰められるのかもしれません。
「その人が人生のどの時点にいるかにもよるんじゃないかな。恋愛が始まったばかりなのか、長年関係が続いているのか。独り身なのか、シングルだったけど恋に落ちかけているのか。そうやってそれぞれの場所から、『パスト ライブス』に反応するわけですよね。観る人によって違う映画になるんじゃないかと思います」。
NYの演劇界から初の映画作品に
——本作を撮ること自体、あなたにとっては大きな選択だったと思います。ずっと舞台の脚本家として活動してきて、これが映画監督/脚本家としての第一作ですよね。
「ええ、でも映画って、どんな映画でも作るのは大変なんです。何百人もが頑張って、やっと企画が動きだし、一本の映画になるんですから。その意味では大変だったけど、私自身はこの物語を信じていたことに動かされていたというか。いろんな時間と空間を通じて語られるストーリーですよね。ソウルとニューヨークの物語であると同時に、キャラクターたちの物語でもある。だから映画という形が必要だったんです。12歳の子どもたちと、36歳の大人たちが出てきて、その全員が同じ時間軸、同じ空間に存在していることを示さなきゃいけない。そこが舞台じゃなく映画にしたかった理由ですね。難しかったのは、新しいことはなんでもそうだけど、まったく経験がないところから始めなきゃいけなくて」。
——でも、デビュー作と思えない自信が感じられました。
「ありがとう(笑)。それはこの物語を自分は知っている、という自信だったと思います。どういう映画にするべきか、私にははっきりしていたから。これを作る前に、舞台の世界には10年以上いたんですよ。俳優たちと仕事をする経験もたくさんあったし、物語をどう進めればいいかわかっていたし。そこは強みだったと思います」。
——役者の演出という点では舞台と映画、何がいちばん違いますか?
「演技自体が違うんですよね。舞台では、純粋なエモーションを見せるのが大切なんです。それを演技としてはっきり見せること。でも映画では、むしろ何を隠しているかが肝になる。全般的に、役者には感じていることを隠す能力と、見せる能力の両方を求めています」。
人生でいちばん繰り返し観た映画
——観客としては、映画は好きなものを何度も観るタイプですか? それとも新作やいろんなものを観たいタイプ?
「それは気分によるかも。昔から好きな映画を観たい気分の時もあるし、劇場へ出かけて新作を観たい気分の時もあるし。『デューン 砂の惑星 PART2』はすごく楽しみにしてるんです」。
——これまででいちばん観た映画は?
「私、アニメを繰り返し観るんですよ。宮崎駿監督の映画はそれぞれ10回以上観てるはず。欧米であまり知られてない、『紅の豚』とかも。うまく言えないけど、『紅の豚』は私にとって特別な映画なんです。『風の谷のナウシカ』も『となりのトトロ』も、『千と千尋の神隠し』も全部素晴らしいんだけど、ひそかにいちばん『紅の豚』が好きなんですよね」。
——今後は映画を作りつづけていくつもりですか? 舞台に戻ることもありえる?
「映画を作りつづけます。舞台には戻らず、映画をもっと作りたい!」
——最後に、ライフステージのどこかで決断を下そうとしているSPUR読者に、何かアドバイスはありますか?
「ええっ! 私がアドバイスできることなんてないかも(笑)。ただ一つ言えるのは、『パスト ライブス』は観る人が人生のどのステージにいるかで、違う意味を持つということ。だから心を開いて、オープンになって観てほしいですね。本当にそれだけ」。
『パスト ライブス/再会』
4月5日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
監督、脚本/セリーヌ・ソン
キャスト/グレタ・リー、ユ・テオ、ジョン・マガロほか
2023年、アメリカ、韓国合作映画
配給/ハピネットファントム・スタジオ
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