——2018年の『あみこ』が国内外で注目を浴びた山中瑶子監督の商業長編デビュー作『ナミビアの砂漠』。5月の第77回カンヌ国際映画祭監督週間で、女性監督としては最年少で国際批評家連盟賞を受賞するという快挙を成し遂げた。今作は、『あみこ』公開当時に学生だった河合さんが同作を観て俳優になると決め、監督に「いつか出演したい」と直接思いを伝えたことから始まった。ひとりの少女が夢を追い、かなえた作品ともいえる。
河合 自分でも、この作品に至るまでの流れは、ドラマティックだと思います。
山中 映画が完成したから、美談にできた(笑)。
河合 そもそも、私が俳優になれなかったら、また会えていないですし。
山中 私もいろいろあって、3回も長編映画の企画を降りていますから(笑)。
金子 すごいですよね。なかなかないエピソードですよ。河合さんは、山中さんと実際仕事ができるってなって、「よし、やっとだ!」という感じ? それとも早いと感じた?
河合 あっという間でもあり、長くもあり……というのも、山中さんはずっと、「河合さんで撮りたい」と言ってくれていたらしいのですが、なかなか実現しなくて。そのときから時間がたっているし、ずっと顔を合わせていなかったんです。そんなある日、山中さんから会いたいと連絡をいただいて、変な気持ちになりました(笑)。すごく緊張して、ああ、ついに会っちゃうんだ……って。
山中 5年ぐらい動きがなかったですもんね。それなのにプランがない、何も書けてないっていうことを話しに会いに行くという。会うことで何かが動き出すかもしれないので、一度話したいと思いました。
——しかし、その再会のあともすぐには脚本を書けなかった山中監督。筆が乗り出したきっかけは、河合さんが「人生を変えた映画」をテーマに執筆したエッセイだった。
山中 河合さんが書いてくれた『あみこ』に関する文章を読んで、胸を打たれたんです。これは逃げちゃいけないと思って、諦めそうになるたびに読み返して、1カ月ぐらいで必死に書き上げました。河合さんがエッセイを書いていなかったら、この作品は生まれてなかったかもしれない。
金子 このエピソードもすごくドラマティック。引き寄せていますもんね。
山中 金子さんともちゃんと引き寄せられているんですよ。以前、たまたま定食屋で会って挨拶したことがあって。「何でもやります」って言ってくれたんですよね。それを覚えていたし、その後観た金子さんの出演作がとてもよかったので、ご一緒したいと思いました。
金子 僕も覚えています。そのときの自分の勇気に感謝です(笑)。
——本作は何に対しても情熱を持てず、無為に日々を過ごしながら、恋愛さえ暇つぶしとなっている21歳の女性、カナの物語。日本の若者の実像をありのままに描いている。
山中 脚本を書くために、河合さんと3、4回会って、いろんな話をしましたね。家族のことから、今の東京で生きるってどんな気持ち?という感覚まで掘り下げて、ベースを作りました。だから、河合さんのことを考えて当て書きしているんです。また、年齢にかかわらず誰にでもあることですが、自分の心の奥のほうに、日常で外に出している表情とは矛盾した何かを持っていると思っていて。特に若い子たちは、それをうまく飼い慣らしてコントロールする術を身につける前の段階にある、ということも描きたいと思いました。
河合 山中さんの産みの苦しみを知っていたので、いいものを書いてもらえてうれしかったです。そうして生み出されたカナというキャラクターは、映画の主人公としてすごく魅力的だと思いました。演じることが楽しみでしたし、見ていて面白い人にしたいな、と。脚本が本当に大好きでしたね。全部の描写に見たことのない新鮮さがありました。たとえば、カナはワクワクしたり、ウキウキすると側転しちゃう(笑)。実際、そんな人は見たことないし、脚本でも読んだことない。だけど側転するキャラクターとして受け入れられる描写でした。
山中 毎シーン、河合さんの身体の動きがちょっとしたことですら素晴らしくて、感動していました。アクションの映画にもしたかったので、河合さんのお芝居を見る前、私なりにこのシーンはこういう動きをしてほしいという要望が細かくありました。でも河合さんはシーンごとに特に何も言わなくても、それ以上の動きをしてくれる。すごい人なんです。
金子 取っ組み合いの喧嘩のシーンのアクションでも、河合さんは身体の使い方がうまいと思いました。リハーサル通りじゃなくても、成立させることができるんですよね。
——カナを取りまくふたりの男性像も印象的だ。家賃を払い、料理を作り、甲斐甲斐しくカナの世話を焼くホンダ、カナと関係を深めていく自信家のクリエイター、ハヤシ。金子さんは、後にカナとつき合うハヤシを演じる。
金子 ハヤシは最初と最後で見え方が違いますし、カナとのパワーバランスが変わっていくのが面白いと思いました。カナはハヤシに対して暴言だけでなく、殴ったり蹴ったりしますが、彼は力でねじ伏せることはしない。でも、我慢しているという意識がない。優しいということもあるけど、発散の仕方が暴力ではないんです。あと、カナの可愛さを知っているのも理由のひとつだと思います。
河合 ハヤシもホンダも優しい。カナを攻撃したり、見捨てたりしないんですよね。
金子 でも、実際演じてみると、カナに対して思うところもあって、ムカつかせてやろうとなるんですよ(笑)。相手が欲しい言葉を言わないとか、恋愛あるあるかと思うんです。ハヤシは相手がイラつく言い方を絶対にあえて、しているんです。殴ったりはしないけど、そうすることで、自分の不満や苛立ちを発散させているんだと思います。
山中 カナが爆発する直前のシーンで、ハヤシは自分が食べていたカップ麺を動かして避難させるんです(笑)。それを金子さんは自然にやっていて、感心しました。それって彼女がいつカップ麺の汁をぶっかけるかわからないがゆえの行動であって、怒っている側は気づかない視点ですよね。金子さんは、彼女と闘っていたんだと思います(笑)。
金子 その後、さらに大変なことになるとわかっているけど、抗っています(笑)。
——運命に引き寄せられるように『ナミビアの砂漠』という作品をこの世に生み出した3人。企画が動き出してから、自然と同じ気持ちを共有していたという。
河合 撮影中は、この作品がカンヌ(国際映画祭)に行けるとは思っていませんでした。でも、心のどこかで見てろよ、これは絶対面白くなるから、と思っていました。誰かに否定されているわけでもないのに、私たちは妥協しないで、絶対ヤバいものを作るから、みたいな気持ちがずっとあったんですよね。山中さんの映画を観て、観客の皆さんにびっくりしてほしいし、楽しんでもらいたい。いい映画を作り出せて本当によかったです。
金子 僕にとっても、大切な一作です。山中さんと出会えて、河合さんと一緒に芝居ができて恵まれていると思います。僕も撮影中、これは大きな作品になると思っていました。僕は、心の中で思っていた河合さんとは逆で、シーンごとに「これはヤバい!」とか「とんでもないことになってるぞ」って声に出しちゃっていたんですけどね(笑)。
河合 (笑)。金子さんの言う通り、みんながこれは面白い作品になるぞっていう共通認識を持っていたということですね。
山中 そうですね。最高のチームワークによって全部素晴らしいシーンとなりました、すごくいい映画だと思います。日本の皆さんに早く観てもらいたいです。