“家を失う”とはどういうことか。その問いに向き合う5本の短編作品が、第55回ロッテルダム国際映画祭(IFFR)でワールドプレミア上映された。難民映画基金(Displacement Film Fund)の支援を受けた短編5作品は、亡命や追放という経験をそれぞれの視点から描き出す。ここでは上映作品とともに、監督たちのコメントを紹介。日本での配給・上映の実現にも期待が高まる。

「母国から逃れる」困難や心情をそれぞれの視点で描く。 難民映画基金の短編5作品【第55回ロッテルダム国際映画祭(IFFR)】

“家を失う”とはどういうことか。その問いに向き合う5本の短編作品が、第55回ロッテルダム国際映画祭(IFFR)でワールドプレミア上映された。難民映画基金(Displacement Film Fund)の支援を受けた短編5作品は、亡命や追放という経験をそれぞれの視点から描き出す。ここでは上映作品とともに、監督たちのコメントを紹介。日本での配給・上映の実現にも期待が高まる。

難民映画基金(Displacement Film Fund)とは?

2025年の第54回ロッテルダム国際映画祭で上映された5作品の監督たち

避難や追放を余儀なくされた映画制作者、あるいは難民としての経験を作品で描いてきた映画制作者を支援・助成することを目的とした基金。2025年の第54回ロッテルダム国際映画祭で、ケイト・ブランシェットとロッテルダム国際映画祭のヒューバート・バルス基金により創設が発表された。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が戦略パートナーを務め、短編映画への助成制度をパイロット版として展開。創設パートナーにはユニクロをはじめ、複数の団体が参画している。

『Rotation』 日常が奪われた者たちの内なる声を聞く

『Rotation』日常が奪われた者たちの内なる声を聞く

戦争をきっかけに兵役に就くことになった若いウクライナ人女性。催眠治療の儀式にのぞむ彼女の姿、表情、ことばに、カメラはタイトル通り回転しながら寄り添う。かつて当たり前にあったもの、自らの選択ではなく奪われてしまった現実を、観る者に想像させる構成。ゴルバチ監督はひとりの女性の感覚を通して、ウクライナで20年前に閉鎖された映画用フィルム製造会社Svemaの工場に残るストック・ネガに、戦争が奪うのは命だけではなく日常そのものであることを焼き付ける。

「“日常が奪われること”について語りたいと思いました。ほかの国で起こっていることと同じく、ウクライナでも普通の市民が突然軍人や医師として戦火の現実に組み込まれました。自ら選ばずとも、状況によって人生は切り替えられてしまう。その感情の変化を描きたかったのです」

マリナ・エル・ゴルバチ Maryna Er Gorbach プロフィール画像
映画監督マリナ・エル・ゴルバチ Maryna Er Gorbach 

ウクライナ出身。脚本、監督、プロデュース、編集を手がける。2014年7月17日にウクライナ・ドネツク州で起きたマレーシア航空17便撃墜事件を背景に、ロシアとの国境付近で暮らす出産間近の女性を描いた『世界が引き裂かれる時』(22)は、2022年サンダンス映画祭ワールドシネマ・ドラマ部門で監督賞を受賞した。

『Super Afghan Gym』 閉鎖的な空間もコメディに変える、シスターフッドの力

『Super Afghan GymSuper Afghan Gym』 閉鎖的な空間もコメディに変える、シスターフッドの力

アフガニスタン・カブール中心部のとあるジム。1日のうちに許されたわずか1時間の昼休みに、あらゆる世代の主婦たちが集まり、ときに我が子をダンベル代わりにしながら体を動かし、愚痴や不満を分かち合う。厳しい社会情勢や制約のなかで痛みを共有しながら生きる女性たちの連帯は、軽やかに、逞しく、マッチョな男性のポスターに囲まれた閉ざされた部屋でさえ、カラフルなエネルギーで満たしていく。

「他者から押し付けられるアイデンティティと、自分の内側から感じる自分は違います。女性として、自分の身体に居場所がないと感じる経験もそれと重なります。アフガニスタンでは、女性がジムに通うことさえ難しい状況です。それでも彼女たちは秘密裏に通い、自分の生を取り戻そうとしています。人間は制限されても必ず抜け道を見つける。その希望を描こうとしました」

シャフルバヌ・サダト Shahrbanoo Sadatプロフィール画像
映画監督シャフルバヌ・サダト Shahrbanoo Sadat

アフガニスタン人の両親のもとイランで生まれ、10代でアフガニスタンに戻り、カブールを拠点に活動していた映画監督・脚本家・プロデューサー。近年はドイツに避難。長編デビュー作『狼と羊(原題:Wolf and Sheep)』は、2016年カンヌ国際映画祭「監督週間」で最高賞を受賞。自身が主演する自伝的映画『No Good Men』は、2026年のベルリン国際映画祭でオープニングを飾った。

『Allies in Exile』 戦禍を生き延びた親友と自分。それぞれの亡命の旅の記録

『Allies in Exile』 戦禍を生き延びた親友と自分。それぞれの亡命の旅の記録

シリア出身の映画作家ハサン・カッタンとファディ・アル・アラビ。二人は、14年にわたり、最前線で内戦を記録し、絆を深めてきた。しかし本作で彼らが置かれているのは、反難民デモ隊に取り囲まれるイギリスの亡命希望者施設の一室だ。過去の凄惨な戦場の映像と、ロンドンの官僚主義のもとでひたすら待機する日々を交差させながら、未来が定まらない現在の状況を確かめるように、カメラは彼らの今を記録する。

「僕にとって、作品に使っているアーカイブは、1秒ごとに記憶が詰まった人生そのものです。亡命の旅の途中でも、現実が苦しいときほどそこに逃げ込んでいました。“家”を失うと、人はどうにかして別の形で家を取り戻そうとする。僕にとっては、それが映像であり、映画を作ることでした」

ハサン・カッタン Hasan Kattanプロフィール画像
映画監督ハサン・カッタン Hasan Kattan

シリア出身。『アレッポ 最後の男たち』(監督:フェラス・ファヤード/17)の共同監督を務め、同作はアカデミー賞にノミネートされ、サンダンス映画祭で審査員大賞を受賞。

『Whispers of a Burning Scent』 「結婚生活」が突然奪われる。尊厳の追放体験を描く

『Whispers of a Burning Scent』 「結婚」が突然に奪われる。尊厳の追放体験を描く

モガディシュで結婚式の演奏の仕事を控える寡黙な男性が、思いがけず法廷に立たされる。認知症の高齢女性と結婚し、財産を売却した疑いがかけられたのだ。彼は彼女を愛していたのか、それとも利用したのか。人は、忠誠心や愛情を裁くことができるのか。本作はその問いを残して、社会のなかで尊厳を奪われることもまた一種のDisplacementであることを示す。

「6年前、ソマリアで撮影用に用意した美術を本物だと勘違いされ、警察署に連れて行かれました。そこで出会った若い男性が、年上の女性と結婚し『彼女を利用している』と非難されていると語ってくれた。その話がなぜか心に残っていて。完全に確信が持てなくても、誰かを信じることを選ぶ感覚を描きたいと思いました」

モ・ハラウェ Mo Haraweプロフィール画像
映画監督モ・ハラウェ Mo Harawe

ソマリア出身のソマリア系オーストリア人監督。長編デビュー作『The Village Next to Paradise』(24)は、ソマリア映画として初めてカンヌ国際映画祭「ある視点」部門に公式選出された。

『Sense of Water』 異なる言語の奥底にある感情をたぐる

『Sense of Water』 異なる言語同士の奥底にある感情をたぐる

亡命し、ドイツ・ベルリンに渡ったイラン人作家が、イラン系ドイツ人の編集者と出会う。再び書くために、異国の言語に宿る意味を知り、自分の感情との橋渡しをしようと試みるが、新たな言語で感情を表現しようとするたび、母国との距離もまた浮かび上がる。亡命という現実のなかで、書くこと、そして自分として生きることを問い直す作品。

「この映画は、私の個人的な体験から生まれました。ロンドンでシャワーを浴びていると、以前にもこの水を体で感じたことがあるという不思議な感覚に襲われました。それは1年半前にイランの刑務所で経験したものとまったく同じだと気づいたのです。そのとき感じた、ことばの背後にある深い感情を探ろうと、新しい場所や文化との出会いを物語にしました。私は約1年半前に山を越え、違法にイランを離れました。芸術家が故郷を離れると意味のある作品を作れない、という神話を本作で打ち破りたかったのです」

モハマド・ラスロフ Mohammad Rasoulofプロフィール画像
映画監督モハマド・ラスロフ Mohammad Rasoulof

イランのインディペンデント系映画監督。『聖なるイチジクの種』が2024年カンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出された直後、イランで禁錮8年の判決を受け、ドイツへ避難。同作は第97回アカデミー賞国際長編映画賞にもノミネートされた。