「YBA」とはなんだったのか? 『テート美術館 — YBA&BEYOND』展の見どころをキュレーターが解説

現在、東京で開催中の『テート美術館 — YBA&BEYOND』展はテート美術館のキュレーションのもと、YBA(Young British Artist)と総称されたアーティストたちを中心に、1980年代後半から2000年初めの英国のアートを俯瞰的に紹介する展覧会。会場の国立新美術館の主任研究員、山田由佳子さんに、YBAと本展の見どころについて聞いた。

ヴォルフガング・ティルマンス ザ・コック(キス)

展覧会のメインビジュアルに使われたヴォルフガング・ティルマンスの《ザ・コック(キス)》(2002年)(© Wolfgang Tillmans, courtesy of Maureen Paley,London; Galerie Buchholz; David Zwirner, New York)

ダミアン・ハースト 後天的な回避不能

ダミアン・ハーストの《後天的な回避不能》(1991年)(Photographed by Prudence Cuming Associates © Damien Hirst and Science Ltd.All rights reserved, DACS/Artimage 2026)

そもそもYBAとは何を指すのでしょうか?

80年代後半以降の英国で、実験的な創作と既存の制度に拠らない取り組みを行う20代のアーティストが目立つようになり、彼らを"Young British Artists"と呼び始めたという経緯があります。’92年に雑誌『Artforum』の記事で美術史家マイケル・コリスが用いた呼称ですが、その後彼らを取り上げる展覧会があり、ムーブメントのように広がりました。

その起点となったのが、ダミアン・ハーストが’88年に企画した『Freeze』展です。ゴールドスミス・カレッジの学生だった彼は、ロンドン東部にあった倉庫をギャラリーに改造し、同校の卒業生や在学生の作品を集めて展覧会を開催。これがムーブメントの出発点とされています。

ルベイナ・ヒミド 二人の間で私の心はバランスをとる

山田さんが個人的に推したい作品だという、ザンジバル生まれのルベイナ・ヒミドによる《二人の間で私の心はバランスをとる》(1991年)。「非白人系の人たちの声が長い間語られることなく、今なお人種差別が根深く残っていることを改めて考えさせてくれます」 (Photo: Tate © Lubaina Himid. Courtesy Hollybush Gardens and Greene Naftali)

YBAが登場する背景にはどんな事情があったのでしょう?

彼らは保守党のサッチャー政権の末期に登場しますが、同政権が推進した新自由主義政策が不況を招き、土地開発が途中で頓挫するようなことがありました。その結果アーティストたちは建物を安く借りて、若くても創作の場や発表の場を得られたんです。

また当時は美大の学費も安価で、家庭が裕福でなくてもアートを学ぶことができた。不況下で公的援助はほとんどありませんでしたが、守られていないがゆえに自ら道を拓く精神が育まれたりと、経済事情が多くのアーティストを輩出するきっかけになったんです。

実際ハーストやトレイシー・エミンら代表的アーティストは労働者階級出身。限られた人のための特別なものだったアートに社会的な広がりが生まれるとともに、メディアに対してアピールしたり公の場に積極的に出ていった彼らの影響で、アートが大衆化した部分もあります。

トレイシー・エミン モニュメント・バレー(壮大なスケール)

トレイシー・エミンの《モニュメント・バレー(壮大なスケール)》(1995-’97年)(Photo: Tate © Tracey Emin)

表現手法はさまざまですが、ファウンド・オブジェクト(自然界にあるものや人工物を作品に転用すること)の作品も目立ちます。

身近なものは安く入手できることが関係しています。そして些細な日用品であっても、そこにある個人的な物語や人間の痕跡、刻まれた記憶を大切にしようという意図があったのかなと。比較的に壮大な物語を追い求めた80年代アートへの反動として個人的な物語を重視したことは、90年代のアーティストの特徴です。

サラ・ルーカス 煙草のおっぱい(理想化された喫煙者の椅子Ⅱ)

煙草などファウンド・オブジェクトを用いたサラ・ルーカスの《煙草のおっぱい(理想化された喫煙者の椅子Ⅱ)》(1999年) すべてテート美術館蔵(© Sarah Lucas. Courtesy Sadie Coles HQ, London)

そんなYBAを本展はどのように見せているのですか?

90年代の英国におけるカルチャー全体や政治の流れを含めて歴史を俯瞰しています。またテート美術館は、『YBA&BEYOND』の"BEYOND(その先)"を強調しています。

つまりYBAの枠外で活動していた人たちの作品も評価し、たとえば、非白人系アーティストを多く紹介して現在の視点から考え直す。今、世界中で分断や排外主義が台頭していますが、アーティストたちが人種やセクシュアリティの問題、多文化主義を積極的に取り上げていた90年代の英国を考察することには、今日的意味があるのです。

Yukako Yamadaプロフィール画像
キュレーターYukako Yamada

国立新美術館主任研究員。20世紀以降の西洋美術史を専門とし、過去に『ニキ・ド・サンファル』展などを担当。『YBA&BEYOND』展ではテート美術館と一緒に展覧会の企画にあたった。

『テート美術館 − YBA & BEYOND  世界を変えた90s 英国アート』

ロンドンのテート美術館収蔵の、約60名のアーティストによる約100点の作品が結集。
会期/開催中〜5月11日 東京・国立新美術館、6月3日〜9月6日 京都・京都市京セラ美術館

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