帝国劇場という豊饒。その記憶を小説に。作家の【小川洋子】さんにインタビュー

2025年2月に建て替えのため惜しまれながら一時休館した、東京・丸の内にある帝国劇場。作家・小川洋子さんの最新作は、その「帝劇」を舞台にした連作短編小説だ。元支配人から「帝国劇場の記憶を小説の形で残しておきたい」というオファーを受けて、2023年の秋から取材をスタートした。

 

作家・小川洋子さん

「最初は、私にそんな資格があるだろうかと不安でした。でも取材の初日に劇場で働く方々に話を聞いたとき、皆さんの語る言葉のすべてがまるで小説のようで。そのくらい皆さん、プロとしての誇りと高い感性をもって働いていたんですね。そういう話を聞いて、これはもう書くしかないという気持ちになりました」と小川さんはほほえむ。

小説の中でスポットライトを当てるのは、舞台に立つスターではなく、誠実な仕事ぶりで陰ながら劇場を支える人々。自己主張をせずに裏方として身を捧げる人々の姿は、小川さんがずっと心惹かれて描いてきた対象でもある。

「劇場という空間は、誰にも気づいてもらえない、気づいてもらうことを望んでもいないような仕事の積み重ねで出来上がっているんですね。観客が見ているのは、その積み重ねの先にある星座のようにキラキラ輝く部分だけなんです」

観客席の案内係や売店のスタッフ、座長や出演者の付き人、「何でも屋さん」のような幕内係や楽屋係。ひとつの舞台を作り上げるのにどれだけ多くの人がかかわっているか、そしてどれだけの思いが込められているかが丁寧に描写される。

「ミュージカル俳優の井上芳雄さんが『僕は帝国劇場に恩返しをしたいんです』と話していて。おそらく裏方の皆さんも同じ気持ちだったのではないでしょうか」

細部まで心を込めて準備したり、ひとつの場面の練習を納得いくまで繰り返したり。劇場で取材を重ねるうち、効率や利益では測れない「いいお芝居を作りたい」という思いの強さに崇高なものさえ感じるようになった、と小川さん。

「きついスケジュールの中で極限まで練習し、準備し尽くしたあとで、最後にできるのは祈ることしかない。劇場はそういう祈りに満ちた場所でもあるんですね。実際に、理屈を超えた不思議な体験をしている関係者も多いとか。今回の小説にしても、私が書いたというよりは何か大きな力が働いて、帝国劇場に潜んでいた物語が解き放たれ、そこに運よく立ち会えて書かせてもらった、という感じがします」

劇場に赴き、舞台上で繰り広げられる世界に魅了される。その体験の豊かさをこの短編集は優しく思い出させてくれる。

「映画を1.5倍速で見るようなことばかりがいいとは思いません。本当は人間にとってちょうどいい速度があると思うんです。読書だってそうですね。一歩一歩、一字一字丁寧に進んでいくような、ある種の根気強さを通さないとわからないことというものがあるのではないでしょうか」

小川洋子プロフィール画像
作家小川洋子

1962年岡山市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。1991年「妊娠カレンダー」で芥川賞、2004年『博士の愛した数式』で読売文学賞と本屋大賞、’06年『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞を受賞。『掌に眠る舞台』ほか著書多数。

INFORMATION

『劇場という名の星座』

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60年の長きにわたり愛され、現在は休館中の帝国劇場。裏方スタッフや観客など、さまざまな立場から同劇場にかかわる人々の姿を通して、劇場の記憶を描く短編小説集。全8編。(小川洋子著 集英社/1,925円)

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