撮影:平尾健太郎
実は美術関係者が特に驚いているのだ。現役バリバリどころか世界のトップレベルで活躍しているアーティストが10年ほどの間にこれだけのコレクションを築けるものなのかと。村上の作品には興味がないとか、村上の作品のどこがいいのかわからないとまで言っているアンチたちも「あのコレクションは確かにスゴい」と認めざるをえない様子だ。
しかもジャンルは、古美術では絵画も彫刻も陶芸も。現代美術作品は日本人作家、海外作家問わず。現代陶芸の作家には支援者的な立場で接し作品を集めている。さらにアンティーク家具や古道具がある。たとえば古雑巾、使い込まれたコーヒーフィルターなど。
日本国内での大規模個展は現在、森美術館で開催中の「村上隆の五百羅漢展」が2001年の東京都現代美術館での「召喚するかドアを開けるか回復するか全滅するか」以来14年ぶりなのだがその間、むしろ彼の活躍は世界に目を向けた目覚ましいものだった。
ロサンゼルス現代美術館、カルティエ財団、ニューヨークのジャパンソサエティなどを舞台に自身の創作コンセプトの根底をなす「スーパーフラット」という考え方を展開、完結させ、ロサンゼルス、ニューヨーク、フランクフルト、ビルバオを巡回した「©MURAKAMI」という展覧会で美術家としての立場を揺るぎないものにした。さらにヴェルサイユ宮殿やカタール、ドーハでの展示。日本の美術館での展示はなく、海外での展示が続いた。キャラヴァン的アーティスト。または彷徨える芸術家。それは世界的な人気ゆえだ。作品の値段が高くなりすぎて日本国内では現代美術コレクターの手に負えなくなったこともある。
国内でも美術館での展示はなかったものの、映画「めめめのくらげ」の制作、若手アーティストに発表・販売の場を与えるGEISAIを年に数回開催し、元麻布と中野などで複数のギャラリーの運営・監修。
そしてそもそも100人くらいの従業員を率いる会社経営者でもあるのだ。
もともとコレクションをしていなかったわけではない。学生時代からローンで作品を買ったりしていたし、ネットオークションでアニメの原画をコツコツ落札したり、自分が使う用の蕎麦猪口を買ってみたり、ときにコレクターの気持ち、気分を理解するために作品を買ったりもしていた。
それがちょうど10年前の2006年、ひとつの茶碗を手に入れたことがきっかけになり膨大なコレクションを築くことになる。
呼継志野茶碗[北大路魯山人旧蔵]
それを見つけたのはニューヨークのJFK空港のラウンジで読んだ『家庭画報』の誌面だった。「北大路魯山人旧蔵 呼継 志野茶碗」。成田空港に着くやいなや問い合わせ先に電話をしてまだ在庫としてあるかどうかを確認した。
このときはものに惚れたというよりも北大路魯山人旧蔵の部分に反応したのだろう。作家であり、プロデューサー的な立場で活動した魯山人を自身に重ねた。のちに魯山人への傾倒は一層増し、魯山人作品、魯山人旧蔵品を積極的に集めることになる。
当時の村上にとってはかなりの高額だったその茶碗を自慢したくて、ある茶人を人づてに紹介してもらい、村上としては意気揚々と見てもらったところ、酷評されてしまったのだ。それでますます燃える。以来、猛勉強し、京都や大阪の古美術商にも通い、月謝も払った(購入した)。
結果、茶碗のコレクションには瀬戸黒、黒織部、織部黒、熊川(こもがい)など少しでも茶道具に興味のある人なら身を乗り出すようなもの、しかもシブいものを揃えている。
中でも一点特に紹介するならば、これ、鼠志野檜垣文茶碗 銘 さゞ波(桃山時代)だろう。筆者は数年前、三井記念美術館「特別展 国宝『卯花墻』と桃山の名陶―志野・黄瀬戸・瀬戸黒・織部―」で見たことがある。その茶碗がなぜかここに。
国宝の茶碗と並ぶにふさわしい名品も所有しているのだ。
鼠志野檜垣文茶碗 銘 さゞ波 桃山時代
茶陶だけでなく、いわゆる書画も充実している。伊藤若冲と同時代に活躍し、人気を二分する画家、曾我蕭白のこんな珍しい屏風もある。
曾我蕭白《定家・寂蓮・西行図屏風》江戸中期
一方、同時に現代アート作品も着々と購入していく。それは第一線で活動するアーティストとしてスタディの意味もあるのかもしれないし、ギャラリーの経営者という立場から購入しておきたかったり、海外のアートフェアやオークションで見つけ、コレクションに加えていった結果である。
現代美術セクションの展示の最終チェックをする村上隆氏。(撮影:筆者)
アンセルム・ライル、バリー・マッギー、奈良美智の作品など見える。
横浜美術館のエントランスを入ったところに迫力の設置。
アンゼルム・キーファー《メルカバ》《神殿崩壊》《セフィロトの木》すべて2010年
©Anselm Kiefer, Courtesy Gagosian Gallery
大きいこと、高額なことも村上にとって重要な要素のようだ。とくに日本人のコレクターが手を出さないような大きな作品でさえもひるまず集めている。有名作家の作品なら、大きくなればそれだけ高額になる。しかもたとえばアメリカで購入したものを日本に運ぶその輸送費や保険、税金は尋常ではない。
たとえば今回、横浜美術館のエントランスを入ったところにアンゼルム・キーファーの大きな作品が3点あるがそのうちの一つは本物の戦闘機の残骸を素材にしている。そしてそれを取り囲むガラスケースも作品に付属している。今回の展示のためにニューヨークから運ばれてきた作品の一つだが今後これを保管する倉庫のことも考えなければならない。コレクターとして現代アート最前線をテーマにするならそれくらいの覚悟が必要だ。
また、美術館でも購入・収蔵しにくいインスタレーション作品をあえて購入している。たとえばデヴィッド・シュリグリーの作品は機械仕掛けの人形を観覧者がデッサンし、その絵を壁に貼っていく。そうやって作品が完成していく。こんな作品、日本の美術館で持っているところがあるだろうか。
デイヴィッド・シュリグリー《ヌードモデル》
2012年David Shrigley, Life Model, 2012
Courtesy the artist, Anton Kern Gallery, New York and Stephen Friedman Gallery, London
また、村上と同様、ヴェルサイユ宮殿での大規模展示を成功させたアーティスト李禹煥(り・うーふぁん)はこの展覧会のために新作を制作している。
李禹煥作品の展示風景(パノラマ撮影)。作品のために部屋が作られている。
©Lee U-fan, 2016
たった10年でここまで築いた村上隆が今後どれくらいコレクションを拡張させていくのか予想もできない。彼のアーティスト活動とともに注目していきたいと思う。
荒木経惟《センチメンタルな旅》1971年(2015年プリント)
© Nobuyoshi Araki, Courtesy of Taka Ishii Gallery, Tokyo
「村上隆のスーパーフラット・コレクション ―蕭白、魯山人からキーファーまで―」
会期:2016年 1月30日(土)~4月3日(日)
会場:横浜美術館[みなとみらい線(東急東横線直通)徒歩3分]
開館時間:10時~18時(入館は17時30分まで)
休館日:木曜日 ※2016年2月11日(木・祝)は開館
http://yokohama.art.museum/special/2015/murakamicollection/index.html
美術ジャーナリスト/編集者。ライフスタイル誌編集者時代から国内外各地の美術館・美術展、有名アーティストを取材する。共編著に『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。愛知県立芸術大学客員教授。