オートクチュールという誘惑 #5

芸術は永く時は短し。

そう語ったのは詩人で美術評論も手がけたボードレールだ。
うつろいやすいものの中に永遠を見出し、表現することこそ近代の美と位置づけた。
流行を取り入れ、移り変わるファッションこそ最も美しく最も儚い一時的なモチーフかもしれない。

 

 


クリスチャン・ディオール  イヴニング・ドレス《パルミール》 1952 年秋冬
ガリエラ宮パリ市立モード美術館蔵 
絹サテン、パール・ビーズとスパンコール、ラインストーン、レーヨン糸、ラメ糸の刺繍

英国エリザベス女王の義理の伯母にあたるウィンザー公爵夫人が当時最も大きなメゾンだったディオールに注文したドレス。

ディオールらしい美しい曲線を多用し、丸みを帯びたシルエット。パール・グレーの絹サテン地にパール・ビーズやスパンコール、ラインストーン、ラメ糸が豪華に刺繍されている。

多様なブルーの色調が見てとれ、ビュスチエ・ボディスにシュロの葉(パルミールの名はここから来ている)が横一列に並んでいることがオリエンタルな印象を与えている。

さて、オートクチュールとはなにか?
Haute=「高品位の」、Couture=「仕立て」から「高級仕立(婦人)服」と定義するとしたら、それは半分だけ正しい。
高価な素材を惜しまず使うこと、腕の良い職人の手技を駆使し、裁たれ、刺繍され、縫われた美しいドレスであること。

そしてあとの半分はというと、フランス国内の制度にのっとったシステムそのもの。それがオートクチュールなのである

パリ・クチュール組合が業界を保護し発展させる団体として存在し、オートクチュールを定義する法令や規定がある。
クチュール=クレアシオンのメゾン(オートクチュールの作り手)を名乗るための条件が定められているのだ。

ちょうどそれは、シャンパーニュ地方で一定の原料、製法、条件を満たした発泡性ワインだけが、シャンパーニュを名乗れるのと似ているかもしれない。 

とかく、フランスはクオリティを制度で保証する術に長けている。

 そんなオートクチュール(=着る芸術品)の誕生から現代に至る歴史を見渡す展覧会がパリ・モードの殿堂であるガリエラ宮パリ市立モード美術館の館長オリヴィエ・サイヤール氏監修により、2013年にパリ市庁舎で開催された。

それを三菱一号館美術館館長の高橋明也氏が見て感動し、同館に合わせ再構成したのが開催中のこの展覧会である。

日本国内でこれだけ貴重なオートクチュール作品が見られることに感謝したい。

クリスチャン・ラクロワ  イヴニング・アンサンブル 《クー・ド・ルーリ》1991年秋冬
ガリエラ宮パリ市立モード美術館蔵
ウールにシュニール糸、金ラメのニット、絹ジャカード、絹オーガンザ

手編みされた黄色と黒の半袖ニットと、約7メートルもの布地を用いたロングスカートのアンサンブル。

クリスチャン・ラクロワによる1991年の作品である。
大ぶりなスカートはオートクチュールの創始者である、シャルル=フレデリック・ウォルトへのオマージュだ。19世紀に流行した腰部が膨らんだバッスルスタイルが取り入れられている。

古典的なスカートと現代的なニットの混在が彼の手によって、美しく昇華している。

産業革命が芸術にも大きく影響を与えたのはよく言われるところだ。
最もわかりやすいのは印象派画家たちの出現。鉄道が発達したり、余暇を楽しむライフスタイルが絵のモチーフを一変させた。
新興の富裕層が生まれ、それまで画家たちのパトロンだった王室や教会だけでなく、一般家庭にも絵が飾られるようになった。
写真の発明による絵画の役割変化やチューブ入り絵具の普及というテクニカルな側面と同時に語られる。

19世紀フランスのファッションの世界に産業革命が与えた影響も計り知れない。
紡績機や織機が改良され、縫製技術も発展し、百貨店などによる流通の拡大があった。
さらに、ファッションを伝えるメディアの発達したことで流行情報が拡散されるスピードや鮮度、その広がり方にも変化を与えた。

20世紀になると、アメリカも富み、力を増し、豪華客船による北大西洋航路の船旅が活発になる。
たとえば、かのタイタニック号の進水は1911年。悲劇は1912年だ。
豪華客船には富裕な乗客が集まる。夜な夜な開かれるパーティに女性たちは最高に着飾って集結するのである。
オートクチュールのドレスが最も映えるステージの一つだろう。

 優雅な船旅はまた、人々のエキゾチシズムをいやでも盛り上げる。
ドレスのモチーフは未だ見ぬ異国に飛んで行く(エキゾチックなモチーフを求める)

あるときはギリシャ、ローマに。あるときはエジプトに。もちろん、東洋にも。


マドレーヌ・ヴィオネ  イヴニング・ドレス 1924年
ガリエラ宮パリ市立モード美術館蔵
絹モスリン、金属糸とパール・ビーズ、竹ビーズ、ラインストーンの刺繍

20世紀初頭のパリに登場したハイウェストのドレスはそれまでの主流のコルセットの使用を終わらせた。

たとえばこんな、肩から垂れ下がる直線的なラインのドレスが女性を彩る。
このマドレーヌ・ヴィオネのドレスは古代ギリシャの彫刻に着想を得ているという。
このほか、ポール・ポワレはその名もエジプシエンヌというイヴニング・ドレスを1920年頃に発表しているし、また、彼はコクーン(繭)型ドレス、マンシュ・ジャポネーズ(日本風の袖)というデザイン画を残していて、そこからは日本の着物の特徴がうかがえるのである。

ポール・ポワレ 《デッサン》 1920年頃 グワッシュ
ガリエラ宮パリ市立モード美術館蔵
© Galliera / Roger-Viollet Cat.95 Sans n°2
Paul Poiret (1879-1944). Dessin. Gouache, crayon graphite. Vers 1920.
Galliera, musée de la Mode de la Ville de Paris.

 

 

 

オートクチュールとエキゾチシズム(異国趣味)はとても密接な関係にある。

 

 



PARIS オートクチュール—世界に一つだけの服
会期 5月22日まで
会場 三菱一号館美術館
開館時間 10:00~18:00(祝日を除く金曜、会期最終週平日は20:00まで)
※入館は閉館の30分前まで
休館日 月曜日(但し、祝日と5月2日、16日は開館)

http://mimt.jp/paris-hc/

鈴木芳雄プロフィール画像
鈴木芳雄

美術ジャーナリスト/編集者。ライフスタイル誌編集者時代から国内外各地の美術館・美術展、有名アーティストを取材する。共編著に『光琳ART 光琳と現代美術』『チームラボって、何者?』など。愛知県立芸術大学客員教授。

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