GUCCIのパンツと背骨の位置

 「やっと会えたね」。さすがに声に出してまでは言わない。でも服を買う時そんな気持ちになるのは、ファッション誌の編集者にとってはよくあることです。例えば、ショーや展示会で見た服を買おうと心に誓ってから、商品が入荷されるまでのタイムラグ。他にも、校了を見た後に印刷が済み、雑誌が出来上がるまでの間。一度目にしたものが再び自分の前に現れるまでの、時間のズレだけを追って生きているような気がします。
 つい最近まで心待ちにしていたのが、このGUCCIのパンツ。2月にミラノでアレッサンドロ・ミケーレ初のウィメンズ・ショーを見た時から、秋になったら買うと決めていました。丈直しの途中のように折り目が残った切りっぱなしの裾。引き出しの奥にしまわれていたみたいな不規則なシワ。どこかで長い間忘れられていた時期があったかのような、古着っぽいディテールにグっとくる。そして、なんといっても腰ばきが似合う、ルーズなシルエットがツボです。

 それにしても、パンツを腰ばきしないと不安な体質になったのはいつからでしょうか。いくら流行っても、ハイウエストでウエストインなんていう荒行は、もうできない。多少なら、尻を見せる方が恥ずかしくない。そのくらいのレベルのコシバキスト。90年代以降、自分にとっては理想のコシバキストが何人かいました。古着のデニムの裂け目からサーマルをのぞかせたカート・コバーン。Levi’sのスタプレストをブカっとはいてギターを弾くジョン・フルシアンテ…… そして忘れちゃいけないのが、アレキサンダー・マックイーン!
 ショーの最後にのっそり出てきて挨拶をするマックイーンは、大抵2サイズくらい大きいジーンズをはいていました。体型が違うとはいえ、あのナチュラルでダルいムードは自分にとってデニムの理想型。写真集等に残されたマックイーンの姿を見ると、彼の着こなしが実は計算されたものだとわかります。デニムのウエストから覗く下着をあえてトミー・ヒルフィガーの派手なロゴものにしてみたり、ウォレットコードを左のベルトループに付けてるのに、あえて逆サイドの右側に垂らしてみたり。どうみてもクロコダイル素材のエルメスのHベルトを締めてるのに、デニムのフロント部分のボタンが一個はずれて開いているっていう写真を見つけたときは、やっぱりこの人は天才だと思った。リュクスなベルトのすぐ下で、社会の窓をチラリと開ける。冗談抜きで、こういうアティチュードこそマックイーンらしい。

 先月までロンドンのヴィクトリア&アルバートミュージアムで開催されていた『ALEXANDER McQUEEN : SAVAGE BEAUTY』展を観る機会がありました。マックイーンの作品を、彼が遺した言葉とともに見せていく展示のスタイルも素晴らしく、服を見て感動して泣くという不思議な精神状態になりましたが、この展覧会でも腰ばきに関連する作品を見つけました。マックイーンはヒップハングパンツを多く作りましたが、展示されていたパンツのハングぶりは半端ではない。尻は確実に割れ目まで見えている。前は、おいこれいろいろ大丈夫か?という状態。パンツの展示に添えられたマックイーンの言葉には、こうありました。

「~ 私にとって、尻ではなく背骨の付け根こそが、
人体におけるもっともエロティックな部分だ。
男性であれ、女性であれ。」

 背骨の付け根(the bottom of the spine)ってことは尾てい骨? GUCCIのパンツも、そこまで落としてはいてみるか…… 理想のコシバキストの領域までは、なかなか辿り着けません。

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