ラブチンスキーや「ヴェトモン」のデムナ・ヴァザリアなど、気鋭のデザイナーがこぞって提案する"新しいロシアン・スタイル"とは
いま、多くの新世代のデザイナーたちがコレクションに投影するのは、過去のロシアのまばゆい幻影ではなく、ソビエトの時代のリアルな記憶そのものだ。ロシア史を紐解きながら、その現代ファッションへの影響を探る後編。
一方、デムナ・ヴァザリアはキリル文字を使わない。だが彼の美学にはやはりソビエト的な感性が宿っている。オーバーサイズの服と縮んだような服のちぐはぐな重ね着、フェイクレザーやラメといった癖のある素材、奇妙に崩れたプロポーション......彼のワードローブが連想させるのは、あか抜けない時代遅れの、共産政権末期に支給された服なのだ。ヴァザリアによると、当時、リーバイスのジーンズは密輸するか、あるいは執拗に値段交渉をしなければ入手できない垂涎のアイテムだったらしい。
彼の故郷は黒海沿岸のジョージアだ。ラブチンスキーはモスクワ出身、ヴォルコヴァは中国とロシアの国境近くのウラジオストクで育った。ヴォルコヴァのスタイリングを見れば、彼女とヴァザリア、ラブチンスキーの3人の美学がいかに似通っているかよくわかるだろう。グランジ的なストリートウェア、合成繊維、大胆な原色使いという彼女のスタイリングのテーマは、3人がともに子ども時代から身につけてきた服装に由来しているのだ。それは、奇抜で冴えないものを好む風変わりな趣味の、いかにも東欧的な、ファッション性が高いとはいえない(少なくとも最近まではそうみなされてきた)スタイルである。
だが、これこそが今ショーのあちこちで見られる、新しいロシアン・スタイルなのだ。だからこそヴォルコヴァは、広告キャンペーンにランウェイ、雑誌のフォトストーリーまで引っ張りだこで、ラブチンスキーの服は世界140軒以上の店で扱われ、ヴァザリアはバレンシアガのクリエイティブ・ディレクターの座に就いたのだろう。
この新しいトレンドに影響を受けた同じ系統のブランド(ヨーロッパの有名メゾンとモスクワ発の似たようないくつかの新ブランド)は、オーバーサイズで派手な色使いの、どこかアグレッシブなロシア風スタイルを提案している。多くのファッション誌もこのテーマに夢中だ。
「ロシアン・スタイルは大ブーム、ものすごい人気ね」とヴォルコヴァは言う。「私たちは子どものときからこのスタイルを見て育ったの。でも今は見方が変わって、新しさを感じるわ」。3人がともに描くもの、それは典型的なロシアでも、意識的に作り出したものでもない。1990年代に十代だった彼らは、当時肌でじかに感じた何かを表現しているのだ。
70年代に「スタジオ54(ニューヨークの伝説的ディスコ)」に通ったトム・フォードが、当時身につけていたグラマラスなスタイルを後年に蘇らせたのと同じく、彼らは自分たちが経験した現実をファッションに映し出そうとしている。(続きを読む)
SOURCE:「Back in the U.S.S.R」By T JAPAN New York Times Style Magazine
BY ALEXANDER FURY, ILLUSTRATIONS BY PIERRE LE-TAN, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO JULY 25, 2017
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