窓打つ雨に恋が募り、

photography : Hiroko Matsubara

Short Story written by 宮木あや子

 好きな雨と嫌いな雨がある。嫌いなのは、お気に入りのK-WAYを持たずに出かけてしまった日に降られる雨。あれさえ着ていれば雨の日もハッピーなのに、鞄に入れてない私のバカ! 好きなのはなんの予定もない日の豪雨。不謹慎だけど、家にこもって屋根を叩きつける雨の音や魔物のような風の唸りを聞きながら洗車中の車みたいな窓の外を眺めていると、滅びを迎えた世界でただひとり生き残った人類の気分になる。ただし、予定がある日の豪雨、おまえは滅びよ。
 久しぶりに君に会える予定が豪雨に流された。電車が止まったのもあるが、君は生活インフラを整える仕事をしているのだった。私に会うことはおろか、今日は朝まで自分の家にも帰れないと言う。確認のためにつけたテレビの中には、自分よりもひどくこの雨の被害を被った人がたくさんいた。転倒して病院に運ばれた人、川が増水して家が大変な人、車が動かなくなってしまった人。素直に心が痛んだ。そしてずぶ濡れで仕事をする君の無事を祈った。
 雨は夜中の十二時を越えても降りつづいた。君から連絡があったときナイアガラの滝の裏側みたいだった雨は、ヴィクトリアの滝の裏側くらいにまでは落ち着いた。ねえ君、どこにいますか。何をしていますか。誇りをもって働く君を、人々の生活を支える仕事をしている君を、私は誇らしく思っています。でも、久しぶりだしやっぱり会いたかった。雨やばいねー、って言いながら並んでビールを飲みたかった。迷惑になるから連絡もできないなんてつらすぎる。
 テレビの画面にはずっと豪雨のテロップが流れていて落ち着かず、少しでも楽しい気分になりたくて、動画配信レンタルを探し、ジーン・ケリーが雨の中で踊る映画を観た。ドンは歌う。雨の中、わけもなく。なんと晴れやかな気分。心の中は太陽がいっぱい。暗雲なんか笑ってやるさ! Ha! Ha! Ha!
 ……ダメだぜんぜん紛れない。むしろ今はリナのほうに感情移入してしまってつらい。それでも最後まで観た。エンドロールが流れ始めたころ、カーテンの隙間から微かな光がさした。と同時に、電話が鳴った。君からの着信だった。
「ねえ、窓の外を見て、空を見て」
 私が何も言わないうちに君は興奮気味に言ったね。私はカーテンを開け、窓も開けた。東の空がすごかった。雨雲の割れ目に、さっき世界が滅んでたった今新しい世界が生まれたみたいな空が広がっていた。
「ごめんね、寝てた?」
「ううん、起きてた」
「そっか、良かった。綺麗でしょ? 君に伝えなきゃ! って思って、まだ仕事終わってないのに電話しちゃった。良かった、一緒に見れて」
 ——一晩中君のことを考えて眠れなかったんだよ。
 どうやって詰ろうかと考えていた。でも、どうでもよくなった。
「雨、怖かったよね。また仕事終わったら電話する、戻らなきゃ」
「うん、待ってるね。頑張って」
 濡れた土のにおいと朝の光の中、まだ細々と雨は降っている。通話の切れた電話のカメラを起動し、私は空の写真を撮った。君が私にくれた始まりの空。起きていて良かった。

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