「ケイト・スペードが遺したものともう一度向き合いたい」


photography: cass bird

ブランドのDNAに立ち返ってゆく

 創設者ケイト・スペードは、かつて自身のブランドのキーワードは“インタレスティング”だとよく言っていた。シンプルでも面白く、遊び心がありながらもシック。 彼女のバッグは、空前の“エディターズ・バッグ”、“イット・バッグ”ブームの先鞭をつけ、服からホームウェアまでブランドは拡大。ケイトはバッグからライフスタイルのファッション・ブランドを築いた最初の女性デザイナーともいわれている。
 クリエイティブ・ディレクターへの就任が決まってニコラ・グラスがまず考えたことはブランドの原点を見直し、ケイト・スペードのDNAに立ち返ることだった。
「ケイト・スペードは楽観的で心がウキウキするような楽しさあふれるブランド。ケイトの豊かな色彩感覚を生かして、カラーで遊ぶところに魅力を感じました。そして素晴らしいマーケティング力。昔のキャンペーンをひもとくと自立した強い女性が描かれているけど、突っ張ってなくてどこかオフな雰囲気と意外性が潜んでいる。好きなキャンペーン写真に、女性が巨大な帽子をかぶってヒッチハイクしているものがあるの。オフ・バランスのプロポーションで遊び心にあふれている。ファッションでもっと遊びましょう! 自分のスタイルに自信を持って! と、見る人を勇気づけている感じがするわ」
 ニコラがケイト・スペードを知ったのは大学時代。趣味で自分用のバッグを作っていたときに、偶然、雑誌に掲載されたケイト・スペードの記事を読んだ。自分の作りたいバッグのために将来性のあるファッション・エディターの仕事を辞めブランドを築いたケイト自身の生き方、もの作りの姿勢に心を打たれたという。ニコラに託されているのはブランドのコードをモダンに進化させていくことだ。
「私がまず意識したのは色と柄。 それらを“あっ”と思わせるような意外な組み合わせで見せたかった。今季でいえばライラックとシャルトルーズを合わせたり、スペード柄を組み合わせて花柄にしたり。スペードをシンボル的に使うの。実はブーツのヒールにも使っていて、よく見ると足跡がスペードになっているって、素敵でしょう? 」

使う人だけが味わえる発見の楽しさを潜ませて

 ブランドの核ともいえるバッグにはニコラならではのこだわりを入れて、際立った存在にしたいという。
「女性にとってバッグはファッションだけでなく機能性も大切。私が力を入れたいのは、持っている人に“特別”だと思ってもらうこと。クラフツマンシップに支えられた美しいバッグの留め金の形や仕組み、ライニングの素材や柄、ナイロンのバッグでもよく見るとスペード柄の刺しゅうが施されていたり、使う人が“発見”の楽しさも感じられるように、細部にはかなりこだわっています」
 ラベンダー色が大好きでフェミニンなドレスを着ることが多いニコラだが、ツーブロックのショートヘアにハードなジュエリーをミックスしてひねりをきかせている。一方、仕事では自分好みのスタイルよりも消費者たちにとって何が新しいかを考える。
「デザイナーというのは独りよがりではダメ。自分のためにデザインしているわけではないから。私自身のテイストをデザインに反映しているか、といえばほんの少しだけね」
 子どもの頃から絵を描くことが好きだったニコラは当初、建築家を目指していたが、建築はアイデアが現実のものになるのに時間がかかりすぎる。結果がすぐに表れるファッション・デザイナーのほうが性に合っていると、大学ではジュエリー・デザインを専攻した。
「バッグや服のデザインには建築の要素もジュエリーの要素も必要。若い頃から学んできたことが、役立っていることを痛感するわね」
 これからニコラが目指すケイト・スペードについて聞いてみた。
「女性であることに誇りを持ち、いつも若々しく楽しげで年齢なんて気にしない。ケイト・スペードはライフスタイル・ブランドだから、私はそんな女性たちに楽しんでもらえるものを作っていきたい。赤ちゃん用のものに始まって、卒業祝いのドレスや、自分のお金で買う最初のバッグなど。人生の節目に、その人と触れ合うことができるブランドでありたいと思います」
 北アイルランド出身のニコラ。 ケイトもアイリッシュの血を引いていた。インタビュー中、ニコラとケイトはどこかでつながっているような気がしてならなかった。 

Profile
二コラ・グラス/北アイルランドのベルファスト近郊で生まれ育つ。建築家を目指してスコットランドの大学に進学するがジュエリー・デザインを専攻。ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートの大学院でファッションアクセサリーの修士号を取得。トム・フォードのグッチを経て2004年からマイケル・コースのアクセサリー部門のシニア・バイスプレジデントに。’18年1 月から現職。

1 ショー直前の会場でのリハーサルで陣頭指揮をとるニコラ・グラス
2 ニコラ就任後にオフィスに取りつけられたブランドのアイコン。美しい色を使った七宝焼のスペードを花びらのように組み合わせた
3 ナチュラルでヘルシーな中に、洗練された女らしさをヘアメイクで表現。まぶたとネイルにグリッターを使い、控えめなキラキラ感を演出
4 ギンガムチェックのナイロンバッグやアイコンを柄にしたバッグも登場

FEATURE