I カメラマンのトーマス役の方ですね! 確かこの映画がテーマの一つになっていたんですよね。それにしても貴重な資料! その頃からすでに展示会をご覧になっていたのですね。
K 1993年にアントワープ王立芸術アカデミーファッション学科創設30周年記念の展示を訪れた際、そこで知り合った方が招待してくれました。ラフが学科長だったリンダ・ロッパの後押しでブランドを立ち上げたこともあって。ちなみに、イタリアのショールームで紹介を受け、日本で初めて買いつけたのが「アクアガール」で、2番目が僕なんです(笑)。
I こんな招待状をもらったら私も行きたくなります。
K ロック好きにも映画好きにも刺さるデザインですよね。しかも7インチのレコードのサイズ。これを見ただけでセンスがいいことがわかりました。この頃に発表されたジャケット(2) も持っています。フライトジャケットの「M-65」型で襟切りっぱなしなんて、当時誰もやっていませんでしたから。
I またすごいものが!
K ラフはいつもクルーネックセーターを着て、フレアになったズボンをはいて、少しオタクっぽくもあり、まるで予備校生みたいな人。でもハンサムだし育ちのよさがにじみ出ていて、優しいから人気がありました。
I 魅力的なパーソナリティですね。
K ラフがデビューした1995年頃は、たとえばジャンポール・ゴルチエが一世を風靡していましたが、当時すでに40代。20代後半だったラフは、若者たちが「自分のジェネレーションの代弁者だ」と思えた初めてのデザイナーだったのでは。
I 私は1969年生まれでラフと同世代なんです。聴いてきた音楽や触れてきたカルチャーが似ているので、共感できる部分があります。ラフはベルギーの郊外出身でテレビや音楽が唯一の娯楽だったと聞きますが、私も同じような境遇だったんですよね。ちなみにアンダーカバーのデザイナー、高橋盾さんも同世代だったかと。
K 高橋くんが今50代だとしても、何かユースカルチャーみたいなものを常に感じますよね。たぶん60歳になろうが、70歳になろうが同じだと思います。ラフや高橋くんには「永遠の少年性」のようなものがある。
I 私もそう思います。ラフの「少年性」については、「How to Talk to Your Teen」というガイドが含まれていた1997年春夏コレクション「TEENAGE SUMMER CAMP」(3) が象徴的。「ティーンのプライバシーを尊重する」「彼らの話をよく聞く」など、ティーンとのつき合い方が箇条書きにしてある。
K 彼は「ティーンエイジ」というキーワードを頻繁に使いますよね。
I 私もティーンエイジの頃と感性が少しも変わっておらず、大人になりきれていないところがあるんです。だからラフが好きなのかなと。
K 世の中に付け焼き刃的なユースカルチャーは存在しますが、ラフは一生「少年」のよう。
I そういう人たちは皆夢見がちなんですよね。
K 特にロック好きの人は「永遠の少年性」を追い求めてしまうかもしれませんね。
I 「三つ子の魂百まで」で、変わらない(笑)。
カルチャーを感じる、トラッドなテイストの服が好き
――ラフ シモンズのコレクションは音楽や映画、アートといったカルチャーが関係しているのが特徴です。
K ラフは自分が好きなカルチャーの一番象徴的なものを服に落とし込んで、表現している。ラフ シモンズは、ハイモードなブランドではないと思います。
I 私はファッション〝だけ〟ではなく、さまざまなカルチャーとともにあるファッションが好きだから心惹かれるんですよね。彼の服を手に取るときは、レコードを選ぶ感覚にどこか似ているのかもしれない。
K たとえば、パリで初のショーを行なった1997-’98 年秋冬(4) では、90年代のオルタナティブ・ロックを代表するバンド、スマッシング・パンプキンズ(5) の「トゥナイト、トゥナイト」(’95 )が流れました。’99年春夏「Kinetic Youth」(6) のショーは僕にとって、ファッション史上最高といえるほどの演出でした。会場はパリのシテ科学産業博物館前で。
I 野外に巨大なミラーボールが置かれていたときですよね!
K 遥か彼方からモデルたちが回廊を歩いてきて、スタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』(’68 )をモチーフにしたデヴィッド・ボウイの「スペース・オディティ」(’69 )がかかっていた。選曲も、シンプルな服も、あらゆる意味でよかったです。
――世間ではジョイ・ディヴィジョンのラストアルバム『クローサー』(’80 )に着想を得た2003-’04 年秋冬(7)など、00年代初めのコレクションが特に人気で、価格もかなり高騰していますが……。
I カニエ・ウエストをはじめとする音楽関係者がアーカイブスを着ている姿に憧れて真似するケースもあるそうですね。皆本当にラフのことを好きで買っているのかどうか。うかうかしていて買い逃してしまったアイテムが売られているのを見ると、つい欲しいな、と思うことはありますけど。
K 「レアだから売ります」、みたいな姿勢にはラフに対する誠意が感じられませんね。
I 「投資」のような形になってしまっていますよね。こうした状況は彼が意図するところではないと思うのですが。
K ラフへの愛も、ファッションへの愛も感じられません。ラフ シモンズが終了するというニュースが流れた途端、弊社をはじめとする取扱店に「傷物でもいいから何か残っていないか」と〝転売ヤー〟からの連絡が殺到しました。そんな人々が、異常に高い値段をつけた商品は買わないほうがいいと思います。僕のワードローブや資料ももしかすると貴重なのかもしれませんが、売る気はまったくないです。美術館でも作ろうかなと考えています(笑)。
――ラフ シモンズの服のデザインについてはいかがでしょうか。
I 2016-’17 年秋冬(8) のビッグシルエットのカレッジニットは死ぬほど好きで、買い占めたいくらいでした(笑)。彼が作る服にはユニフォームの要素がありますよね。
K いつもニットが素晴らしいですよね。そしてラフはトラッド好き。それもずっと変わらないです。
I 私もトラッドは好きです。その点も彼の作るものに惹かれる理由の一つです。
――2021年春夏にはウィメンズをスタートさせています(9)。
I 私のようなラフ シモンズ好きの少数派の女性たちのために作り始めたのでしょうか。
K 基本的にはリサイズが中心になっているので、「女心をよくわかっている」デザインではないと思いますが(笑)。
たとえどんな評価が下されてもラフを応援し続ける
――ラフは2005年以降、自身のブランドのほかにラグジュアリーブランドを手がけるようになります。
I 2005〜’12 年に在籍していたジル サンダーはとても好きでした。ラストコレクションとなった2012-’13 年秋冬(10) はラフ シモンズのパリのデビューショーでも流れたスマッシング・パンプキンズ「トゥナイト、トゥナイト」だったことに感動しましたし、花を配したケースのセットも美しかった。
K 彼がカラーリングのセンスを最初に発揮したのがジル サンダー時代ではないでしょうか。順調だったのでこのままいくのかと期待していたら、ジル・サンダー本人が戻ってくることになり、少し残念でしたよね。次はどうするのかな、と思っていたらすぐにディオールのアーティスティック・ディレクターに。映画『ディオールと私』(’14 )でも描かれていましたが、プレッシャーが大きかったし、プライベートな時間もまったくなく、大変だったようですね。でも、デビューコレクションの2012-’13 年秋冬オートクチュール(11) は素晴らしかった。壁中が花で、会場にその香りが充満していて。幸運にも生で見ることができたんです。
I オートクチュールをご覧になったんですね! うらやましいです。
K その後、2016年からカルバン・クラインに。ドナルド・トランプ氏が大統領選挙に当選した時期ということもあり、皮肉を込め、「This is アメリカ」という趣旨のデザインをわざと採用していました。
I パッチワークモチーフが印象的ですよね。
K でも真正面から批判するのははばかられる。だから星条旗のようでもあり、そうでもない、という表現に落とし込んでいました。デビューコレクションの2017-’18 年秋冬(12) では、デヴィッド・ボウイがパット・メセニー・グループとコラボレーションした曲「This Is Not America」(’85 )がショーの最初と最後に使用されていましたね。トランプ政権を憂う気持ちが込められていたのではないでしょうか。
I カルバン・クラインを去ることが決定したあとに発表されたのがラフ シモンズ2020年春夏コレクション(13) 。ここでは真っ向からアメリカ批判していたのも好きですよ(笑)。正直だな、と。
――そしてついに2023年春夏(14)でラフ シモンズを終了し、’20年から共同クリエイティブ・ディレクターを務めるプラダ(15・2023-’24 年秋冬)に専念することになりました。
K 自分のブランドを維持するために大企業と仕事をしていたのでしょうが、ラフは器用ではない。両方手がけるのが負担になってきたのではないでしょうか。
I ラフ シモンズの服のムードがなんとなくプラダに近くなってきていましたしね。
K ラストショーには残念ながら行けませんでした。開催地のロンドンは、ファッションをカルチャーとして捉え、ジェンダーフリーがどこよりも進んでいる。今のラフの気持ちに一番近い場所だと思いましたね。クラブを会場にショーと、盛大なパーティも開催。「やり切った、言いたいことは全部言った」と思ったのではないでしょうか。それに、今はプラダというブランドがしっくりきているのでしょう。アート活動に本格的に取り組んでいるブランドですから。今後プラダでユースカルチャーを前面に出すことはないかもしれませんが、ラフ自身がユース感を体現していくはず。
――最後に、改めてラフ シモンズというブランド、そして本人への想いを聞かせてください。
K 最後なので先日のパリ出張でジャケットを買いました。あまりそういうセンチメンタルな買い物はしないのですが、ラフのことを好きでもない転売ヤーに高値をつけられたくないし。
I 私はTシャツを予約しました! デリバリーの状況次第で、実際着るのはだいぶ先になりそうなのですが(笑)。
K 価格も高いですよね。ブランドを休止したり、生産パートナーとの契約解消で存続が危ぶまれたり、今回のように急にやめちゃったりする。不器用だし、決して御しやすい人ではないけど、スタイルが変わらないところがやっぱり好きです。別に流行ろうが流行るまいが、評価がどうなろうが関係ありません。「しょうがないな、ラフくん」と言いながらこれからも応援してしまうと思います。
I 私も何があっても好きな気持ちは変わりません! カルチャーを感じられる服は今貴重な気もします。もし彼が手がける服に出合うことがあったら、背景にあるカルチャーを調べ、触れてみてほしい。ラフのクリエーションをより楽しめるのではないかと思います。
ラフ・シモンズ年表
1968年 ベルギー・ヘンクに誕生 大学で工業デザインを学んだのち、1991年に卒業 インテリアデザイナーとしてキャリアをスタート
1995年 1996年秋冬シーズンにてラフ シモンズ デビュー
1997年 パリで初のショーを開催(1997-’98年秋冬)
2000年3月 ブランド一時休止
2001年秋 ブランド再開
2005年 ジル サンダーのクリエイティブ・ディレクターに就任(〜2012-’13年秋冬)
2012年 ディオールのアーティスティック・ディレクターに就任(〜’16年春夏)
2016年 カルバン・クラインのチーフ・クリエイティブ・オフィサーに就任(〜’18年)
2020年4月 プラダの共同クリエイティブ・ディレクターに就任
10月 ラフ シモンズのウィメンズをスタート(’21年春夏〜)
2022年10月 ロンドンでラフ シモンズ’23年春夏のショーを開催
11月 ラフ シモンズ ブランド終了