フランスのこの夏は、新型コロナ感染のピークこそ過ぎたものの、“ヴァカンスはEU圏内で”が常識。私も電車で行ける範囲で、と南仏で数日間を過ごしたあと、ちょっとだけ足を延ばして北イタリアのトリノへ寄ってみました。かつては王家のお膝元、近年ではフィアット本社、そしてイータリーの発祥地として知られるトリノですが、私は友人に合流すること以外たいした目的もなく、到着。でもここで私を一気に興奮させてくれたのは、20世紀初頭にこの街で生まれて生涯を過ごしたエキセントリックなアーティスト、カルロ・モリノの世界でした。彼が晩年に入手して内装を手がけたというカーザ・モリノは、神秘的な逸話に溢れるワンダーランドだったのです。
ポー河の向こうに丘陵地帯が見渡せる街はずれ。鉄格子の前でモリノ邸の呼び鈴を押すと出迎えてくれたのは、フルヴィオ・フェラーリ氏です。彼はモリノ熱が高じてこのアパルトマンを購入すると、四方から調度品を買い戻し、修復してプライベート・ミュージアムとしました。少人数のガイド・ツアーは、まずは彼のモリノ談でスタート。建築家&家具デザイナーとしてのモリノの仕事は、執拗なまでのフォルムの追求に基づいていたこと。エンジニアとしてレーシングカーや飛行機のデザインを手がけ、カーレーサー、曲技飛行のパイロットでもあったこと。トリノ大学建築科の教授を務めていたが名声には全く興味がなく、非社交家で生涯結婚せず、その私生活は謎に包まれていること。そしてあくまで隠れ趣味として、女性の写真を撮り続けていたこと、などなど。彼が撮ったポラロイドの一連は生前に公表されることもなく、彼の死後に初めて見つかったそうです。しかもこのアパルトマンにモリノは8年の歳月をかけたものの、実際に住んだことはなかったとか。またモリノが傾倒していたのはエジプト学、特に誕生と輪廻の概念。だからここには卵を思わせるオーヴァル型や無限を表す8が至る所に見つかります。そう聞くと、家の散策はまるで宝探しのようなひと時になりました。こうして話に熱中して過ごしたガイド・ツアーは、なんと3時間!
もっともっとモリノのことを知りたいと思ったのですが、トリノ市内に現存する彼の仕事のうち、レジオ劇場と商工会議所はコロナ対策のため当面はクローズ。これらの再オープンを楽しみに、食も散策も充実したトリノには、アフターコロナにまた行かなきゃ、です。
Text: Minako Norimatsu