2022.02.07

画家、そしてライター。ヴァネッサ・シワードの新境地。

ファッション・アイコンとしてSPUR本誌にも度々登場してくれているヴァネッサ・シワードが、コロナ禍に始めた二つのことを形にしました。一つは絵画。ファッション・デザイナーとしてデザイン画を描くことには慣れていた彼女ですが、新たな取り組みは油彩画です。モデルはシルヴィア・クリステル、ナスターシャ・キンスキー、マリザ・ベレンソンなど、写真に見る彼女のミューズたち。いずれも単なる似顔絵ではなく、ヴァネッサの感受性による繊細なタッチで、それぞれの個性が滲み出た肖像画に仕上がっています。2年程前からインスタグラムに投稿するとアートギャラリーからのアプローチがあり、彼女は昨年2度、パリ市内のギャラリーでのグループ展に参加を果たしました。

もう一つは、エッセイの執筆。彼女の好きな人、物やインスピレーション、個人的な逸話、そして様々な話題に関して日々思うことを綴った200ページあまりは、「Le Guide de la Gentlewoman(ジェントルウーマンのガイド)」と題した本にまとめられ、1月半ばにリリースされたのです。(日本語版も後日出版予定)

ヴァネッサのバックグランドは、国際的。アルゼンチンに生まれ、外交官だった父の仕事の関係でロンドンで幼少期を過ごした後パリへ移り、リセ卒業後はストゥディオ・ベルソーでファッションの手ほどきを受けました。そしてシャネルやサンローランのデザイン・スタジオで経験を積んだ後、2003年から9年間はアザロのアーティスティック・ディレクターを務めます。円形のカットアウトが象徴的な1960年代末のドレスを再解釈したのに始まり、グラマラスかつ慎ましいスタイルで女優たちの間にもファンを増やし、メゾンをモダンに復活させたのです。その後A.P.C.傘下でのカプセル・コレクションに続き2014年から4年間続いた自身のブランドでは、デイウエアも充実。その間ミュージカルや映画の衣装も手がけつつ、2019年から2年間はカタログ販売の大御所ラ・レドゥットゥで、手の届くプライスのエッセンシャル・ワードローブを展開しました。

実は私にとってヴァネッサは、長年の親友。10年以上前にアザロ特集でインタビューした際、同じ世代のヴィンテージ・ファンとして意気投合したのです。それほど頻繁に会うわけではないけれど、今では週に2,3回は電話で長話をして雑談に明け暮れ、お互いにちょっと気が滅入った時は励まし合う仲。だから本の執筆・編集の経緯についてもよく把握しているつもりでした。でも実際に「Le Guide de la Gentlewoman」を受け取って、びっくり!彼女の作品集で豪華ビジュアル本だとの私の思い込みとは裏腹に、それは縦20cmあまりの単行本で、むしろ「読む」本。また、アルファベット順のキーワード仕立てと聞いていて、ファッションに関する固有名詞や言葉の羅列を想像していましたが、これも検討違い。Aでアメリカン・ジゴロ、Eでエフォートレス(自然体の)など、スタイルに関するレフェレンスもありますが、例えばTでタリスマン(お守り)など、パーソナルなテーマも。「本を出さないかってアプローチされたとき、迷ったの。私は自分自身のことを語るのが得意じゃないから。でもキーワードをもとに自分の経験や意見を書いたら、まるで言葉で綴った自画像みたいな本が書けたのよ」ヴァネッサはこう語ります。

特に好きだったのは、HのセクションのHelenita。ヴァネッサの母の名前です。そう言えば彼女がアザロ在籍の頃、本誌の「デザイナーとお母さん」という特集で取材を依頼して、紆余曲折を経て断られたことが。当時はまだそれほど親しくなかったので不可解でしたが、後から、美しく、華やかで社交的だった母の影響があまりに強くて一言では語れなかった彼女の気持ちが、次第にわかるようになりました。「私は長い間、つまらなくて優柔不断な子、と母をがっかりさせるんじゃないか、とビクビクしていました」とヴァネッサがフランクに語るこのページを読んで、この本を書くことはある意味セラピーだったのかもしれない、と納得。

さて一気読みして残りページも僅かになり、Vに辿りつくと、あることに気づきました。「あれ、“Vanessa ”がない!」。読み落としたのかと思って何度見ても、V のキーワードはValise (ラゲージ)とVintageのみ。すぐに彼女に電話してきいてみると「”Vanessa”について書くなんて、思いつきもしなかったわ。それに自我をむき出しにするのはジェントルウーマンじゃないし」との答。それで、彼女がよく言うことを思い出しました。「私は病的と言える程シャイだけど、服が私を守ってくれるの。粋なルックをしたら周りに受け入れらると思えるし、鎧とも言える服の背後で、自分自身の存在が目立たなくなる感じがして、安心するの」。自分はなぜおしゃれをしたいのか?一度よく考えてみようという気持ちになりました。ありがとう、ヴァネッサ。

 Text: Minako Norimatsu

ファッション・ジャーナリスト 乗松美奈子プロフィール画像
ファッション・ジャーナリスト 乗松美奈子

パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/

記事一覧を見る

FEATURE
HELLO...!