発売されたばかりの本誌4月号に掲載の特集「新生アライアが着たい」。ファッション撮影に伴う2ぺージは、アズディン・アライア亡きあと初めてのアーティスティック・ディレクターに抜擢された、ピーター・ミュリエのインタビューです。それと併せてぜひ読んで頂きたいのが、ここでご紹介するアズディン・アライアのヒストリー。折しもパリ4区のアズディン・アライア財団では、彼の幼少期からクチュリエとしての最盛期までを時系列で見せる展覧会「Alaïa avant Alaïa」が始まりました。会場に入ると視界を覆うのは、壁一面に張り巡らされ、写真やテキストがプリントされた白のボード。数カ所は長方形にくりぬかれ、覗くと中には、アライアの代表作のディスプレイが広がります。
アズディン・アライアは、1935年チュニジア生まれ。チュニスのボザールで彫刻を学んだ際にボディの美しさに目覚めた彼が最終的に目指したのは、芸術ではなくクチュールでした。10代後半に地元の洋装店のアトリエで働き始めると、彼はすぐに頭角を現します。その才能に加え、彼を成功へと導いたのは、持ち前のチャーミングな人柄。恵まれているとは言えない環境にも関わらず、彼は自然とチュニジアの上流階級や学識者たちと交流するようになりました。
パリに渡ったのは1956年のこと。ディオールのアトリエへの採用がきっかけだったものの、ビザの問題でたった4日間で退社。その後アライアは仕立て服のプライベート・オーダーを受けつつ、ベビーシッターなどのアルバイトを重ねます。ギ・ラロッシュに師事したのは、1958年からの2年間。数年間は瞬く間に過ぎ、その間に作家ルイーズ・ド・ヴィルモランを始めパリの上流階級のレディたちが彼らの顧客に、また後援者となりました。こうした経済的援助を背景に、アライアは1964年、パリ7区のアパルトマンに居を移し、小さなクチュール・メゾンをオープン。“知る人ぞ知るクチュリエ”としての評判は口コミでセレブの間にも広がり、顧客リストにはグレタ・ガルボやアルレッティらの女優も名を連ねるようになりました。転機が訪れたのは、70年代末。初めて大手メディアに取り上げられたのをきっかけに、巷でアライアの名前が盛んにささやかれるようになったのです。
1982年には友人のティエリー・ミュグレーの激励を受け「アライア」のブランド名の元に10体のみのプレタポルテ・コレクションを発表。自宅にて、ゲストは最小限に絞って細々と開かれたショーに彼が起用したのは、未来のトップモデルたちでした。モデル間の口コミで、ショーを重ねるごとにランウェイには華やかな顔ぶれが大集合。報酬はギャラではなく服と言う彼のオファーに、モデルたちは狂喜乱舞したのです。フィッティングを経て自分のボディに合わせて作られた服こそ、彼女たちのお目当てでしたから。
こうしてブランドは順調に発展を遂げて行きます。1985年には、映画「007/美しき獲物たち」でグレース・ジョーンズに衣装を提供し、またニューヨークではジャン=ポール・グード(当時はグレース・ジョーンズの夫)のアート・ディレクションで、大規模なショーを開催。グードとのコラボレーションはその後も続き、彼が指揮をとった89年のフランス革命200周年記念のセレモニーでは、オペラ歌手ジェシー・ノーマンのドレスをデザインして、アライアの名は揺るぎないものになりました。
さらに90年には、マレ地区に購入した巨大な元倉庫が、アーティストの友人ジュリアン・シュナーベルによる3年間の内装工事を経て、完成。上階にアパルトマンとゲストルーム、そしてアトリエ、アーカイブ室を、地上階にはアートギャラリーと見まごうブティック、VIPサロン、そしてダイニングルームを構えた、複合施設とも言えるメゾン・アライアです。一角にあるロフトは毎シーズン、アライアのショー会場にも使われました。
ここで昼夜働き続けたアズディン・アライアが2017年に他界した時、彼の作業テーブルには作りかけの一点があったとか。話が飛びますが、今のファッション界ではカッティングの技術よりも、クリエイティブ・ディレクターとしての世界観がものを言います。またネットワークでは上流階級よりも、インフルエンサーに気に入られることの方がはるかに大事。もしかしたらアライアが今の人だったら、その良さは芽吹かなかったかもしれません。アライアの足跡は、数十年前ならではの、時代のエスプリにあったサクセス・ストーリー。「Alaïa avant Alaïa」は単なるバイオグラフィーとしてではなく、ファッションにおける時代ごとの価値観も考えながら見たい、そんな展覧会です。
Text: Minako Norimatsu
「Alaïa avant Alaïa」 展は10月24日までFondation Azzedine Alaïa 18, rue de la Verrerie 75004 Paris 展示スペースの手前には、ブックショップとカフェも。
パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/